第13話 魔法試験・実技
受験者たちが職員に案内されたのは、魔法ギルド裏手にある演習場だった。
演習場は広く、地面は平らに均され、奥には魔道具の標的がいくつも並ぶ。
並みの3級魔法使いの魔法ならば誤射しても問題ないように、演習場の周囲には魔銀を混ぜ込んだ金属の網が張られている。
実技試験の試験官であるニクラスの前に、受験者たちが一同に集められた。
イーゲル魔法学園の生徒にとって、週に一度学園で教鞭を取るニクラスは顔見知りの間柄だ。
筆記試験の時のような緊張感はなく、生徒たちは声を潜めて無駄口を叩く。
「あの方、ギルドマスターのディルク様ですよね?」
「なんで3級試験をギルマスが見に来てるの?」
ディルクはギルドマスターであり、ノード国における唯一の1級魔法使い。
1級や2級の試験に顔を出すのなら理解できるが、今日は3級魔法試験の日だ。
「それはエルザ様を見に来てるに決まってるでしょ」
一人の生徒が、正解はこれしかないと口に出す。
それを聞いた他の生徒たちは納得して頷いた。
「そこの方たち、無駄話をしないで。これから試験概要について説明するのですから」
ニクラスからぴしゃりと告げられ、話しをしていた生徒たちは背筋を伸ばして押し黙る。
それを確認すると、ニクラスは試験の内容について話し始めた。
「今日は外来からの受験者もいるため、あらためて実技試験の内容を説明します。配布された番号を呼ばれたら所定の位置についてください。開始の合図から10秒間魔法を発動させ、標的を攻撃してください。所定の位置はここです」
ニクラスの指差す場所には、目印として埋められた木板があった。
「10秒の間に一度でも魔法を発動できれば採点対象です。的を攻撃するといっても採点するのは威力だけではありません。連射性、速度、操作、魔力容量。総合採点です。ここまでで何か質問がある人はいますか?」
事前に内容を知っている生徒たち、またリーヴェからの質問がないのを確認すると、ニクラスは続けて言う。
「筆記試験の結果が振るわなかった方は実技を頑張るようにしてください。それでは3級実技試験を開始します。番号札1番の者は前へ」
番号が呼ばれ、前に踏み出したのは短髪の赤い髪をした少年だった。
少年の名前はヨルツ。
ニクラスの評価として3級魔法使いとしての素質は十二分にある。不安な点は多少あがり症というところだ。
今回、3級魔法試験を受ける学園生徒は総勢15名にも及ぶ。
例年だと学園からの受験は5名ほどなのを鑑みれば、この人数は非常に多い。
さらに全員が10年以上魔法の研鑽を積んだエリートばかりと、今年は大豊作だ。
臨時講師として学園の生徒を知るニクラスは、皆が受かるようにと願ってはいる。だが、これは公の試験。甘い採点をしてはノードのためにならない。
ニクラスは身を引き締めて、ヨルツを見る。
指定の位置に立ったヨルツが杖を前に構えた。一番手とあって、その顔つきは険しく見える。
ニクラスは時間を計る魔道具を握りしめる。
焦るな、慌てるな、と見守りながら言葉を放った。
「それでは始め!」
真剣な面差しで的を見つめるヨルツが、ひゅっと息を吸い込んだ。
鋭い声で叫ぶ。
「魔法陣展開!」
杖が空中に円を描き、赤く光る魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣の中心をヨルツは杖で突いた。
「火球」
魔法陣から炎の塊が生まれ、火の尾を引きながら標的めがけて一直線に飛んでいく。
着弾すると、的を巻き込んで炎が高く上がった。
的までの距離は20メートル。
距離がありながらも、生じた熱風がニクラスの頬を撫でる。
ニクラスの手元の魔道具が10秒経過を示した。
「そこまで!」
爆発炎上した魔法の火が消えた。
消えた火の中から現れたのは、焦げ跡を残しながらも崩れることなく残ったままの標的。
「うむ、さすがはヨルツ。魔法陣は見事だったな。しかし一番手だからと少し慌ててしまったか」
ニクラスは手元の紙に視線を移し、採点結果を記入していく。
ヨルツの姿を見る受験者たちの集団。その最後尾でリーヴェとミックは人間が使う魔法を見ていた。
『あれが本に載っていた魔法陣か。まるで刻印だな。本当に人間は面白い使い方を考える』
「刻印?」
授業で聞いた覚えがない言葉だとリーヴェはミックに問いかける。
『魔銀と魔石をつなぐ印のことだ』
「つなぐ印?」
『そうだ。例えば光りを放つ魔道具があるだろ?』
魔石とは空気中の魔素を溜める効果がある鉱石だ。
溜めた魔素は魔石の属性によって変化する。
白い魔石であれば光を、赤い魔石であれば火を、青い魔石であれば水といったように。
照明の代わりになる魔道具には、白色が特徴的な光の魔石を使う。
ただ、魔石単体では効果が薄い。そこで増幅装置として魔銀を使う。
魔石と魔銀を密着させただけでは効果がない。魔力が魔銀を通って増幅されなければならないためだ。
その時、必要になるものが刻印だ。
刻印を入れることによって、魔石に溜まった魔素が魔銀を通り増幅され、そこで魔道具として使えるようになる。
『私たちの使う魔法と似ているがちょっと違う。あの魔法陣を使った魔法、長所と短所はわかるか?』
試験中に突然始まったミックの授業。
顎に手を当て悩むリーヴェはすぐさま考えをまとめる。
「体内魔力で魔法陣を作って、魔法の発動自体は大気中の魔素を使ってる。だから長所は魔法陣を作るだけの少ない魔力量で魔法を発動できる。短所は……あるの?」
長所は思いついたが、短所まではわからない。
リーヴェは首を少し後ろに捻り、背負うミックに目を向けた。
『短所は魔法の操作だ。私たちは体内魔力で魔法を発動させ、魔素を使って操作をするだろ? 魔法陣を使う方法だと、魔素で魔法を発動させるために操作はほとんどしていない。目標に真っすぐ向かうくらいしかしていないようだ』
「なるほど!」
ミックの説明にリーヴェは納得して頷いた。
「私も覚えたいなぁ魔法陣」
『リーヴェの魔力なら魔法陣は使わないほうがいいな。下手をすると魔力爆発を引き起こすぞ』
魔法陣は空気中の魔素をかき集め、凝縮して魔法にしている。
膨大な体内魔力を使って魔法を発動させているリーヴェでは、二種類の魔力が組み合わさった時、反発し合って爆発する可能性がある。
もっとも、それは巨大な魔法陣を作った場合のみではあるが。
ミックから見ても、それほどリーヴェの体内魔力量は卓越したものになっていた。
「そっかー。いかにも魔法使ってますって感じで見た目がかっこいいんだけどなぁ」
リーヴェとミックが話しをしている間も、滞りなく実技試験は進んでいく。
「次! 12番、前へ」
「はい!」
ニクラスの言葉に歩を進めたのはエルザだった。
学園の生徒たちは試験中ということも忘れ、騒めく。
所定の位置に着き、杖を構えるエルザを一瞥したニクラスは、手に持つ魔道具に視線を落とす。
「それでは始め!」
「魔法陣展開!」
大気を切り裂く剣のように杖が動く。
円が三度描かれ、空中には青色の魔法陣が三つ浮かび上がった。
エルザが魔法陣の中心を突き、魔法を発動させる。
「水槍」
三つの魔法陣からは先端が鋭く尖った水の槍とでも呼ぶべき流体が生まれ、標的に向かって襲いかかる。
魔素を含み、硬度を上げた流水が半ばの距離まで迫ったところで、エルザは再度魔法陣を突いた。
「氷槍」
青色の魔法陣が水色に変わる。
魔法陣から発生した流水が硬質な音を上げて凍りついていく。
水の槍から氷の槍に変化した魔法は、ぶれることなく的の中心を貫いた。
氷の槍を受けた標的は粉々に砕け散る。
「そこまで!」
エルザは魔法を解除する。
氷の槍が光の粒となって空気中に溶けていき、周囲の気温が急激に下がった。
ニクラスの言葉にエルザは一礼し、沸き立つ生徒たちの元へと戻っていく。
『これはすごいな』
ミックは感嘆の声を上げた。
「魔法陣三つのこと? それとも水から氷に変わったこと?」
『途中での属性変化だ』
「そんなにすごいことなの?」
『これまでに二つの魔法を組み合わせる研究はやったことがある。しかし、一つの魔法を途中で変えるなんてことはできなくてな』
二種類の魔法を組み合わせることは、それぞれが互いに干渉しないようバランスを取れば可能だった。
しかし、属性を途中で変更することは難しかった。
理論上は可能だが、変化していく属性に対応させて魔力のバランスを取ることは至難の業であり、ミックは研究を途中で諦めたという経緯がある。
「エルザさんだっけ。あの人すごいんだね。みんなも凄いって言ってるし」
興奮した生徒たちは、エルザに向けて賛美や称賛の声を上げている。
その集団を少し離れた位置からリーヴェとミックは見ていた。
『リーヴェもあんなふうに、もてはやされることになるのか?』
「変なこと言わないでよ! 緊張してるんだから!」
12番目であるエルザの実技試験が終わった。
リーヴェの順番まで残り三人。
初めて人前で魔法を使うのだ。
試験であるため、失敗は許されない。
そう思うとリーヴェの手の平が汗ばんでくる。
生徒たちの興奮冷めやらぬうちに13番、14番、15番と続き、ついにリーヴェの順番となった。
「次! 16番、前へ」
「はい!」
リーヴェは背負っていたミックを地面に降ろす。
「それじゃあ行ってくるね」
『慌てるんじゃないぞ。いつも通りにやればいい』
この場にいる者の視線が一斉にリーヴェへと向けられる。
リーヴェは杖を握りしめて歩き出し、所定の位置へと真っすぐ進む。
板が埋め込まれている場所に着くと右足を前に、左足を後ろに、肩幅ほど開く。
そして杖を前に構え、開始の合図を待った。
「それでは始め!」
合図を受け、リーヴェは魔法を発動させる。
この一年、死ぬ思いで打ち込んできた魔法の修業。
もちろん緊張はあるが、何度となく練習した魔法。慌てるまでもなく体が覚えていた。
「光の矢」
前に突き出した杖の周りに、五本の光の矢が生み出される。
「行けっ!」
リーヴェのかけ声に呼応し、光の矢が一斉に動き出す。
一本は的へと一直線に。二本は地面を這うように、残りの二本は山なりに。
放たれた光の矢は意思があるかのように、すべてが的に突き刺さる。
まだ魔力量が足らず、同時に五本の矢しか撃てないリーヴェには、もはや見守ることしかできない。
「そ、そこまで!」
10秒が経過し、ニクラスから声がかかった。
矢は魔素となって空中に溶けて消えていく。
矢が穿った場所には傷跡が五ヵ所残っているもの、標的の破壊までは至っていない。
リーヴェはふぅと一息吐き、試験官であるニクラスへと体を向ける。
「ありがとうございました」
一礼して振り返ると、そこにはリーヴェに向けられる多くの視線があった。
髪色のせいもあって見られることは多々あるが、慣れているわけではない。
最後の受験者ともあり、注目されるのは仕方のないこと。
そう思い、顔を赤らめながらリーヴェはとてとてと歩いてミックの待つ場所に向かう。
箱の場所まで戻ると 紐を持ち上げてミックを背負った。
「ごめんねミック。上手くやれたと思うんだけど的は壊せなかったよ」
『いや大丈夫だろう。あの男も破壊することだけが基準ではないと言っていたしな。上手くやれていたぞ、リーヴェ』
「そう? ありがと」
ミックに褒められたリーヴェは、顔を赤らめ笑みを零した。




