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第11話 魔法試験・筆記

 3級魔法試験当日。

 試験は年に一度しか行われない。

 遅れないように朝早く家を出たリーヴェは魔法ギルドの一室にいた。


 控室として通されたのは大きな広間。

 天井からは光りを放つ魔道具が吊り下げられている。部屋の中央には磨き上げられた大きな黒檀のテーブルが置かれ、それを囲むように上品な作りの椅子がいくつも並んでいる。

 リーヴェにはその椅子に座って待つ勇気はない。

 部屋の隅に移動し、しゃがんで膝の上にミックを乗せ、試験の開始を待っていた。


『心音が早いな。緊張しているのか?』

「もちろんだよ。だって今日の試験落ちちゃったら、また来年になるんだよ? それにお金だってかかっているんだし」


 この3級魔法試験の受験料は金貨2枚。リーヴェにとっては大金である。

 さらに、この一年間でかかった金銭は金貨5枚にも及ぶ。すべてミックに返さないといけない金だ。


 無事、3級試験に合格すればC級冒険者となる。

 C級にもなれば、そこそこの報酬である仕事が受けられるようになるため、それで返す予定だ。

 しかし、その思惑は試験合格が前提のため、リーヴェとしては気が気でない。


『私も判断基準がわからんし、リーヴェは初めて受ける試験だ。落ちるつもりで挑めばいいだろう。落ちたとしても、また来年受ければいい』


 ミックからの借金はこれ以上増やしたくない。

 このままだと、家賃も払えず家から追い出されかねない。


「他人事だと思って!」


 ミックに憤慨していると、リーヴェは部屋の外が騒がしいことに気づいた。

 ぴくんと心臓が跳ね上がる。早鐘のように打つ心臓を押さえるように胸元に手をやった。


「試験が始まるのかな……」


 扉が開き、がやがやと雑談しながら部屋に入ってきたのは、リーヴェと年頃の変わらない少年少女たち。

 全員が統一された濃藍の服を着ている。

 魔法学園のワッペンが付けられたジャケットに、男はスラックス、女はフレアスカート。上着からは真っ白なシャツやブラウスが覗いている。


 この少年少女たちは魔法学園の生徒だ。


 遠目に見たことのある制服を前に、リーヴェは自分の姿に目を落とす。

 杖は魔銀製のものだが、身に着けるものはこの一年でくたびれてきた真っ黒なローブに茶色の革靴。さらに髪の毛はローブと同じように黒い。

 魔法使い然とした恰好ではあるが、全体的に暗い色で地味に見える。


 対して魔法学園の制服はくたびれもなく新品同様。しわもまったく見当たらない。

 それぞれが手に持つ杖は白銀色に光る。

 黒い髪の毛の者など一人もおらず、身だしなみを整えた身生徒たちがリーヴェにとっては輝いて見えた。


「なんだか凄そうな人たちばかり……。私、受かるのかなぁ……」

『試験は基準点を超えればいいんだ。他人は関係ない。自分の力を出せばいいだけだ』


 リーヴェが生徒たちを見つめる中、生徒たちもまたリーヴェを見ていた。


 ここは本日行われる3級魔法試験の控室。

 すなわち、ここにいる者たちは一同に受験者ということだ。


 入り口近くで立ち止まった生徒たちはリーヴェを遠巻きに、声を潜めて会話する。

 その集団の中心にいるのはエルザだった。


「エルザ様、あの方も試験を受けるのでしょうか? 学園の生徒でも卒業生でもないということは外来の人ですよね」

「髪の毛が真っ黒ですし、4級や5級の魔法使いであんな人を見たことないですが。他国からの移民でしょうか?」

「記念受験では? 指輪もしていないようですし」


 周りの生徒が言うように、エルザ自身も見た覚えがない人物だった。

 魔法使いの権力が強い風潮があるため、エルザはこの国だけでなく、隣国の魔法使いの名前や特徴まで調べている。

 そんなエルザでさえも知らない人物だった。

 となると答えは見えてくる。

 魔法使いの証である指輪をしていないことからも、まだ資格を持たない者ということだ。


 学園の生徒でもなく、まだ資格すら持たない者が3級試験を受ける。

 常識的に考えれば、ありえないことだ。

 実力の伴わない者が箔をつけるために受ける記念受験という言葉はある。

 しかし、それはないとエルザは即座に判断した。


 平民にとって受験料は高すぎるものであるし、何よりもその手に持つ杖だ。

 見習いが持つにしては並々ならぬ作。エルザの持つ杖と同等、もしくはそれよりも上の可能性ですらある。

 工房や職人によって、形には特徴が出るものだが、思い当たる銘はない。


 そんな杖を持つ者。

 本気で3級魔法試験に臨んでいるのだとエルザは理解した。


「みなさん、外来の方も来られていますのでお静かに」


 エルザの言葉で口数少なくなった生徒たちは、テーブルに移動してギルド職員が来るのを待った。



 しばらく経ち、扉を開けて入ってきたギルド職員が一礼して告げる。


「受験者の皆様、筆記試験の準備が整いました。試験会場への移動をお願いいたします」


 先導する職員に魔法学園の生徒が続き、リーヴェが最後尾を追うようについていく。

 魔法ギルドの建物内は広い。

 通路に出て右に曲がり階段をのぼって二階へと進む。そのまま真っすぐ進み、突き当りの部屋へと入った。


 机と椅子しかない広い部屋。

 机の距離は空けられ、等間隔に設置されている。

 机上には受験者の名札が置かれていた。

 ここまで案内をした職員が説明する。


「机には受験者様の名札が置かれています。ご自身のお名前の席につき、受験票を出してください」


 職員の言葉に、リーヴェは自分の名札が置かれた机を探す。


『リーヴェ、お前の席は後ろの窓際にあるぞ』

「うん」


 ミックから言われ、名札を見つけたリーヴェは着席する。

 木箱を机の上に置いて蓋を開ける。がさごそと中身を漁り、筆記用具と受験票を出して準備をする。

 準備が終わり、リーヴェが前を向くと、教壇には三人のギルド職員が立っていた。

 全員が着席したのを確認したギルド職員の一人が口を開く。


「それでは今から問題用紙と答案用紙を配布します。制限時間は180分です。60分経過後は退出していただいてもかまいません」


 別のギルド職員が、リーヴェの方へと視線を向ける。


「机の上には筆記用具と受験票のみ出してください」


 言われて気づいたリーヴェは「ごめんね」とミックを抱えて足元に置き、杖を立てかける。

 それを確認すると、ギルド職員たちは用紙の配布を始めた。


 裏返しに配られる用紙。

 受験票の名前と名札が照らし合わされ、今度は番号の書かれた札が置かれる。

 リーヴェの机には16番と書かれた札が置かれていた。


 配布を終えた職員たちが教壇に立つ。


「札は次の実技試験で呼ばれる番号です。札はこの場で胸元につけるようにお願いします」


 静粛に聞いていた受験者たちが動き出す。

 リーヴェも札を手に取り、胸元に取りつけた。


 今年の3級魔法試験の受講者は総勢16人。

 15人が魔法学園の生徒であり、外来受験はリーヴェ、ただ一人しかいない。

 申し込みが締め切り間近になってしまったリーヴェが一番最後の番号となっていた。


 準備が整ったのかどうか職員たちが室内を見渡す。

 問題なしと顔を見合わせると、時を刻む魔道具を教壇の上に置いた。


「3級魔法試験の筆記テストを開始します。それでは始めてください」


 魔道具が時を刻み始めると同時に、パラパラと紙を捲る音が室内に響いた。

 リーヴェは一歩遅れて紙を捲る。


 右手にペンを握りしめ、おおざっぱに問題文を読んでいくリーヴェ。

 魔法の原理、魔素について、属性について。

 この一年間、ミックに教えてもらった内容だ。

 軽快にペンは走り、リーヴェは解答用紙にすらすらと淀みなく記入していく。


 解答用紙を半分ほど埋めたところで、動いていたペンがぴたりと止まった。


 リーヴェの見つめる問題文は魔法史に関するもの。知らない言葉や知らない名前がずらずらと並ぶ。

 ミックの授業ではまったく習わなかった歴史のことだ。

 リーヴェの額から汗が滲み出る。


『どうした? 何かわからないことがあるのか? 手伝ってやるぞ?』

「黙ってて! 自分の力でやるんだから!」


 周りに聞こえないようにリーヴェは小さく呟き、床に置いていたミックをコツンとつま先で蹴る。


 配点の表記を見ると、配点自体は高くない。それに魔法史の問題は多くない。

 幸運だと思えるのは選択形式の問題が多いことだ。

 気持ちを落ち着かせようと、リーヴェは大きく息を吸って吐く。

 その問題を無視し、次の設問に視線を動かした。



 教壇に置かれた魔道具の針が進む。

 残り30分になった頃には数名退出し、10人あまりの受験者が残っている。

 リーヴェは魔法史を諦め、勘で解答の数字を書き込んだ。

 わからないなら空白で出したいが、それで試験に落ちてしまえば目も当てられない。


 解答用紙はほとんど埋まり、残すは最後の設問のみ。

 リーヴェは目を動かし、最後の問題文を読んでいく。

 そこには女神の魔道具について、魔法の原理、理論を展開せよと記載されていた。

 これはミックの授業で聞いたことのある話だ。

 しかし、解答を書くには残り時間があまりない。


 集中したリーヴェはペンを素早く走らせた。



   ◆ ◆ ◆



 筆記試験が終わったリーヴェはミックと控室に戻ってきていた。

 ここで二時間の昼食休憩を挟み、それから実技試験となる。

 時間のわかる魔道具を持っていればいいのだが、もちろんリーヴェはそんな高価なものを持っていない。

 誰もいない控室でテーブルにつき、汚さないように気をつけながらパンをもそもそ食べる。


 手早く食事を終わらせて、部屋の隅に移動した。


 リーヴェが座って待っていると、食事を終えた学園の生徒たちがぞろぞろと部屋に入ってくる。

 その先頭を長い金色の髪を揺らしながらエルザが歩く。

 テーブルについた生徒たちは、エルザを中心として談笑を始めた。


 控室は広く、入口の扉も両開きの大きなもの。その扉が弾けるような音を立てて開かれた。

 慌てた様子で一人の女生徒が入ってくる。


 ここにいるのは魔法使いを目指す貴族や富豪の子息。

 身分ある者がすべき振る舞いではないと、女生徒を見てエルザは眉をひそめる。


 そんな女生徒はエルザを見つけると、周りの視線を気にせず、ばたばたと足音を立てながらテーブルに近づいた。

 ここまで走ってきたのか、呼吸を荒くし、肩を上下させる。


「そんなに慌ててどうしました?」

「それが、筆記試験の結果が張り出されていまして」


 筆記試験の場合、結果は即日張り出される。


 エルザは見るまでもないと考えていた。

 全問正解すれば500点満点の試験。自己採点では484点。

 魔法薬学の問題と、魔法操作理論の問題について間違えてしまったという予想だ。

 目標は480点に設定していたので、これは及第点といえる。

 エルザとしては満点を取りたいとは思うが、知る限り500点を取れた者はいない。

 なぜなら最終問題を解いた者がいないからだ。


「……何か問題でも?」


 女生徒の表情には困惑が色濃く出ていた。

 慌てて自分の元にやってくる理由がわからない。

 何度も解答用紙をエルザは見直している。イージーミスなど起こりようもない。

 今回の筆記試験で最高点を取っている自信があった。


「それが、エルザ様と同じ順位の人がいまして……」


 その言葉を聞いて、エルザは顔を歪めた。


 同じ学校の生徒たちの実力は把握している。この中に自分と並ぶ者はいない。

 もし同じ点数を取った人物が本当にいるのであれば、それは外来で試験を受けている者しかいない。

 エルザは部屋の隅で縮こまるリーヴェに視線を向けた。

 すっと立ち上がると髪を揺らしながら歩み寄り、しゃがむリーヴェを上から見下ろす。


「私はエルザ・エル・ソルダートです。あなたの名前を教えていただけますか?」


 突然エルザに近寄られ、声をかけられたリーヴェは動揺する。


『おい、リーヴェ。名前を聞かれているんだぞ。教えてやれ。未来の大魔法使いの名をな』


 ミックから言われ、立ち上がったリーヴェはおずおずと口に出す。


「え、えっと、私はリーヴェって言います……」

「そう、リーヴェさんね。あなたもなかなかやるようですね。わからなかった問題は魔法薬学か魔法操作理論でしょうか?」

「いえ、そこはちゃんと解けました。わからなかったのは魔法史です。習ったことがないので……」


 リーヴェの言葉を聞いたエルザの顔が硬直する。


「魔法史を習ったことがない……?」


 エルザの頭の中を、混乱という渦が駆け巡った。

 リーヴェの言ったことが真実であれば、点数がおかしい。

 魔法史問題の点数が取れていないのであれば、もっと低い点数になるはずだと。

 そしてエルザは考え得る結論に至った。


 ありえないことだが、もうそれしか残されていない。


「もしかして、最後の問題を解いた……のですか?」

「え? ああ、あの空間魔法理論のことですよね。時間ぎりぎりになっちゃいましたけど正解は書けたと思います」


 無意識に、エルザは奥歯を噛み締める。

 あの問題は魔法ギルドを置く各国共通の設問。5級から1級までの筆記試験では必ず載っている問題だ。

 誰しもがその原理、理論を解くことができず、魔法試験の問題として採用されたという経緯があるもの。


「あれを解いたですって?」


 エルザの目の前には、そう歳の変わらない少女がいた。

 嘘をつくなと罵りそうになる。

 周りの視線もあるため、エルザは湧き上がる感情を必死に堪えて平静を装った。


 すべての言葉が真実ならば最終問題を解いたように思われる。

 だが、魔法史を習ったことがないような者があの問題を解けるのだろうか。

 そう思うと疑問しか残らない。


 今まで誰も解くことのできなかった問題だ。

 解くことなどできまい。

 それならば、可能性があるのは採点間違いか、もしくは魔法ギルドとの癒着か。


 間もなく実技試験が始まる時間。


 試験が終わればギルドマスターに面会を求めよう。

 エルザはそう思うのだった。

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