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第10話 氷槍のエルザ

 建国から400年以上経つが、今でもノードの国力は弱い。

 周辺国には農業しか取り柄がない弱小国だと認知されている。

 なぜなら、ノードには影響力のある強い魔法使いがいないためだ。


 現在でも魔法至上主義は根強く残る。


 ベルツ王国では宮廷魔法使いが政治に関与することさえ可能だ。

 レライア神聖国では魔法を使える大神官が元首であるし、国の上層部は魔法を使う高位神官のみで構成されている。


 多くの魔法使いを抱える他国に対し、ノードに高名な魔法使いは数名しかいない。


 これはノードの歴史上、仕方がないことかもしれない。

 もともと遠征拠点として造られた町であるゲアストには、魔法の使えない貴族と農民くらいしかいなかった。

 討伐隊にいた魔法使いたちはゲアストに留まることなく帰還してしまった。

 また、過去統一ベルツ王国を出奔した魔法使いたちが、王国の強い影響下にあったノード方面を避けたこともある。


 ノードの国としての成り立ちから、魔法使いに縁遠いことが大きな原因になるだろう。


 ほかに、ノードには魔法教育機関がなかったこともある。

 ノードは魔法使いを育てるために教育機関を設立しようとしたが、王国からの承認は長らく下りなかった。

 ようやく承認されたのが降神暦300年代半ばのこと。

 ノード国立イーゲル魔法学園の設立は、今からほんの40年前だ。


 そのためノードに魔法使いはほとんどおらず、魔法に関する技術は他国よりも大幅に遅れている。

 他国との基盤が300年は違うノードの魔法技術。


 弱小国と貶められるのも当然といえる。


 しかし、今年は違った。

 ノードの現状を知る者は、胸中に期待を膨らませる。


 天才と呼ばれる一人の少女がいた。

 王国宮廷魔法使いにも、神聖国の高位神官にも、名が知れ渡っている少女。

 間もなく、その少女がイーゲル魔法学園を卒業することとなる。


 それがソルダート家長子であるエルザ・エル・ソルダートだった。



   ◆ ◆ ◆



 ソルダートの領地はゲアストの郊外にある。


 ノード三大貴族と呼ばれる内の一つではあるが、ソルダート家の屋敷はそれほど豪奢なものではない。

 これは統治者に必要なのは民であり、金は民のために使うという家訓のためだ。

 平民の家に比べれば大きいものの、貴族としてみれば中流貴族程度の屋敷。

 その屋敷の執務室に一人の男がいた。

 この男がソルダート家当主、アルバン・エル・ソルダートである。


 アルバンが座る目の前の執務机には、机上を埋め尽くすほど多くの書類が並べられている。

 その中の一枚を手に取って目やると、眉間に深いしわを寄せ、白髪が多くなった頭をかきながら思案顔を浮かべた。


「はぁ」と深いため息を吐き、目をつむって眉間を揉む。

 常日頃からしわを寄せていたからか、眉間には傷跡のような深いしわができてしまっている。

 まだ40代になったばかりのアルバンだが、初対面の相手には年齢よりも上に見られてしまうのが最近の悩みだ。


 閉じていた目を開けて、再度書類に目を通す。見ている書類は国の財政面に関するものだ。

 国の収入は乏しく、今月も悲惨な事態になっていた。

 民を生かすために食料支援をしているのだが、その支出が重くのしかかっていた。

 食料支援をどうにかすべきだと、他の貴族からの横やりはある。

 しかし、アルバンは民あっての国と考えているため、食料支援自体を減らすつもりはない。

 別の方法を模索しているが、妙案は浮かばず、毎月のように頭を抱えていた。

 茶でも飲んで落ち着こうと、アルバンはコップに手を伸ばす。


 ――コンコンコン。


 室内に響いたのはノックの音。

 執務中にこの部屋を訪れる者などほとんどいないのだが、ノックの癖から誰であるか、アルバンはすぐにわかった。


「エルザです」


 想像通りの声が聞こえた。

 アルバンの最愛の娘であるエルザの声だった。


「ちょっと待ってくれ」


 いくら娘であろうと、重要な書類を見せるわけにはいかない。

 手早く机の上を片付けると、エルザを部屋に招き入れる。


「今日はどうしたのかね?」


 こうは切り出したが、なぜエルザがここに来たのかアルバンは知っている。

 愛しい我が娘のこと。娘に関する出来事はおおよそ把握している。


「首席での卒業が決まりましたので、ご報告にと」

「それはよかった。さすがはエルザだ」


 アルバンは口角を上げ、笑みを零した。


 イーデル魔法学園の学長とアルバンは懇意の仲であり、首席卒業の件は既に聞いていた。

 知ってはいたが、アルバンは父親として娘の口から直接聞きたく思い、報告を待っていたのだ。


「当然のことです」

「ははっ、私も鼻が高いよ」


 首席卒業をさも当然とばかりに言うのは憚られるかもしれない。

 しかし、そういってもおかしくない努力の積み重ねがあったことをアルバンは理解している。


 小さな頃からひたむきに、エルザは勉学に励んでいた。

 学問や芸術、魔法に至るまで。今では様々な分野において造詣が深い。

 特に魔法は天賦の才を発揮し、学生の身でありながら氷槍のエルザと二つ名で呼ばれている。


 それだけではない。


 空のように澄んだ瞳、輝くような金色の髪。今は亡き母親の若き頃に似た容姿。

 エルザが町を歩けば、多くの男を魅了してしまうだろう。


 女神は二物を与えずという格言があるが、それは間違いだとわかる。

 才色兼備という言葉が示す通り、エルザは完璧に近いからだ。


「卒業後はどうするのだね? もちろん魔法試験は受けるんだろう?」

「もちろんです。次の目標は3級試験をトップで合格することですから」

「そうかそうか。結果を聞くのを楽しみにしているよ」

「はい。必ずやよい知らせをお伝えします。それでは失礼します」


 エルザは一礼して部屋から出て行った。

 それを見送ったアルバンは椅子に深く体を預ける。


 試験は間違いなく合格するだろう。

 その後はどうするのか、本人からは聞いてはいない。

 2級魔法使いを目指すのか、それとも自分の仕事を手伝ってくれるのか。

 エルザのことだ、おそらくは両方の道を行くのだろう。


 多少堅い性格ではあるが、勉学では才を発揮し、魔法学園での首席卒業。

 これからソルダート家の跡を継ぐことを考えると、国の未来が明るく見える。

 やがてこの国を背負う魔法使いになるとの確信がある。


 おとぎ話の勇者のように、エルザは女神によって選ばれた人間なのかもしれない。

 我が子として生まれてくれたことを、アルバンは女神に感謝した。


 アルバンにとって、エルザは誇りそのものだった。



   ◆ ◆ ◆



 執務室を出たエルザは自室へと向かう。

 これからの予定は魔法の訓練と、新たに入手した魔導書の閲読だ。


 部屋に入ると、エルザは壁にかけてあった杖を手に取る。

 魔法学園入学時にアルバンから贈られたものであり、魔銀製の白銀色に輝く美しい杖。

 ノード国において、魔法の武具は材料もなく職人もいないため造れない。

 ベルツ王国でも指折りの老舗であるアベイテ工房に特注した一品だ。


 エルザは部屋の中央に位置取ると、杖の重みを確かめるように何度か握り込む。

 目の前に杖を突き出し、先端を少し下げる。そこから手首をひねり、空中に円を描くように振るった。


「魔法陣展開」


 白く発光する魔法陣が空中に浮かび上がる。

 浮かんだ魔法陣の中心を杖で突けば、魔法陣は光の粒となって空気中に溶けていく。


 エルザは目を閉じて、大きく息を吸い込む。

 限界まで大きく息を吸い込んだところで目を見開いた。


「魔法陣展開!」


 疾風のごとく杖が動き、空中に円を三度描く。

 それに呼応するように、青色の魔法陣が三つ浮かび上がった。

 それぞれの中心を杖で突くと、魔法陣は青色から水色に変わる。


 ふぅと息を吐き出し、エルザは魔法陣を消した。


「やっぱり三つが限界ですか。まだまだですね」


 これまでずっと努力を重ねてきた。勉学についても魔法についても、何事に対しても。

 自分にはノードの民を導く義務がある。

 そのためならば、努力を惜しまない。

 エルザにはソルダート家の長子である自負があった。


 3級魔法試験トップ合格はただの通過点でしかない。


 魔法使いの権力は強い。国の中のみならず、国外に対してもそれは有効だ。

 ノード国の力は弱い。

 なぜなら、この国には強い魔法使いがいないからだ。

 ならば、自分が強くなればいい。

 誰も追いつけず、追いつかせないほどの強い魔法使いに。


 魔力を消費して体には疲労が溜まる。気怠さを覚えて呼吸が荒くなる。


「私はこの国を背負って立たないといけないのよ!」


 己を鼓舞するように口に出し、重く感じる腕で杖を振るう。

 再び魔法陣を空中に浮かべた。


 この先、ソルダート家当主として、エルザは外交に携わることになる。

 その時には1級魔法使いになっていることだろう。

 エルザは将来の展望も同時に思い浮かべるのだった。

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