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第01話 魔王と勇者一行

 天井から吊り下げられた魔道具が大広間を煌々と照らす。

 ここは魔王城最奥にある大広間。玉座の間と呼ばれる場所。

 入口の扉からは赤い絨毯が伸び、その先には踏段が続いて高台となっている。

 高台となった場所には豪奢とは程遠い素朴な玉座が置かれ、そこに巨大な影があった。


 玉座に座るのは魔王と呼ばれる存在。


 人間の数倍はあろうかという巨躯の魔王。

 闇夜のように黒い粘性の体を背もたれに深く預け、目の前の虚空を見つめていた。


 魔王はこれから先のことを考える。

 しかし、何度考えても妙案は出ず、出てくるのは嘆息ばかりだった。

 漏らしたため息をかき消すように頭を振る。

 こうしている間にも時は過ぎ去り、未来が歩み寄ってくる。


 この玉座の間に向かってくる一つの魔力を魔王は捉え、正面の扉に視線を向けた。


 近づく気配が入口の前で止まると両開きの扉が開かれ、配下の一人が飛び込むように入ってくる。

 慌てた様子で魔王のそばまで駆け寄り跪く。

 配下の吐く息は荒い。肩を上下に動かしながら、絞り出すように声を発した。


「ご報告申し上げます! 現在城下にて戦闘中! 戦況は劣勢! 間もなく城内での戦闘になるかと思われます!」


 魔王は右手を挙げて応える。

 そこに言葉はない。

 報告を終えた配下は立ち上がり、一礼するとすぐさま踵を返した。

 その後ろ姿が扉の向こうに消えるまで、魔王はずっと見つめていた。

 これから死地に向かう仲間の背を。



   ◆ ◆ ◆



 大陸の北側には、人間から魔族と呼ばれる存在が住んでいる。

 姿形は多種多様。人間に近い姿の者もいれば、狼のように獣に近い姿の者もいる。魔王に至っては影法師のような見た目だ。

 魔族たちはどんな姿形であろうとも気にしない。気にするのは強者なのか弱者なのかくらいなもの。


 いつの頃からか、そんな魔族たちは南側に住む人間と争いを始めた。

 事の始まりは魔族の領地に人間が入り込んだという理由。

 領域侵犯であると大義名分を掲げ、魔族は人間狩りを始める。

 ある者は快楽のため、ある者は他の魔族に力を示すため、またある者は魔法を試すためと。

 欲望に赴くまま、至る場所で魔族と人間の戦いは起き、戦線は拡大していった。


 魔法を使える魔族にとって、剣や盾で応戦する人間は敵ではない。

 人間とは脆弱で貧弱で、血の詰まった皮袋のようなもの。

 魔法一つで焼け死に、血を吐き、大地にひれ伏す存在でしかない。


 この戦いは一方的な蹂躙で終わるはずだった。


 もともと魔族の数は人間ほど多くはない。

 拡大した戦線により戦争は長引き、開戦から3年ほど経った頃、前線に変化が起きた。

 人間も魔法を行使し、反抗するようになったのだ。

 しかし、魔族にとってみれば、覚えたての児戯にも等しい魔法。

 それだけでは問題なかったのだが、人間は数百人、時には千を超える数を戦地に投入し、抗戦するようになっていった。


 魔族は人よりも寿命は長いが、人間のように短期間では子をなさず、個体数が少ない。

 少数精鋭で戦っていた魔族だが、いかに強力な魔法を使えようと、魔力が尽きれば撤退を余儀なくされる。

 いくら殺しても、次からに次に膨大な数の人間が投入される消耗戦。

 魔族側は疲弊し、戦いは次第に膠着していった。


 この状況を重く見た魔族は現状を打開すべく、実力者たちが集い、話し合いの場を持つこととなった。

 その中で決まった一つの方針。

 それが魔族側にも魔王という立場を作ることだった。


 これまで魔族は協力体制を取らず、個として人間と戦っていた。

 それをまとめるべくして作られたのが魔王という立場。

 人間の王のような旗印ではなく、諜報や兵站の確認といった後方支援の役割としてではあるが。


 こうして選ばれたのが現魔王だ。

 分析に関しては頭一つ抜け、実力を持ちながらも魔法の研究に没頭するような魔族だった。

 魔王は戦争に対しては懐疑的であったものの、それでも選任されたのならばと元々の研究者気質も相まり、戦術や兵站、人間側の情報分析に力を注いでいく。

 戦力の調整、補給路の確保、陣地の構築。

 魔王が指揮し、魔族同士が協力することによって、膠着していた戦線は南に大きく動いていく。


 戦線が南へと大きく動いた2年後。このまま魔族側の勝利かと思われたが、事態はまたもや一変する。

 魔族の強さに匹敵するほどの、英雄と呼ばれる人間が戦場に現れだしたのだ。

 魔法で硬化された魔族の体を簡単に切り裂き、貫けるほどの武器を持つ戦士。強力な魔法で魔族を焼き払う魔法使い。さらには傷ついた人間を即座に回復させる神官。

 人間たちは劣勢になれども、英雄たちを筆頭に、死を恐れることなく果敢に攻め込んでくる。


 魔王は原因を調べるため、諜報活動に尽力した。

 諜報の結果、得られた情報は信じがたいものだった。

 女神なるものが降臨し、叡智を、武器を、希望を、人間に与えたというのだ。

 中でも女神によって選ばれたという勇者、神官、魔法使いの三人が魔王軍相手に快進撃を続ける。

 勇者一行より南に張った防衛線は破られてしまう。

 魔族の軍勢は壊滅に追いやられ、ついには喉元である魔王城まで食いつかれることとなった。


 魔王は強者ではあるが、最強ではない。

 魔王よりも強い魔族たちが敗北した時点で結果は明らかなものだった。



   ◆ ◆ ◆



 城内にあった仲間の魔力はすべて消え失せた。

 玉座の間にいた魔王は配下たちの死を悟る。

 間もなく最強の刺客たる人間が、この玉座の間に攻め込んでくる。

 悩んでいる時間はない。

 一世一代の演技をすべく魔王は持っている杖を強く握りしめ、決意を固めた。


 扉の向こう側、魔王は強大な魔力反応を察した。

 感知と同時に、轟音と共に扉が弾け飛び、魔王の眼前に巨大な火炎の塊が迫りくる。

 立ち上がった魔王が杖を振るうと、透き通った分厚い障壁が眼前に現れた。

 火炎の塊は障壁と衝突し、巻き込むように燃え上がる。

 そして何事もなかったかのように、障壁と炎は消え去った。


 焼けつく熱気を残し、消えた炎の向こう側から現れたのは三人の若者の姿。

 突き刺すような視線が魔王に向けられている。

 その瞳には怒りの色が強く浮かんでいた。


「よくぞここまで来たな! これが最後の戦いだ!」


 言葉は交わされず魔王の放った言葉が響く中、戦いの火蓋は切られた。


 魔王が杖を振るえば光の矢が、刃となった風が、旋風となった炎の渦が、荒れ狂い勇者一行に襲いかかる。

 最強でなけれど魔王の実力は十二分。人間の戦い方を研究していた分、利はあった。

 しかしながら、魔王に立ち向かった三人の力は圧倒的だった。


 魔法を撃てども魔法使いに威力を殺され、傷をつけようとも、すぐさま神官が治癒の魔法を放つ。

 隙を見せれば、輝く聖剣を持つ勇者が斬りかかってくる。


「これほどまでに差があるか――」


 幾度となく勇者の剣を受け、傷を負いながらも魔王は反撃の手を緩めない。

 目の前で剣を振り下ろす勇者に風の刃を撃ちこむ。

 だが、魔法を撃ち込んだ場所にはもはや影すらない。

 風の刃は虚空を切り裂きかき消えた。


 距離を取り、魔王を睨む三人の若者。

 魔王は体に走る痛みを堪え、魔法を発動させる。

 現れたのは無数の光の矢。その数は数十本にも及ぶ。

 魔王がもっとも得意とする魔法。


「行けっ!」


 杖を振るう魔王に呼応し、淡い光を放つ矢は勇者たちに襲いかかった。


聖なる槍(ホーリーランス)!」


 魔法使いが杖を振るうと、地鳴りの音を響かせて、床から這い出るように輝く巨大な穂先が現れる。

 その大槍が光の矢を蹴散らして魔王に迫る。

 通常の障壁程度では防げない。

 そう判断した魔王は、何枚も多重構造の障壁を作り出す。

 籠のように出現した障壁は、大槍を包み込むようにして撃ち消した。


 大槍を撃ち消せたことに安堵するも一瞬のこと。


 消えた大槍の影から現れたのは聖剣を握った勇者の姿。

 迎撃は間に合わず、その剣が深々と魔王の体に突き立てられる。


「……グッ、カハッ」


 魔王の胸元に、抉るように突き刺された聖剣。

 体液がどろりと地面に零れ落ちる

 細胞がぶちぶちと音を立てて破壊され、今まで味わったことのない痛みが体を走る。


 ――もはやここまで。


 意識が飲み込まれそうになるが食いしばり、魔王は最後の魔法を発動させた。


 玉座にすがるように魔王が倒れる。

 魔法が発動し、魔王の体が淡く光った。

 闇夜のような体は小さな粒に分解され、ゆらゆらと地面に落ちていく。

 それは吸い込まれるかのごとく、床に溶けて消えていった。

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