金髪紅眼の討滅の刃Ⅰ
「くそったれ! 何処に消えた!!」
時刻は21時――
――夜の高速道路に苛立ちと焦燥の怒声が響く。
サーチライトの灯りが踊る中、黒迷彩の戦闘服にプロテクターを纏い、防護盾を構える者と89式小銃を構える者―― 中には9mm短機関銃を構える者もいる二人一組、20組が何かを捕捉しようとするサーチライトが照す先を警戒し、周辺に逃亡者が潜み隠れていないかくまなく探しながら歩いている。
しかし、警戒する捜索する者達を嘲笑うかの様に、その唐房は戦闘員の真っ只中を貫く様に駆けた。
「何なんだよ! 何なんだよ!! オレっちが何したっていうんだよ!!」
喚きながら逃亡者は腕を振り回す。
「お前たちは何なんだよ!! 本物の銃なんて巫山戯んなよ!! 民間人に向かって銃口向けるなんて許されないぞ!!」
「その許されない事を貴様は犯したのだ!! 神妙に致せ!!」
「くそっ!! 抜かれるな!! 奴は人では無い!! 鬼だ!! 遠慮は要らん!! 射て撃て討て!!」
「コイツ見た目以上に素早い!!」
「クヒッ!! な、何なんだよこの走力!! ウッソだろ!! 陰キャで運痴のオレっちが化け物じみた速さで走ってる!! クフッ♪ コレなら逃げ切れるぅ!! 逃げ切ってやるぞぅっ!! どうだ!! ウスノロ!! オレっちの進化の速さについて来れるものならついて来なってんだ!! クヒッククク!!」
男女の怒号と銃声が幾重にも重なって夜陰に轟く。しかし、駆ける何かは意に返さぬかの様に擦れ違い様に襲撃者達を蹴散らしていく。そのまま夜の街に逃げた。
「スンゲー!! 見ろよ!! このパワー!! 力がみなぎってくふぅ!! フヒッ!! オレっちを馬鹿にした奴らも、オレっちのハッピーラブベリーライフを邪魔する奴は皆、みんなヌッ殺してやんよ!!」
構える防護盾も、纏うプロテクターも用を為さずに、ひしゃげ、裂かれて反撃を受けた者達の苦悶の声と戦意を失わず立ち向かう者達の怒号、救護班も要求する声が夜闇にこだまする。
「警察に動きはありませんでしたね」
「やっぱ過程をすっ飛ばして、犯人はこいつだから捕まえてっていうのは甘かったかー」
警察は動かず、その結果が眼下の逃亡劇。
「その前に〈鬼部〉が動いたことに驚きましたが……」
「まさか逃げられるなんていう初歩ミスをするなんて思わないよねー」
「その鬼が狙い、脅して監禁したアイドルが既に巣には居らず、在るのは精巧なドールだと知った時、どうなるのか……」
護衛の依頼人、有栖川シェイラに成りすまして逃亡犯、相堂 拓流に脅され、奴の家に連れて行かれ監禁された。
だから証拠を集められたのだ。集めるだけ集めて直ぐに脱出したけどね。奴は術師が見せる夢幻を見て、ドールを愛でていたのだ。
人気アイドル失踪事件の拉致監禁犯をした仕止められず、討ち逃した部隊を、乗り込んだヘリコプターから見下ろしていた。
「あれだけ豪語してさぁ。あの体たらく。ないわー。これだからプライドだけは人一倍の働き者の無能はマジ最悪」
尻拭いさせられる事に不満を露にする。
「まぁ、彼等が銃で仕止めてくれれば、こちらも楽ができたのですが……」
「真絢さん。討って出る事への要請をして下さい」
「解りました……。所長、〈鬼部〉による討伐は失敗。我々に討伐の許可を」
『やはり逃したのね。討伐への介入を許可します。此方で〈鬼部〉への対応は済ませます。一番隊は現時刻を以て全力で事に当たりなさい』
所長は討伐組織の失敗が余りにも早かった事に嘆息する
『ただし、10分以内でけりを着けなさい。それが封鎖出来る限界よ。それ以上、結界を張り続ければ人が消えた違和感を嗅ぎ付けられてマスコミがやって来るわ』
「d'accord!!」
敬礼して答える。
「了解しました。目標はやはりニオイに誘き寄せられています」
『〈鬼部〉も鬼の逃走を許してしまうほど、優秀な人材がいないのかしら? ベテランの信頼と実績も良いけれど、現場できちんと使える若手を育てて貰いたいわね』
無線機の向こうで所長がプクッとふくれているだろう姿を想像してわたしは笑いを堪える。
わたしは自身の得物の鍔を親指で持ち上げ、鯉口を切り、刃を納める。
「母さん―― 伊織所長も最初からウチが担当するって交渉を粘ていれば、この様に制限に縛られなくとも良かったのに」
真絢さんが自身の母親で、わたしたちが所属する組織の所長の愚痴をこぼす。
「仕方がないって諦めよう。彼等の面目も守って手柄を立てさせてやんないと、〈鬼部〉という討伐組織の存在に疑問を持たれれば存続の危機になって、過ぎ去りし日に陰陽師も鬼斬りも嫌い、って言って鬼を溢れかえらせた時みたいになるよ。わたしはそっちの方がヤだ」
彼等は表に出て活躍することが出来ないエリートだ。
表に明かせない生業という意味ではわたしたち機構の鬼斬りも同じだけど、そこは民間と御国の暗部、自由度と組織の規模が違う。彼らは『鬼斬り異能』の〈力〉を宿した御国を護る為の組織。下で戦っていた者達は護国のモノノフだ。
御国の為に命を賭しているのに誰からも褒められず、誰にも言えないために、両親のお仕事、なんて作文に子供が書けるわけもない。子供からすれば何をしている人? って感じだ。
――表向きは自衛隊員だったけ。
どっちにしても、お仕事の詳しいし内容は話せない。
――精々が表向きの訓練や勤務くらいかなぁ。
華々しく活躍――なんていうことは無い。
――それが当然なんだけどなぁ……。
「彼らは誰にアピールしているつもりでいるのでしょうか?」
「強いて言えば仲間内? 討伐数、任務難易度、評価、ステルスゲーとかコンバットゲーによくある要素でも作って賭けてるんじゃない?」
わたしの答えに真絢さんは顔を顰める。
「それが真実かはわたしたちには分からないけれど、四角四面で真面目な人も居れば、ゲーム感覚で目標を斃す人も居るんじゃない?」
「それにしても事前の適性検査が――」
「ペラペラのペーパーテストと猫を被った面接の質疑応答で、本人の本質なんて解んないでしょ?」
「そこは……」
「そういうことでしょ」
力が弱い以前に他人の為に自分の何かを払ってまで鬼を視ようとは思わない。そんな自己犠牲精神のヒーローなんて物語だけだ。
「実際のところ他人の尻拭いまでして鬼を討とうなんて思ってはいないんだよ。わたしだって春頃のは静観に徹するつもりだったし――って着いたね」
「あ、御堂の扉を開けましたね……」
「雛坂さん、ヘリの高度を下げて下さい。これより作戦行動に移ります」
ヘリの操縦者に指示を出すと、高度が下がっていくヘリのドアを開ける。
「二二〇〇目標、保護対象者を引き裂き、完全に鬼に転化。これより目標を討滅する」
「了解!」
「超自然現象・災害研究対策機構 鬼斬り役 千羽 双樹。いっくよー!Follow me!! わたしについて来て!!」
「同じく、超自然現象・災害研究対策機構 鬼斬り役 一番隊 副隊長 若杉真絢。出るわよ!!」
わたしはただの役付きだけど、真絢さんは一部隊を率いる副隊長さんだ。おかーさんの腹心の部下だ。
高度が十分に下がり地面が近くと、ヘリから飛び降りると、その後に「千羽隊征くぞ!!」と20名が続く。
当然わたしよりも年上の若者や、親や祖父に差し掛かるような年齢の者達も居る。しかし『鬼斬り』に年功序列等存在しない。
能力と実力が全て。そして少年の才能も実力も実績も申し分なく、それを知っているからこそ彼等はわたしをこの件の隊長と認めて従ってくれている。
超自然現象と記されているけれど、そこは超常現象でも良いのだけれど、それだとオカルト商法っぽく見えるからと言う理由らしい。超自然災害を研究し対策を講じる組織。
その実態は民間の身辺警護をする組織だ。
気持ち、想い。そういった感情は善し悪し問わず、自然に心に懐いたり、心から湧き上がり、強い念はあらゆるものを捻じ曲げる。
今回は好きを拗らせすぎてルールを捻じ曲げたストーカーから護るというお役目だ。
†若杉 真絢
私の正面に座る可憐な少女。
何時もはレイヤーの入った長髪を下ろしていて綺麗な娘という印象だが、現在はツインテール―― 黒い細いリボンで結んだラビット・スタイルにしているために可愛らく見える。
眩しいほどの金髪というより優しい柔らかな金髪。何時もはサファイアの瞳が紅玉の輝きを宿している。
鬼を討つ鬼。
鬼斬りと、鬼に力を与える血の力を目覚めさせ、引き出している証だ。
まだ理性が人側にある。これが鬼――化外の側に理性が傾くと金と成り、暴走すると火眼金睛となる。
――火眼金睛で冷静に、理性を保つ状態の彼女とは対峙するような事態は避けたいわね。
百鬼夜行なんて相手にしたくない。
それにしても――
――なんて甘い匂いさせてるのよ。
彼女のそばに居るだけで、私の異能の力が彼女の血に惹かれている。
ゴクリ、と唾を飲む。
白く細い首に歯を突き立て、きめ細やかな肌――皮膚を破り、溢れ出る赤く甘い血を――
――こ、コレが彼女たちの血が危険な理由!!
一瞬、正気を失った。力を欲した!?
神に、鬼神に捧げられる為に大事に隠され大切に育てられた貴い生贄の血の末の娘を、御老公たちが恐れる訳を身を以って知った。
――これは何をしても、どんな手を使ってでも手に入れたくなるわね……。傾国の血じゃない。
権力者、異能力者、神々、鬼が入り乱れる大乱闘、もしくは妖怪大戦争が勃発しそうだ。
――この娘……。そのことを解ってるのかしら……?
対策機構の狩衣風パーカーの内ポケットから、駄菓子の“ドでかいカツ”を取り出して、はぐはぐと小さなお口で食べ始めた。
私の視線に気付いて「食べます?」と聞いてくる。
「ありがとう。それじゃあ遠慮なく頂くわ」
「これ、美味しいですよねー」
ニッと笑う。
「コーラグミ、すり身シートのゴマ入りメンタイ風味、ゴツ旨暴くんコーンスープにメンタイ味、たまねぎ農家さん田吾作とか、歌舞伎揚げとか」
本当に嬉しそうに話す。
――いくらでも買ってあげるよ。だからデートしない?
「この件が全て片が付いたらモンブラン食べにいきましょうか」
けれど私の口から飛び出したのは彼女の愛して止まないモンブラン食べに行こう、だった。
「マジ!! 行く行く。そんじゃあサクッと終わらせよう!!」
一瞬、紅玉の瞳が金に変化した気がした。
「待って待って! まだ彼らの顔を立ててからよ!」
今にも飛び出してしまいそうな彼女を慌てて止めた。
そして、目標地点に着いた。
キリリッ、て表情を引き締め、鬼を見据える真紅の瞳。
ついて来て!! とまだ高い位置にも関わらず空中に身を躍らせた。
相堂 拓流―― あいどーたくる―― アイドォ タクル―― アイド ル ォ タク―― アイドルオタク。