人こそ奇々怪々
逃げ出すように家を飛び出し、詩音の家の前を通り過ぎる瞬間、胸が痛んだ。
初めて逢った時、お互いの家の間で待ちあわせをしたり、お互いの家に迎えにったり、登下校や遊びに行ったりした思い出―― かつての光景が幻のように見えた。
それを振り切るように頭を振って、小走りで駆ける。
――運命のイタズラの先で道が交わることもあるかもだし。
その時に新しく関係を構築すれば良い。
――あ、どうしよう……。護法の霊力補充しなきゃいけないんだった。
夢に顕れた鬼から詩音を護るために術が発動したのを思い出した。
――どうやって接触する? 引っ越しの挨拶の時? 仲良くなってから? でも、自分の持ち物を相手に渡せるくらい仲良くって、どのくらい仲良くなってから?
好感度パラメーターが無いなんてリアルって奴はなんてクソゲーだ!!
――補充、早くやんないとマズいのに、パラメーターないと、いつ仲良し信頼を築けたかマジで判んないじゃん。
『だからお姉は処ビッチボッチなんちゃって陽キャギャルなんだよ』
と言う涼風の声が聞こえた気がした。
――だって噂話とか、情報とかコミュ力高かったり、クラスカースト上位の陽キャたちの方が詳しいし。
ちょっとした噂に鬼の存在が見え隠れしていたり、彼らが鬼を呼んでくれたりして、良い小遣い稼ぎになるのだ。
――陽キャは陰を濃くするからね。
ちょっとした冗談、遊びが冗談でも遊びでもなくなる。
前の学校でこんなことがあった。新入生――クラスの親睦会があった。
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自由参加というものの、その実空気読めずテンションを下げるようなことは言えず、出来ずに強制参加させられる。
春の陽気、新しい制服、学校、仲間。何かが始まりそうな予感、期待と不安。それらが合わさっだその浮ついた心。地に足がつかない感覚。羽目を外したノリ。その流れの勢いのまま、最後に噂の祠に、その噂が真実かどうか確かめに行った。
その祠には噂通りに名前も出自も来歴も銘すらも判らない大太刀―― 所謂、斬馬刀。5尺もの長さの日本刀が祀られていた。彼の剣豪、佐々木小次郎の物干し竿が3尺2寸。1メートル。それに対して五尺刀は180センチ。両腕を広げるように刀と鞘を引くように抜刀しなければならない。
噂とは――
曰く――鎧武者を視た。
曰く――人魂を視た。
曰く――合戦を視た。
曰く――刀が鳴いた。
曰く――刀が浮いた。
曰く――刀が仄暗く燃えていた。
曰く――刀を持つ鎧武者に追いかけられた。
皆は笑っていた。自分なら大丈夫だと根拠のない自信を抱いていた。
結果としては何も無かった。だから皆笑った。噂なんて所詮は先輩が後輩がビビり散らかすのを見て面白可笑しく愉しむためのものなんだと。
ある者は祠をペシペシと叩き。
ある者は祠をの扉を開いて大太刀を触ろうとした。
ある者は賽銭箱に食べかけて飽きた飴を捨てた。
それを馬上から見下ろすモノが居た。鎧兜の面頬の口には鋭い牙の意匠。鎧夜叉が馬に跨がり抜き身の斬馬刀を手にし、蛮行を犯す者たちを睥睨していた。
名も無き鎧武者。残党の始末屋。落武者狩りの鎧武者。規律違反、脱走者、味方殺し、目撃者斬りの鎧武者。それが斬馬刀の担い手の役割りだった。
わたしと眼が合う。
すぐさま圧が飛んできた。邪魔だてするな、と。邪魔をするならば一族郎党斬り殺す。何処に逃げようが追い掛けて斬る。庇い立てする者も斬る、と。
鬼出現、目視、時と場所を報告、連絡、斬って良いのか相談。
見敵必戦、見敵必殺を旨とするわたしとしては戦端を開いても構わないと思っていた。何時でも戦の火蓋を切って落とせる準備をする。
手を合わせて何時でも抜刀出来るように術式を解く。
震えるスマフォ。ディスプレイにはNOというメッセージ。
調査と斬馬刀の封印。出来なければ鬼と対峙しなければならなくなるけれど。わたしが手を出せないなら、、わたしが気にする必要は今はない。
『女伊達らに剣を振るい、善い剣気を放つ佳い女武者よのう』
『ふうん。女なのにって言わないんだ?』
『何を言う。女子も家を守る為に槍を持つ。珍しいが女武者も存在するのは当然のことではないか。逃げる女子供が懐に刃を忍ばせておることもある』
『ふうん。なるほどねぇ。わたしに免じて見逃してくれたりは――』
『断じて無い。異人の娘。お主こそ鬼――我ら日ノ本の民の敵ぞ』
『わたしが鬼かぁ。貴方が生きたのは、そういう時代だもんね』
互いに鬼と認識した。左脚を引く。
周りはわたしの様子には気が付かない。
この時、斬馬刀がカタカタカタと激しく振動し、刃がキィィィンと鳴り、5尺もの抜き身の大太刀が浮き上がると、剣圧が形を成したかのように斬馬刀を中心に突風が吹き荒れた。
振動し刃鳴りをした時点で皆はパニックに陥り、剣風に悲鳴を上げ、ビビり散らかし逃げ出した。
――刀が勝手に浮いたんだからビビっても仕方ないけどさぁ。イケメンも美少女も陽キャも陰キャも関係無いよねー。
早くもクラスカーストのトップに君臨すれども統治せずなイケメンくんが一番ビビり散らかしてガチ泣きして、逃げ出していた。
――彼、明日から学校大丈夫かな。
ああいう普段は陽キャなオレ超モテるイケメンって自意識過剰な人って本物の恐怖に脆く壊れやすい。
――明日から周りを負を振り撒き散らす陰キャになるのかぁ。
彼らを中心としたメンバーは「ウェーイ♪ ウェーイ☆」って祠とか悪戯してたから余計に祟られるはずだ。
――処理がメンドーだなぁ。
わたしは基本的には止めない。空気読めるから。言っても解らない者は聞いても解らない。聞いて理解出来ない者は言っても理解しようとしない。
それなら好きにさせる。最近の親の様に何でも先回りして危険を排除したりなんかしない。子供のやる事なんだから、と謝らせたり、反省させない、なんて庇い立ても甘やかしもしない。そもそも、わたしは彼らの母親じゃないしね。
だから身を以って知れば良いのだ。
それが、社会的信用か友人か家族か恋人か仕事かお金か将来か夢か、はたまた身を滅ぼすような何かかも知れないけれど、自分で犯した罪は自らが代価を支払わなければならないのだから。
――英語とか数学とか大事だけど、母国語と社会常識と道徳の勉強に力を入れるべきだよね。
マナーを守る国民性も今や、バイトテロとか起こしたりするからね。少し前には旅行先の文化財、遺産に落書きをする修学旅行生とか話題になっていたし。
学校教育も落ちたものだ。
――ねぇ、鬼武者さん。貴方から見て、今の日ノ本は、人はその目にどう映ってる?
浮いた斬馬刀を見据える。
カッカッと騎馬が地を蹴る。陽が落ちていく。逢魔ヶ時。顕現をはじめる鎧武者。
春の夕闇。温度が急激に下がっていく。霊域と成ったこの場所に常人は入ってこれない。
「鬼斬り千羽 沙羅が千羽天剣流にてお相手します」
抜き身の日本刀―― 霊刀〈千破矢〉を構える。
鬼相手に真名は名乗らない。
『鬼退治のモノノフであったか。構えも様になっておるが――破!!』
馬を走らせ仕掛けてきた。
重い刀を柄の根本を握り構えている。
千羽天剣流 貪狼。
走る。駆けることで剣閃を避け続ける。切り返し地を踏み切る。
千羽天剣流 文曲 ー月兎ー
『曲芸かっ!! 鬼斬りの娘よ!!』
――曲芸かどうかは、その身で確かめなさい!!
高く跳び上がり、前転して空を蹴る。落下速度に空を蹴り加速。自身の体重に剣を振るう速度を加えての一撃。
千羽天剣流 落月。
弧を描く神速の一閃。
それを鬼は身を投げ出し馬を犠牲にするこで躱した。
『見事也!! 我が馬が一太刀で逝くとは!!』
わたしは素早く体勢を立て直すと鬼武者に向かって駆ける。それは相手も同じだった。
素早く呪符を取り出して刀身に沿わせる。
わたしは相手の間合いの外。けれど相手の大太刀はわたしを捉えられる距離に入っている。
まずは袈裟斬り。それを更に加速することで攻撃の内側に入ることで躱す。
『今更だが、我が名は天堂 幸為也!! 天道武心流戦術にてお相手致す!!』
大太刀を引き付け、突きの予備動作に入る、一瞬の溜めのあと、溜めた力をわたしを穿く為に解放された一閃を身体を低くして躱す。鬼の古兵が伸び切った腕を戻す間にわたしは左脇に構えた〈千破矢〉を低い軌道から斬り上げながら峰に左手をそえて、剣速を加速させて跳ね上げる。
千羽天剣流 天照+月兎。
『うぅぬぅぅっんんっ!!』
身体を目一杯反らして躱し、跳び上がったわたしを天諸共に突き穿つとでも言うように、その大太刀に呪力が集まる。
『生きていた数十年の時、死して幾星霜、我が生み出し天道武心流と愛刀〈天地〉に向かい挑む兵は娘よ、貴様で四人目よっ!!』
「オン ソヂリシュタ ソワカ・オン マカシリエイ ヂリベイ ソワカ」
千羽天剣流 破軍――
「雷帝招来! 急々如律令!!」
霊力を肩に担ぐように構えた霊力を振るう。
「千破矢降!!」
『我天穿落!!』
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あのあと大変だったなぁ。
大太刀は折れるし、祠は消し飛ぶし。何より雷は常人にも視認され、停電したみたいだし。
――何故、勝手に戦ったって言われても、襲われたから、としか言いようがないのにさぁ。
そうしたら何故、クラスメイトを止めなかったっと厳しく問いただされた。
――そりゃあ、ね。わたしは一般人に扮してるわけだし。『わたし、鬼が見えて、そこ、本当に出るからヤバイよ。止めときなよ』なんて言えるわけ無いじゃん。
屁理屈を言うなと怒鳴り散らされた。
――歳取ると常識が判らなくなっていくんだねー。
あーやだやだ。と頭を振る。
――最後のアレ、鬼に成ってからビーム技みたいになったんだろうなぁ。わたしの霊力と技が、あの技に撃ち勝ってなきゃ土手っ腹に風穴空いてたよね。マジで。
お腹を擦る。土手っ腹だよ! ボテッ腹じゃないよ!!
――まぁ、その代わりあの技の余波であられも無い姿になっちゃったけどさぁ。
新学期早々、真新しい制服が襤褸布になった。
詩音との接触方法から、この春の最初に起きたことを思い返していると、因縁の神社が目前だった。
刑事と鑑識が現場検証をしている。
行方知れずだったアイドルが発見された現場だからか報道陣と野次馬で騒然としていた。
『四年前、この神社では神隠し―― バラバラの遺体となって――』
『四年前の事件の犯人も、人気アイドルの有栖川シェイラさんを殺害をした犯人もまだ見つかってはおりません……』
報道陣と野次馬を避けても内容は聞こえてきた。
――ん? 真希さん?
千葉 真希。表側の鬼を斬らず捕縛する鬼斬り―― 刑事さん。
――あ、目があった。ん~やっぱ怒ってるよねぇ。
まだ人の範囲だった。故に表側の捜査をしている真希さんに連絡して、犯人の所在と証拠を送ったんだけど……。
――匿名とボイチェン使ったのはマズったなぁ。
そうこうしている内に〈鬼部〉が動いて取り逃がした。
追いかけられ、追い詰められた精神が堪えられず、鬼に成った。
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