結花媛命4
――仕方がないよね。最初から分かっていたことだし。
わたしたちの長や母さんは出来ることなら避けたがっていたけれど、最終手段として予定には入れていたし、言わずもがな陰陽庁は最初からわたしを人柱にするつもりだった。
だから、陰陽庁の鬼斬りや陰陽師は時間稼ぎの為の捨て石だ。
彼らはそれを――
――考えるのは止めよう。
使命だのなんだのと言って死を美化する連中だ。
――口でなんと言おうとも、ねぇ。
此処は仮にも神の領域だ。贄の血の力を使う神に、わたしの血の匂いに惹かれて――
――ほら、鬼に成った。
結局、心の底には綺麗な御題目より、生きたいとか後悔がある。
――口は禍のもとって言うのに……。
負け犬が捨て台詞で人を貶めて逃げようなんてするから自ら退路と生の道を閉ざすことになった。
――真絢さんは辛うじて生きてるみたいだね。
こんなわたしにも少しくらい仲間意識とか情なんてものはある。
どうせ一度は諦めた。
――そう思ってたんだけどなぁ。
夜空が明るくなる。明るくなったのは封じの儀式が始まったから術の力の影響に因って周囲が明るくなったからそう見えるだけだ。
土地の力――霊脈からの霊気。
「陰陽師……鬼斬りは幾星霜経ても変わらぬなぁ……。この光景も、この虚しさも……。私・の時は池の底で巌の下だったけど……貴女は“樹”かぁ」
――名前が短い呪だからって“沙羅双樹”なんて皮肉だなぁ。
わたしの名前とかけて封じを強くするつもりだろう。
ただ、相手が相手だけに術の相乗効果よりも先に性格が悪いからだと思ってしまう。
あと結花媛命の口調が生前のものになっていて、愛撫も終わっている。
わたしの身体が瑠璃の光に包まれる。瑠璃色の光の柱が天へと伸びる。
元人間だった鬼を視る。
――仕方がないにゃあ。可哀相だからお姉さんが鬼の霊を花と咲かして散らして天に還してあげるよ。
真絢さんが立ち上がろうとしているけれど負傷していてはそれも叶わない。それでもわたしに手を伸ばす。名前を呼ぶ。
――わたしの監視役が要警戒対象に情なんて持っちゃダメだよ。
涙なんて流さなくて良い。事務的に最期を見届けて報告すればお仕舞い。
――約束もあるのに、そんな姿見せられたら……。
「はぁ、ホント馬鹿ばっかり……」
人がせっかく手柄を譲って上げようと殊勝な態度で見守ってたら粋るだけ粋って勝てない相手だと尻尾巻いて逃げ出した挙げ句に、狩られて全滅とか笑い話にもならない。
それに物忘れも激しい。
「死んで鬼に成るとかホントありえないんだけど……」
呆れてしまう。ミイラ取りがミイラになるなんてホント間抜け。道化にも成れていない。
――まぁピエロ嫌いなんですけど。
だから彼らが立派な道化師でも愉しめなかっただろう。
『我が息吹、我が声、我が意に従え――』
わたしを後ろから抱いていた結花媛命が勢い良く飛び離れた。
その瞬間にわたしは真絢さんの許へと駆ける。




