結花媛命3
陰陽庁の鬼斬りと陰陽師たちが転移させられた場所には頭部には四本の立派な角を生やし、身体は蓑を纏った様な豪毛が生えた白い牛の姿をした鬼が待ち構えていた。
山海経に記されたゴウエツという人を食べる異邦の妖怪に似ていた。
『クク……。怖ろしかろう』
雄牛は荒々しい精強さ、力強さの象徴でもあり、神獣でもある。けれど、失墜すればどの時代、国においても仇敵になる。鬼という鋳型に嵌められ、鬼と名付けられて鬼と成る。
丑寅―― 鬼門―― 鬼。
角は鬼の概念的要素の一つ。蓑の様な白い剛毛は絵馬であったり、縁結びの御神籤や願掛けの札だが変異したものだ。
『➖➖➖➖➖➖!!』
雄牛が咆哮する。それはビリビリと空気と鼓膜を震わせ、聴覚を麻痺させた。
その威圧は斬り込もうとした鬼斬りの足を血に縫い留め、呪文を唱えようとした術師の口を縫い付けた。
『神たる我の前だ。何、遠慮は要らん。お主等の力とやらを見せてみよ』
神事――角力が始まった。
雄牛は殺る気に満ちて前足で地面を蹴り削っている。
雄牛が頭を低くして角を突き出すように飛ぶように獰猛に駆け、鬼斬りたちは意を決して各々武器を構える。
最初の犠牲者は腹を穿かれて放り上げられた。次の犠牲者は腕を食い千切られた。
体当たりで吹き飛ばされた者は起き上がっては来なかった。前足で潰された。後ろ足で蹴り上げられた。
鞭のように撓る尾で打たれ肉が弾け飛んだ。
胴を喰い破られた。
鮮血と肉が舞い、鬼斬りが挽き肉に成り果てると、力比べの角力から、牛追い祭りへと変わり陰陽師を追い回し始めた。
そこからは阿鼻叫喚の地獄と化す。
『どうやらあの中には英雄となる器の持ち主は存在せぬようだな。こうも情け無い姿ばかり見せられると興が醒める。そなたもそう思うであろう?』
マンガやラノベのようなヒーローは存在しない。それが現実だ。
無償で他人の為に命を賭してまで守ろう、取り戻そうなんて酔狂な物好きはいないだろう。
称賛はない。新聞にも載らない。歴史に刻まれない。誰からも感謝されない。
ならば、形だけで良い。作戦の成否よりも戦った、救い出そうとしたという事実が得られれば良い。
どんなに努力しても、根性を出しても敵わない、叶わないのが現実だから。
結花媛命がわたしで満足するなら、わたし一人の犠牲で、禁足地として封じてしまえばそれで任務完了だ。
『まぁ、良いわ。我はそなたの身体で慰めてもらうとしよう。フフ、そなたもその方が良いであろう?』




