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朝・日常〜詩音〜

 ゆっくりと身体を起こす。夢見は最悪。


 ――……私を知る貴女は誰?


 この時期になると決まって見る夢だったけれど、今日見た夢は何時もと違っていた。


 私が忘れてしまった過去で終わるのではなく、私が知らなければならない未来―― これから起こるであろうトラブルを予感させるものだった。


 ――予知夢ってやつかしら?


 今朝の夢だけはバカらしいと切り捨てたくは無かった。


 過去を思い出そうとすると何時もなら頭を割るような頭痛に襲われるけれど、あの女性が纏っていた青い――瑠璃色の光の残滓が私の裡側に在る気がする。


 ――私はあのひとを忘れたく無いって思ってる?


 しかし――


 ――どうせなら、こっちの痛みも取って欲しかったわね。


 頭痛が無いだけ、何時もよりはマシだけれど。


 この夢とこの時期の酷い痛みに病院に行ったけれど、夢は虐められていたことが他の形になって現れたのだろうということだった。


 他の病気では、と疑った痛みだけれど、何も異常は無かった。夢が―― ストレスの所為だと言われた。


 ――ゲームとかだと魔物だけど、夢の中の女性は“鬼”だって言っていたわね。


 “鬼”なんて存在を信じる人なんて居ない。言ったら最後、私がおかしな人認定されるのは確実。


 夢だけど、あれは実際にあったことに違いない、と私は確信している。


 倦怠感で重い身体を奮い立たせて、着替えて一階へ向かう。歩くと身体に響く。


「おはよー姉ちゃん」


「おはよう淳平」


 そう言って弟は直ぐに英語のグラマーに目を落とす。


 ――そういえば誰かが言っていたわね。


 『英語だけじゃ無く、他の国の言葉も覚えておいたほうが良いよ。武器、世界観、神話、語源、文化、歴史。それらを元にしていたりするから、きっと作品作りにも役に立つし、好きから学んだ事はきっと無駄にならないはずだから』


「っ!!」


 ――誰? 私は誰を――


 脳裡に浮かんだ光景。そして私と誰か。誰かは判らないけれど、その誰かが私の妄想を認めてくれたのだ。

 

 色んな辞典、辞書を強請って買ってもらったり、お小遣いを貯めて集めたりもした。


 お陰で語学には不自由しない。


 でも、何故? その答えが先程の光景に出て来た誰かが握っている気がして、思い出そうとしてみるけれど、頭痛が邪魔をする。


「姉ちゃん?」


 異変に気付いたのか、頭を押さえる私を心配する弟の声。


「淳平……」


「大丈夫かよ」


「この時期特有のものよ。それより、私の幼馴染みで男子ってあいつらの他に居たかしら?」


「いや、知らない。居なかったはず。そもそも、あの二人だって千尋さんや紗奈さんのオマケで姉ちゃんにしつこく付き纏ってただけの自称幼馴染みだろ? なんか馴れ馴れしいし、しつこいし、妄想妄言ばっかで苦手なんだよなあの人たち。なーんか『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』的な感じで仲良くなろうとしてくるしさ。パーフェクトハーモニーだかマキシマムマッソウルパワーか知らないけど正義を押し付けてくるし、自分たちの所為って言うかあの二人が姉ちゃんを虐めていた諸悪の根源なのに、姉ちゃんに想いを寄せてるとか性格歪んだマジでサイコパスキモストーカーじゃん」


 一息で言い切るほど、フラストレーションが溜まっているみたいだ。それも私への彼らの行いに対してだ。


「な、何だよ! 止めろよ! 何でそんな慈愛に満ちた微笑みで頭撫でんだよ!!」


「朝から仲が良いのは良いけれど、詩音、朝食はたべられそうなの?」


「無理そう」


「じゃあ、何時もの?」


「自分で作るから」


 顔を見せたお母さんの後についていき、牛乳と混ぜて作るヨーグルトに似たものを作る。


「大丈夫?」


「何時ものことだから心配しないで」


 お母さんは何かを言いたげだったけれど、結局は口にしない。

 確かに私は虐められて色々なダメージを受けて心に傷を負った。それは時が解決してくれることも無いし、薬で治ることもない。


「心配してくれてありがとう」


 薬で不安を和らげることが出来たとしても、それを上回る嫌悪感や他人に対する不信感を抱けば、あっさり心が不安に圧し潰されて恐怖に染まる。


 動悸と吐き気に襲われ、気が遠くなる。


 けれど、夢――忘れた記憶とそれは違う。私は鬼が実際に存在していると確信している。それは誰にも信じて貰えないから、口にしなくなったし、口にされることを強く拒んだ。


 だから、お母さんは口をつぐんだ。

 口にしない、口を閉じる。そうする事で言い争いにはならない。平和が保てるなら、それが一番だ。


 それでも今日は少し踏み込んでみる。


「お母さん」


「なぁに?」


「お母さんの知る範囲で、私が幼稚園から友達とか幼馴染みって言える女の子、千尋と紗奈以外の女の子知ってる?」


「……夢の女の子よね? 夢で貴女を守ってくれたっていう」


 私から話を持ち出したことに一瞬驚くも、お母さんは正しく意図を汲み取ってくれた。


「お医者さんは、その女の子は助けてっていう貴女の想いが形になって、貴女の代わりに傷付いたって言っていたけど、違うのよね?」


 私が私の心を守る為に創り出したイマジナリーフレンド――二重人格の現れ、みたいなことを言われた。


「うん。違う」


「ん〜。千尋ちゃんも紗奈ちゃんも、外で偶然あったりしたらきちんと声をかけてくれて挨拶もしてくれる良い子たちだから、一緒に居たなら知っているけれど、残念ながら知らないわねぇ」


「あはは! 陰キャオタの姉ちゃんの友達ってその二人だけじゃんよ! あとキモストーカー二人」


 無遠慮に話に割り込んで来た愚弟を睨む。


「そうね。でも、貴方も大概じゃない? ねぇ、愚弟?」


「な、なんだよ」


「貴方のとても大事にしているお宝本だけれど、確か……『オレの隣の席の美少女が、童貞に優しいギャルだった件』だったかしら?」


 あと他にも――っとタイトルを言い連ねる。


「うわぁぁああっ!! ななななななんでそれをっアババババ!!」


 あ、忘れていたわ。お母さんが居ること。


「あら? そうなの? てっきりお母さん、淳平のタイプの女の子は清楚系かと思っていたのに……」


「違うわよ。ギャル系のキャラなら色々経験豊富で色々リードしたり背中おしてくれそうだからでしょう。私が陰キャヲタなら貴方はヘタレタレソースのチキン南蛮の童貞じゃない。正直、童貞の妄想に、流石の私も引いたわよ」


 憐憫の眼差しを愚弟に向ける。


「ねぇ、そんなギャルはリアルには存在しないわよ? そんな存在はエッチィ動画や本の中だけ。そんな妄想に期待を膨らませて待っていたら直ぐにレベル30も超えて童貞の帝王――【童帝】になってしまうわよ?」


「辛辣ぅ〜。容赦しないわねぇ貴女」


 私の愚弟への返しに対するお母さんのコメントだ。


 膝から崩れ落ちてホロホロと涙を流す弟に黙っていたお父さんが肩を叩いて慰めていた。


『朝のニュースです――』


 コーナーが変わって可愛いいアナウンサーに代わり、男性アナウンサーがニュースを伝え始めた。

 

『――未明、行方の分からなくなっていた人気アイドルグループ“サザンクロス”のメンバー、有栖川シェイラさんが――神社で、管理をしている祝部ほうりべ 清晴きよはるさんによって発見され――』


「あの神社だろう? 心配だな」


「行方が分からなくなったのも不自然だって言われているわね」


 ――私たちが遊んでいた神社で、夢の舞台でもある神社で、また事件?


「嘘……だろ……シェイラ様が……」


 『発見』とは死体で見つかったことを隠す言葉で、もし、生きて見つかったのなら『保護』を使うはずだ。


「気を付けてね」


「遅くなるなら連絡を入れるんだぞ、遊ぶ為に買ったんじゃないんだからな」


「あと、出来るだけ皆と帰ること。一人より安全なはずだから」


「変な奴がいたら直ぐに逃げるんだぞ」


「どれだけ訳にたつかは分からないけれど、防犯ブザーも持って行きなさい」


 両親からの怒濤の注意事項を告げられ、頷くだけで精一杯だった。


 そんな中、あまりにもショックなニュースに落ち込んでいる弟に目を向ける。


 ――あ~……最推しだったわね。


 けれど、問題はそこじゃない。


 ――鬼は居ない……はずよね。だって夢が本当にあったことなら、私たちを助けてくれた女性が鬼を退治してくれたんだから……。


 ズキッと刺すような頭の痛みに襲われるけれど――


 ――あの夜店から、あの神社には遊びに行ってない。


 夜店とかは今は神社ではなく、公園の中央広場の通りとか、その手前の広場で出店を出している。


 ――まぁ、私がラノベやサバゲの方に遊び方を変えたからだけど……。


 あの場所には立ち寄ってもいない。


 お父さんが先に家を出る。


 私も少し早いけれど登校することにした。

 淳平もそれに私に合わせる。


「また、あいつ待ち伏せしてるかも知れないし」


 淳平はナイトを自ら買って出てくれるようだ。


 そんな、弟を微笑ましく見守っているお母さん。


「あれ?」


 空き家だったお隣にバイクと車が駐車場に停まっている。門の柱には【藤咲】の表札が填め込まれていた。


「あ、隣、人入ったんだ」


「知ってた?」


「知んない。引っ越しのトラックとか見たこと無いし」


「あら? 引っ越しのトラックなら、あなたたちが学校に行っている間に来ていたわよ。その時にご挨拶にも来ていらしたし」


「そうなんだ」


「へえ」


「また、改めてご挨拶に、と仰っていたから、あなたたちも一緒にご挨拶しましょうね。あ、でも、娘さんが詩音が詩音と同学年だから同じクラスなら知り合うかもしれないわね。妹さんは淳平の一つ上の学年だったわね」


 そこでお母さんはニヒッと笑みを浮かべる。


「美人三姉妹だったわよ。一番上のお姉さんは洋菓子職人で、この間、食べたケーキはその職人のお嬢さんが作られたそうよ」


「一ホールのモンブランケーキ?」


「そう。それそれ」


「メッチャ美味かった!」


 色んなケーキを買ってくるお母さんが、一ホールを買ってくるなんて珍しいと思ったのだけど、そういう理由だったんだ。確かに美味しかった。甘露煮の黄色いモンブラン。生クリームの中にも栗が入っていた。


「行ってきます」


 少し立ち話をして私たちは学校へ向かう。


「美人三姉妹だって」


「何だよ姉ちゃん」


「もし、登下校で見たら声かけてあげなさいよ」


「はあ!?」


「変な意味じゃなくてね」


「ああ……、そういう意味かよ」


 今朝のニュースも理由の一つではあるけれど……。


 住宅街だと言っても人が通らない空白時間は存在する。


「じゃあ、姉ちゃんも声かけてやりなよ、同性同学年、隣に住んでるから行き帰りも同じ道だしさ」


「そうね」


「これで姉ちゃんにも千尋さん、紗奈さん以外の友達出来るかも知んないしな。新たな出逢いなんだから大切にしろよな」


 最後に余計なことを言わなければ良いものを。その辺りが愚弟が愚帝たる所以だ。


「痛ってぇっ!? 何すんだよ!!」


「デリカシーのない奴はモテ無いわよ」


 うん。だけれど――


「そうね。せっかくのチャンスだし、話かけてみるわ」


 友達になれたら良い。そう思えた。

 

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