血と組織と在り方
「ッ!!」
四年前。詩音との別れる時、彼女に取り付けていた護法が起動した。
この護法は虫の知らせとか、なんとなく、といった感覚で詩音を危険から守って回避してくれたりする――
――その程度だったのに、形を成して詩音の前に姿を現すななんて……。
そうして彼女の夢へとわたしは渡った。護法の身体を借りて二匹の鬼と対峙した。
――御守り、持ってるはず……だよね? 無くした? それとも込めた力が激しく消費しちゃうほどの鬼とニアミスした?
そうでなければ詩音の血に鬼が気付けるはずが無い。
それほどまでに緻密で繊細な術で織り込んだ御守りだからだ。
――……やっぱり深層にはあの出来事残ってたかぁ。この季節に近付くと夢に見てるみたいだし。
それに気になるのが、詩音の性格がダウナー入ってるのが気になる。
もともと人見知りでワイワイと明るいオープンな性格では無かった。読書とか好む大人しくはあったけれど、暗さは無かった。
――サバゲーじゃあ静かなるトリガーハッピーだったけど。
普段ぼーっとしてるのにハンドル握らせればトンデモナイ、ドライビングテクニックを見せるマンガの主人公みたいに静かに闘志を剥き出しにする、冷静でやべー奴だった。
――うーん。やっぱり記憶の欠落の影響ってやつ?
辛い修行で、ユルくなったわたしと反対だ。
絶対に楽しいことやる!! 食べたいものたべるぞー!! そうやって乗り切って、やり遂げたら現在のわたしになってた。
――南條や有馬にも同じ様に御守りとか一年に一回、術式を更新してたみたいだし……。
わたしも護法は付けた。雑霊や弱い鬼を弾いたり回避したりで力を消費していたみたいけれど、形を成すような事態にはなっていない。
――忘れて欲しくないけど、覚えていても良いことなんて一つもないし。それより、南條たちと楽しい日々を過ごすべきだよ。
「おはよう。双樹。今朝は早いな」
「ハロー。おとーさん」
優しく微笑む背の高いアラフォーの男性は、わたしのおとーさん。藤咲 寿志。清潔感とオシャレに七三にして眼鏡を掛けていて、大学で考古学講師として働いている。
「ちょっと夢見が良くなくて目が覚めた」
「熱は無いみたいだな」
「もう、昔みたいに視たから夢に観て、熱をだしたわけじゃないかんね」
視たくないものを見せられて、それが夢にも現れて、決まって熱を出していた。
「そうか……そうだな。辛くなったら何時でも辞めても構わないんだからね。何があろうと、何が相手でも、双樹に苦痛を強いることを許すつもりはない。僕は君の親で、君は僕の娘だ。それを忘れないで」
おとーさんは、わたしが鬼斬りにならなければいけない理由を知っていても容認はしていない。
わたしが、藤咲家に男の子として産まれて来た記憶はない。それを知っているのはおかーさんとおねーちゃんだけだ。
おとーさんは、おかーさんが鬼斬りだと知っているし、知っていて結婚した。だけど、おとーさんは藤咲家に流れる血の“力”が特別に薄い。一般人と変わらない。
このまま血の“力”が薄くなれば楔から解放されると、思っていたら、二人の娘は先祖返りしたように血を濃くして生まれて来た。
鬼部に所属する千羽はもちろん、他家も口出ししてきたのだ。堕胎しろ、産むことは許さぬ、と。
藤咲の血は鬼神に見初められるほどに血の“力”が濃く強かった。
八十、八百、八千、それ以上、もっと。けれど、それ程の人の血を呑み干して尚、藤咲の血には遠く及ばない、らしい。らしいというのは呑まれたことがなく、巧く隠して、隠されて、隠れて来たから。
おかーさんも驚いたくらいだって言ってた。
鬼斬り―― 鬼部も機構も把握出来ていないから。
巧く隠れていられたら良い、そうで無いなら知らず鬼に狙われてしまう。本人も知らず、鬼斬りの知らない処で鬼が強くなる。
そして、何より鬼に見初められるような血の持ち主は、人間にも――権力者にも見初められる。富を齎す為の道具として。
それ以外では疎まれる。鬼や神と口にして、鋳型に嵌め込むというのに、それを本当に深い場所では信じていない。視えないから。
異端、異形、化け物、気味が悪い。けれど厄災が起これば人柱となれ、という。
自分たちだけ助かりたいという身勝手な理由で。故に人を嫌い、鬼よりに成り易い。
故に鬼部は監視、管理、時に始末する。鬼を手懐けて支配し、力を与え、百鬼夜行の主に成られることを、人の世に復讐しようとするかも知れない、と警戒する。
鬼斬りと鬼に力を与える贄の力。飴と鞭で百鬼夜行どころでは無い。天下統一すらも夢では無い。
だから、胎児の内に始末しろ、と口出しして来たわけだ。
千羽の本家で陰湿陰険な嫌がらせを受けた理由だ。
――それで返り討ちにされたら罵って来るとか、ホント、狗が犬以下に堕ちたものだよね。潔く塵と消えれば良いのにさ。
「言いたいことは解らなくもないし、許し難いのは僕も同じだ。だけれど、忘れてはいけない。あそこには――」
「ばー様がいるんでしょ? うん、解ってるよ。恨んでない。千羽の中で一番良くしてくれたしね」
「そうだ。唯一、祝福してくれた女性だ。真弓美を、お母さんを外に解放してくれたのは彼女だ」
内側からの手引きが無ければ出奔は難しい。
複雑な理由と四年前の事件でわたしが鬼斬りの業の手解きを受けていたことが機構にバレた。
まぁ、千羽に放り込まれたのは、わたしがどちらよりの考えにあるのか見極めるため、と鬼斬りと謂うモノの見学だ。
鬼と見ればなんでもかんでも斬る、なんて趣味はないし、そこまでの使命感も組織への帰属意識も、天上人への忠誠心もない。
かといって、世のため人のために、なんて機構のような考えも無い。
悪いことをする奴は鬼に狙われても喰われても仕方が無い。たぶん、わたしはそんな奴がいたら見捨てる自信がある。むしろ、元凶として鬼として纏めて斬るだろう。世のため人のために逸早く元凶も諸共に斬った方が、それこそ世のため人のためだ。
うん、たぶん任務でも守らず鬼に堕ちるのを待つ。
だけど、斬らずに済む鬼まで斬ろうとは思わない。そこまで鬼畜じゃない。
「うん。無理はしないし、辛くなったら悩み聞いてもらうし、相談するから」
おとーさんは柔らかく笑みを浮かべ、わたしの返答に頷く。
「お義父さん、お早う御座います。双ちゃん、おはよう。今日は早いのね」
一階の和室を使っているおねーちゃん―― 藤咲 柚姫。ノースリーブのトップスにスキニージーンズ。おねーちゃんにしてはかなり攻めた部類に入る。
我が家の大人たちは朝が早い。
「お義母さんは締め切りですね。身体を壊さないか心配になってしまいます」
おかーさんは今出している『デモンスレイヤー グランシャリオー』を執筆中だ。
まぁ、基本的にはおかーさんの鬼斬りとかそんな経験、体験談だから描写がリアルで迫力満点だ。
朝食とお昼のお弁当を準備。妹が朝練に起きてくる。おとーさんが妹とおねーちゃんを所属クラブと店へと送り、大学へと出勤する。
妹を学校まで送るのは真絢さんだ。若杉 真絢。機構に所属する鬼斬りでおかーさんの右腕。
わたしやおねーちゃんのような目に遭わないようにボディーガード、中二病っぽくガーディアンって言ってみたり。
おねーちゃんの本当のご両親は鬼からおねーちゃんを守って亡くなった。おねーちゃんを狙った鬼を追っていたのは千羽と土御門、三浦の鬼斬り。負傷した鬼は生存本能で血の臭匂いを嗅ぎ分けておねーちゃんを襲った。
おとーさんの妹――おねーちゃんのおかーさんも藤咲の血を引いていた為、叔父さんは二人を守ろうとしたけれど駄目だった。
その鬼を討ったのが、別ルートで鬼を追っていたわたしのおかーさん―― 結婚前の千羽 真弓美だった。
おねーちゃんには弟か妹が出来る筈だった。お腹には二ヶ月くらいの赤ちゃんがいたのだ。
鬼斬りは結局、鬼に狙われた人を救えない。救う存在じゃない。鬼とは無関係な生を謳歌したりするものたちや人の世を維持するために存在している。
鬼部は防衛省の裏組織である陰陽寮の制服組――武官で、陰陽師などは背広組の官僚だ。
超自然現象・災害研究対策機構は鬼部とは逆の組織だ。鬼に狙われた人と土地の為の組織だ。
――鬼部は日ノ本を―― 政治ややんごとなき方々の為にある組織だから、ぶっちゃけそれ以外なんてどーでも良いんだよね。
何人鬼に喰われようが、平民は勝手に人を作る。大事なのは経済を回している上級国民と政を回している政治家、やんごとなき方々さえ無事なら、ね。
権力と政権争い、政敵を討つ。まぁ、それがほとんどのお仕事だ。
ラノベや漫画みたいに悪い鬼から人々を守る為、人知れず陰陽術を駆使して鬼と戦う――なんて言うのはたまーに偶然が偶然を呼び更に偶然が重なった結果、そう見えるだけ。
現実は逆で無関係な人々を巻き込んでいたりする。
おねーちゃんと、本当のおとーさんとおかーさんとお腹の赤ちゃんは権力者と鬼部の犠牲者だ。逃げた鬼は政敵側に付いた陰陽師が放った式が返されたことによって、術者を喰い殺し、術者の霊力を獲て力を得た結果、鬼と成った。その鬼を討ち損じた。
――それを知った時、おねーちゃんの家族を奪った片方の血縁者がおねーちゃんの妹を名乗って良いのかなぁ、恨まれて無いかなぁとか悩んだりもしたなぁ。
千羽に思う所があるのは、おねーちゃんだけじゃ無い。千羽は恨まれている。千羽だけじゃ無い。鬼部全てが恨まれている。
鬼を斬る鬼斬りが、斬った数の鬼より多くの鬼を生み落す。
――まぁ、機構も変わらないんだけど、どう在っても鬼斬りは掃除屋だからねぇ。
既に起きてしまった原因、現象を現状を片付けるだけ。鬼に成った者を戻す術なんて無いし、身内が鬼と成ってしまった一般人が、その身内を庇い匿うことも飼い慣らして力を制御させるなんて無理だから、斬るしか無いし、庇うなら諸共に斬るしかなく、生きるか斬られるか、選択を強いることすらある。
――機構はそんな現実の中、出来るだけ鬼に苦しめられる人を救おうしている――って綺麗事で偽善なんだけどさ。
だから、機構と鬼部は相容れない。
互いに啀み合って捜査、調査の邪魔をして足を引っ張り合って鬼を逃す事もある。縄張り意識と誇りだけはご立派なお狗様だから。
そんな連中ばかりじゃないけれど。
そんな腹の探り合いより、最短最速で鬼を斬った方がみんなハッピーでしょ?
序列とか、組織のルールとか対立とか知ったことじゃない。守るべきことは守って、集めるべき情報は集めて、斬るべきは疾く斬る。これで解決。それがわたしのスタイル。