異妖“縁切り”
とある神社に一人の女性が参拝に訪れたのが始まりだった。
その女性は祭神に祈願した。息子と今の嫁の縁を切り、自身が望む娘との縁を結んで欲しいと。
それは毎日、毎日続いた。
しかし願いは叶わず、その嫁が妊娠した事を知る。
増々女性の念は強くなる。縁。それは嫁と肚の子にも当てはまる。
女性は願った。嫁が事故に遭い、肚の子が亡くなれば良いと。二度と子が出来ない身体になれば良いと。子も護れない嫁など、死なせて、産めない身体の嫁など要らないと、そう理由を付けて追い出せば良いと。
その願いは叶った。ただ女性が願った形ではなかったが。息子と嫁の縁は切れた。女性と嫁と、その嬰児とも縁が切れた。
息子が嫁と嬰児を庇い事故に遭った。そして亡くなったのだ。
人を呪わば穴二つ。悪縁は結ばれた。
息子を事故死させたドライバー。そのドライバーは罪に問われた。そしてそのドライバーは家族も仕事も、人の縁も失った。そのドライバーの家族は幸せを失った。人を死なせたドライバーの家族として、その家族も縁を失った。
そして願いを叶えた異妖は女性に対価の支払いを迫った。
毎日毎晩。女性の夢に顕れては脅して消える。
好いものは信じるが悪いことは信じない。
女性は恐怖に震えながら、反論を述べた。
願いなど叶っていないと。忌々しい嫁と嬰児では無く、大切な息子が死んだと訴えた。誰が対価など支払うものかと。
それは醜悪に嘲笑った。悪いものは信じない。罰を与えられるものならやってみせろ、と。
その日から女性は常に何かの視線を感じた。家が鳴る。足音が聞こえた。ケタケタと嗤う声が聞こえた。人の形をした影が見えるようになった。
怪我をした。寝室の壁に鬼が痕跡を残していった。夜眠れなくなった。気が触れ出した。
嫁に対する悪行が露見した。噂はたちまち広がり、女性は孤立した。縁が切れた。
後が無いと事ここに至り漸く気付いた。
そして神社やお寺での祓いを願った。だが、事態は一向に改善が望めなかった。
そしてとある神社の宮司は告げたのだ、そういった専門に取り扱う専門家が居ると。
藁をも縋る思いで女性は駆け込んだ。
女性が超自然現象・災害研究対策機構に駆け込んだ時には既に同様の懸案で鬼斬り―― 職員は忙殺されていて人手不足だった。
「ふーん。それって貴女の自業自得でしょう? “人を呪わば穴二つ”って諺ご存知? 人の不幸を願ったのでしょう? 事もあろうに縁切りの神様に」
「わ、私が願ったのは息子の良縁を――」
「その時のお嫁さんとの縁を切って、てしょ? 縁結びと縁切りは表裏一体なわけ。おわかり? それに他にも願ったでしょ? そのお嫁さんとお腹の赤ちゃんが死ねば良いとか、さ。その結果、息子さんとお嫁さんと赤ちゃんの縁が切れた。結果はどうあれ、貴女が願った通りに縁が切れた。それで貴女との縁も切れた。良かったじゃない? 縁が切れて」
女性が隠していることを詳らかにすると、女性は顔を赤くして激昂した。
「願い、なんて本人の希望をどんな形であろうが成就するものよ。ましてやそれが呪いなら余計に歪な形になる。貴女、自分の墓穴を用意する覚悟なんて無かったでしょう。その願いに因って誰が不幸になるかなんて考えていなかったでしょう? 存在するかも想像出来なかったわよね。しなかったわよね」
「あ、貴女みたいなバイトに何がわかるのっ!! ちゃんとした正規の人を呼んでちょうだいっ!!」
「所詮、嫁姑問題でしょ? 自分の撒いた呪いくらい、自分で刈ってよね」
「なっ!?」
「だって、貴女を恨んでいるのは幸せを奪われたお嫁さんだもん。ほら――」
わたしが後ろを指差す。女性が背後を振り向いた先には巨大な鋏が刃を開いた状態で顕れた。
「ヒィィッ!?」
わたしは女性の襟首を掴み、机の上を滑らせるようにして引き上げる。
シャッ――ギン!!
女性が座っていたまさに首のあった場所を切断するように刃が閉じられた。
――切れ味良さそう。
わたしの正直な感想だった。
鋭く研ぎ澄まされた裁ち鋏――いや、断罪の双刃だった。
――やったらやり返される。これじゃあ救われない。
「な、何をなさるの!? 貴女、乱暴ね!!」
「助けてあげたんじゃない。それともアレに首斬り落とされたかったの? 冗談は止めてよね。貴女の血で部屋汚れるじゃない。お掃除、大変なんだから。そんなことより、ほら、お嫁さんに何か言うことあるんじゃない?」
「は? あ、貴女何をいっ――!?」
シャキン!!
「ほら、凄く怒ってる」
お嫁さんの姿をした異妖は目の前。断頭台の刃の様に鋏の片割れが天井から落ちてきた。
「ちゃんと誠心誠意、赦して貰えるまで謝った方が良いんじゃない?」
「わ、私が謝らなければならない謂れ――」
手にした片割れの刃を投げてきた。
机が綺麗に切断された。
「あ、貴女!! アレを何とかして頂戴っ!!」
「わたし、バイトだし? それに今日は相談の依頼だけって聞いてるし。今だってサービス何だから好き勝手言わないでよ」
「は?」
「鬼退治や除霊がタダな訳ないでしょう? テレビとかのは番組が依頼料払ってるの。祭壇組んでそれに掛かる細々とした備品、花、人件費、時給は依頼主持ちなんだから。こっちは命を賭してるんだから当然でしょう?」
「き、聞いてないわよ!! そんなこと!! 人の命がかかっているのよ!!」
「冠婚葬祭だって慈善事業じゃないでしょう」
わたしは壁に背を預けて傍観の態勢に入る。
「な、何をして――ひいっ!?」
女性は間一髪で斬撃を躱した。
「依頼はないし、謝りもしないなら、わたしの知ったことじゃないかなぁ。もう相談時間も過ぎてるし。後は生きるも取り殺されるも貴女の態度次第」
――心の隅にあった感情、異妖に憑かれたのね。
謂れのない苛め。それも旦那さんが庇ってくれたから、怒りの鉾を収める事が出来ていた。心の均衡を保てていた。
仕事もあり、距離を置く事が出来たのも救いになっていた。
――お嫁さんを庇うなんて偉いじゃない。
それもこの女性にしてみれば面白くなかったのだろう。
家庭に入らず、仕事を続けるお嫁さんが―― 有り体に謂えば社会人として立場があり、自立して収入があるお嫁さんが気に入らなかったのだ。
息子の稼ぎだけでは足りないのかと、侮辱された気になって仕方がなかったのだ。
だから、お嫁さんのすることが気に入らなかったのだ。
――作った料理を捨てるなんてことするから罰があたったのね。
勿体無いお化け――異妖に成った。
――少なからず、作りての情が込められているから当然かな。
異妖“縁切り”は獲物を弄ぶように追い詰め、恐怖を与えて弱らせていっている。
女性は鬼の形相で顔から液体を流して喚き散らして逃げている。
「もう、良いでしょう。これ以上、彼女に何を望んでも駄目よ。貴女が戻れなくなる。子がいるんでしょう。貴女が鬼に堕ちて居なくなれば、その子が孤独になってしまうわ」
わたしは断罪の刃をポラースシュテルンで受け止める。
「それに、よく見なさい。この見窄らし様を。貴女が堕ちてまで斬る価値がある?」
キシキシとポラースシュテルンと断罪の双刃が鳴る。
――ヤバ、圧される。
キュルキュルとお腹が鳴る。
――お腹空いたぁ〜。
キーキーと女性が五月蝿い。
『黙れ』
女性を威圧する。
斬ることに特化したわたしは説得とかで救うのが苦手なんだから少しは黙っていてほしい。
苦手は苦手なりに言霊を―― 言ノ端を―― 言ノ刃を尽くしているんだからね。
要らない労力を使って心に巣食った鬼の霊を削っていく。
わたしの説得に対して、お嫁さんの溜りに溜まり澱んだ鬱憤がぶち撒けられていく。
――本当にね。
何故、そいつを庇うのかと問われた。
「赤の他人のこの人がどうなろうと興味は無いけど、一応バイト代の為かな。それとさっきから言ってる通り、貴女が堕ちきるのを留めたいから」
ポラースシュテルンから伸し掛かっていた霊圧が消えた。
異妖が嗤う、留められるものなら阻止して見せろ、と言い残して消えた。




