異妖2
わたしにはカウンセラーの様なことは出来ない。
だから真絢さんとともに入って来た女性のカウンセラーの資格を持つ隊員に彼女を任せて、奪われた物を回収していく隊員たちを眺める。
「私には理解できなませんね。必要――と言いますか、集めてどうしようとしていたのでしょう。彼女の生活を見ればこの部屋には仮眠を取るだけに借りているのがわかります」
多機能ベッド一つにハンガーにかけられた片手の指で数えられるだけの衣服。座卓にクッション。テレビに直ぐに沸くポット。それだけだ。
「社会的欲望ってやつじゃない?」
「社会的欲望、ですか?」
「そーそー。男は外に狩りに行って大物狙ったり、ベストプレイスを求めて新天地を目指すフロンティアスピリッツで、女っていうのは安定と現実的に堅実にっていう太古の昔から決められちゃってる。情報を集めて、先取りしてコミュニティーでの立場を築く。そういう暮らしの名残りだと思うんだよね」
「……」
「それを商売にしたりしてるわけ。例えばモデルでも女優でもさ、憧れの人が食べてたり、読んでたり、持ってれば、着ていれば何でも可愛くて素敵に見えて、セレブが持ってればブランドの物が人気になったりする。既に誰かが持っているものとかファッションとかしか欲しくならない。誰かが良いっていえば真似してみたり、ファンになったりさ。誰かと共感することで社会を形成してるんだよ。写真をアップしたりさ。だから持っていないと、同じ格好をしないと、話題についていけないと仲間外れにされちゃうんだよ」
「そこまでして仲間に入りたいものなのでしょうか」
「言ったじゃん。情報が大切なんだって。仲間外れだと大事な連絡も来なかったりするんだよ? わたしだって出来ればそんなグループに入りたくないわけ。でも情報戦を生き抜くにはクラスカーストトップグループに所属したり、たまには自分がトップになんなきゃいけないじゃん。場を誘導するには必要なんだって。頭の軽い陽キャ演じるの疲れんだからね」
「……苦労しているんですね」
「真絢さんこそ、心配なんだけど? 確かに鬼斬りなんて万年人手不足のブラックだけどさ。流石に鬼を狩ることだけが趣味ってわけじゃないよね?」
「いえ、そこまで鬼の血に飢えていませんし、狂人でもありませんよ。しかし、趣味と言われましても思いつきません。すみません……」
「滅多にない休日、なにしてんの?」
「ひたすらに寝ていますね。後は洗濯と掃除くらいでしょうか」
「倉橋家の御令嬢だよね。メイドさんとかは?」
「寮住まいですから……」
「読書とかは?」
「続きが気になってしまいますし、積んでしまうだけですし……」
「好きなもの作って食べたりとか……」
「作っていて、緊急の呼び出しがあれば、そのまま何日も、ということになり、戻った頃には黒光りする地を高速で這い、時に宙を飛び強襲してくる敵が。その他の虫も飛び交うという惨状になりかねませんし、洗い物が面倒くさいですし。寮のご飯や食堂がありますし……」
「デートとか……」
「異性に魅力を感じたことはありませんね。カッコ良さも強さも頼りがいも全て自分一人で賄えますし。美少年も興味ありません」
「そっかー……」
仕事に集中している風を装い、わたしたちの会話に意識を傾けている男性隊員がショックを受けて撃沈している。
「それこそ貴女はどうなのですか?」
「わたしも異性に興味無いなぁ。面倒臭いじゃん? アレやソレやに突き合わされるの。ほらよくあるじゃん彼女に作ってもらいたい料理とか、作って貰えるだけの価値があるのかって聞きたい。あと、家事が出来ない男は絶対無理、無い」
あとは少しディープでセンシティブな内容のダメ出しになる。
男性隊員が暗い。夢を壊してしまった。
「ああ、こういう行為も周りが――ってなるのもそういう心理の一つだよね」
「お母様が悲しむ様なことはしてませんよね」
「してないしてない。っていうかこれくらいの知識普通にあるっしょ?」
「おい、十八歳未満」
「このくらい普通に少女漫画で描かれてるよ?」
「会話に割り込んで申し訳ありません。副隊長、全て回収終わりました」
「ご苦労さまです。では速やかに撤収致しましょう」
わたしはもう一度、主が居なくなった部屋を振り返る。
彼女がこの部屋に住んでいた痕跡、存在したという痕跡は綺麗サッパリとなくなっていた。
女性特有のコミュニティーに振り回された彼女。
真絢さんがわたしを呼ぶ。踵を返せば爪先に何かが当たる。しゃがみこんで拾いあげる。
――楽しみ……あったんじゃん……。
それでも孤独が彼女を蝕んでいったのだろう。
わたしの指先でアイドルアニメのキャラクターのキーホルダー――彼女の最推しのキャラクターが笑顔を向けている。
――笑顔を向けて励ます相手が居なくなって貴女もさみしいよね。
彼女がこのキャラクターの笑顔を覚えていてくれれば良いと、そう願う。




