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異妖

 百々目鬼と成った女性の後をついていく。

 外見は人目を引き付けて止まないといった華やかさは無いけれど、季節の変化をそっと教えてくれる野花の様な繊細な可憐さと美しさがある女性だ。


 それはよく観ないと発見出来ず、意識しなければ気付けないもの。その美しさは適切に磨かなければ輝くことは出来ない。そんな美しさ。


 しかし、現在の彼女の姿は無いという飢餓感と手に入れなければという焦燥感、物欲、奪ってまで欲し、手に入れたことで、元の持ち主の想いで霊的な肉を纏い肥大化してしまっている。

 そして彼女の罪を見る幾つもの目。


 百々目鬼とは生まれつき手癖の悪い人間の女性で、金を見れば盗みを働かずにはいられない人間だった。

 ある日彼女はその腕に無数の目が生えていることに気が付き、身体を見渡すと、身体中に眼球が埋め込まれていた。それは彼女が盗んだ金に宿る精霊たちが、目玉と成って顕れ、彼女の身体を蝕み、人間から化け物へと変えてしまった――という妖怪だ。


「此処よ。入って……」


 どうやら彼女の住むアパートに着いた様だ。ドアを開いて入るように促す彼女に無言で頷いて室内に入る。


 ガチャンとドアが閉じられてロックれる。


 視る。強烈な念が滞り蟠り、澱み、蠢き、鬼が闇の中で胎動している。


 ――随分と蒐集してるなぁ。コレならあの肉も納得だね。


「今更、怖気づいた?」


「怖気付く? わたしが?」


「そうよ。余裕振っていられるのも今の内よ。その余裕の綺麗な顔が全てを奪われる瞬間に恐怖に染まって行くのが楽しみ」


 ニタァと粘着く様な厭らしい笑みを浮かべる。


「さあ、恐れ慄いて時を止めて私に全てを委ねなさいな」


 邪視による呪縛。見えない糸に絡め取られる。視線が針の様に霊体に突き刺さり身体の自由が奪われる。


 ――それなりの鬼斬りとか術者なら効いたんだろうけど……。


 わたしは突き飛ばされる様にベッドへと押し倒された。

 

「残念ながらその程度の邪視はわたしには通用しないかなぁ」


 わたしにのしかかろうとする彼女を逆に組み伏せる。


「な!? なんで私の邪視が効かないのっ!?」


「上には上がいる、なんてどこの世界でも同じじゃん。ね?」


「ひぅ……」


 狩る側から狩られる側になったことを理解した彼女に上から獰猛に笑って見下ろす。


 鬼斬り通常・・のわたしなら右眼は浄眼を示す青。鬼もしくは魔のわたしなら赤。それらの均衡を保った状態で力を示せば金と成る。

 

 大人しくなった彼女を開放して、部屋の澱みの元を絶つべく押入れを開く。


「オン ソヂリシュタ ソワカ・オン マカシリエイ ヂリベイ ソワカ」


 右手に北極星ポラースシュテルンで闇のまくを斬り裂く。


 押入れの天井板を外して覗き見ると、彼女が奪い蒐集した物の山に闇の胎児が此方を見ていた。


 異妖―― 昔ながらの妖怪、鬼の代わりに増えつつある人の念から生じた怪異。

 妖怪は豊かな自然、厳しい自然から生まれたり、儀式などから生じたり、神が零落した姿だったり、年経た動物や物が变 化したものだったりした。


 しかし、暑さ寒さも現代に至り、程度差はあれど機器によって駆逐されて久しい。飽食の時代で昔のような飢饉もほぼない。飢えなんて人の手に因るものだ。


 あるとすれば人の手に因る禍だ。


 起こるとすれば人の手に因って生じる事柄。


 人が道徳と彼岸の境界線を越えなければ、奈落へ堕ちなければ、関わらなければ、ただ通り過ぎていくだけの事柄。


 鬼斬りからすれば今の人こそが奇々怪々。


 ――それは昔からだけど……。


 ここ近年は特に酷い。


 ――生粋の鬼や妖怪、怪異より、人が堕ちたり生み出した鬼ばっかり退治してるし。


「オン ソヂリシュタ ソワカ・オン マカシリエイ ヂリベイ ソワカ――そんな怯えなくても良いじゃん。ちょっとチクッとするだけだし? 寧ろ抵抗すればするほど痛いっていうか酷くするっていうか。嫌でしょ? だからサクッと刺して気持ち良く逝かしてあげるんだから大人しくしてなよ。こんなサービス滅多にしないんだからさ」


 ザワザワと蠢き逃げようとする。


「オン ソヂリシュタ ソワカ・オン マカシリエイ ヂリベイ ソワカ」


『キィィィィィィィッ!!』


 わたしの霊力に抵抗するために甲高い鳴き声を上げる。


 その力は風圧となって現れる。


 短槍型の北極星ポラースシュテルンを投擲する。


 破邪の霊力、霊光を纏った北極星ポラースシュテルンが異妖の頭部を穿く。


『ギヒィッ』


 わたしはポラースシュテルンを回収して百々目鬼と成った女性の元に戻る。


 ――待機してる真絢さんに連絡しなきゃね。


 回収班として控えている真絢さんに状況終了の連絡を入れる。


 百々目鬼と成った女性から肉が落ちていた。異妖は謂わば彼女の子供。欲という栄養を子に送っていたようなものだ。


 その焦燥感も物欲も浄化した。


 憑き物が落ちた彼女は頭を抱えて怯えている。自ら犯した罪に震えている。


 怯えた目がわたしを捉えた。

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