ないものねだり2
朝、目覚めると私が持っているはずもないブランドもののバックがあった。
私は誰もいない自室を見渡す。
――なんでなんでなんで!?
同期の娘が彼氏に買ってもらったと言っていて、確かに欲しいと思っていた。だからといって身体のダルさと熱で眠っている間に手元にあるなんて異常だ。
私はバックを抱えてコソコソと押入れを開け、天井の板を外す。
そこには買った覚えも貰った覚えもないものが隠されてある。
仕事にも行く気が起きず休みの連絡を入れて、部屋に引きこもることにした。
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街の灯りが妙に癇に障る。
仕事終わりの人の群れ。塾、遊び帰りの学生。仕事、バイト、外食、飲み会。人、ヒト、ひと。喜怒哀楽、程度差はあれど今を生きている。
雑踏。その中でも出会い、関係の発展、交際相手を待つ若者が集う場所がある。
獲物を見繕い誘う。人通りの無い場所。
獲物に身体を預け、脚を絡ませ、恋人のように手を握り、上目遣いで求めるように見詰める。
獲物が惚けて立ち尽くす。
身体を弄り、目当ての物を探す。それは直ぐに見つかった。獲物の耳もとで甘く囁き、秘密を聞き出す。あとは食事をするだけだ。
熱い吐息を首筋に吹きかければ獲物が歓喜に震えた。
「カテゴリーとしては百々目鬼だけど……貴女は今様に変異して成ったタイプなんだね」
若い娘の声に振り向く。暗闇の中でもハッキリと判る。抜群のプロポーション。清純でありながら妖艶。
ただアレは危険な生き物だと本能が告げている。
「その人を解放して裁きを受けると言うなら人として生かしてあげる。だけど、その人を解放せずに悔い改めるつもりもない、と言うのなら鬼として終わらせてあげる。どっちでも貴女が好きな方を選んでいいわ」
少女がおかしな話をする。
――私が何だって? ドドメキ? オニ? 何それ。
そして何より癇に障ることがある。
「裁きを受けろ? 何で貴女みたいな何不自由してませんって顔の小娘に言われなきゃならないの? は? 貴女何様? 良いわよね可愛くて、美人で、スタイル良くて、若くて? さぞ、学校では男子にちやほやされてお姫様気分でも味わってるんでしょう? ほらオタサーの姫とかさ? しかもそれ、名門校の制服よね? 頭も良いって訳だ! なんで? 何で? ナンデ? おかしいでしょ!! おかしわよね? そうでなくちゃあまりにも不公平じゃない!! そうよ!! 世の中間違ってるんだ!!」
人生のスタートなんて親に因って変わってくる。
「良いわよね!! 何の苦労もしてません、困ってませんって顔をして……」
酒にタバコ、スロカス、パチカス、賭け事に生活費を使う屑な父親。そんな父親から私を言い訳にして離れられなかった自立出来ない母親。
バイトに明け暮れて家を飛び出してきた。ようやくあの家から離れて暮らせるようになっても現実は厳しくて、やっぱりバイトの日々。幾つも掛け持ちをして少し遅れて入った定時制の高校。この春、卒業してなんとか就職することが出来たけれど、やっぱり現実は格差が厳しくて……。
「だったら余計にその苦労を水泡に帰す様な事しちゃうのダメじゃん。だから、その人を解放しよ?」
「さっきから何ナノ? 警察か正義の味方の真似事?」
「そんなつもりは無い。警察は抑止力だけど正義の味方、なんてトラブルや事件、事故が起きないか悪が悪さをしないか心待ちにしてたり、探し歩いたりなんて真似は好き好んでするわけ無いじゃん。ただ、その人、不健康で血も精気もクソ不味いから止めた方が良いよって忠告。そんなのよりわたしのが美味しいに決まってんじゃん? だからわたしにしよ?」
「……」
私は獲物と美少女を見比べる。若さと健康、美を兼ね備えた美少女と生かさず殺さずで搾れるだけ絞ったらあとは破滅させて遊んでやろうとしていた獲物。どちらが美味しいかなんて比べるべくもない。
私は獲物をポリバケツに放り込む。
「……ついてきて」
私はそう言って美少女の横を通り抜ける。その瞬間、美少女から熟れて甘い桃の果実のような匂いに酔った。
――なに? 今の……。ボディーソープ? シャンプーの匂い? 違う。そんな混ざりものじゃない。何なのよこの娘……。
しかし、そんなことは自身の内側から溢れる情動と欲望の前では些細なことの様に思えた。




