DAYS4ー乱獲者とバイトー
「紗奈姉ちゃん……」
「だから無理だって言ったじゃん。こんなのにお金散財するより、貯金して買った方が遠回りでも一番確実だってば」
今日は従弟の面倒をみている。テストも終わった休みの日だ。うちには男の子が遊べるような物はないし、この従弟も長く遊べるようなものを持ってきていない。いや、持ってきてはいたけど終わったのだ。
プラモデルのモーターで動くレーシングカー。父曰く数十年前に流行ったものだという。従弟が持って来ていたのもその数十年前に流行った機体だとか。
――幾ら作っても遊べないんじゃ飽きるよね。
そうして気晴らしに外に連れ出してみた。ギッズコーナー。幾らかのお金をコインに変えて、遊ばせているんだけど、従弟の興味は人気アニメのフィギュアやぬいぐるみのキャトルミューティレーション機に移っていた。
――ガチャが一回三百円とか五百円!? た、確かに色彩や造形が凄い。うっわ、こっちは千円のガチャだ。
父曰く。昔は色彩されていなくて、作りもやや平面的で二体入って百円とか、少し特殊な作りで一体百円。色彩ありで少し精巧に作られたものでも二百円だったらしい。
そして従弟―― 幸村っていうんだけど、幸村の視線の先にはセイマンドーConnectと人気アニメのゲームがセットになっている引き換え券が入っているUFOキャッチャー。
そして、千円注ぎ込んで敗残兵となった幸村があたしに取ってと訴えかけてきている。
「こんなの絶対取れないようにアーム緩められてるんだってば」
「でも取れた人の写真が貼ってあるよ」
「顔たし身バレがヤバいな。あと、幾らで取れた、なんて書いてないじゃん。絶対数千円使ってるし、下手すると万いってるって絶対」
「でも、クラスで持ってないのオレだけだし……」
――ゲーム機なんて数年で世代交代だし、製造終わったら買い替えも出来ないし、古い機体のゲームは新機種では遊べないしなぁ。
サブクエに素材集め、スキル獲得の時間ドロゲー増えてるし、中には完全版商法なんてのもある。
――アプリゲームも増えてるし、叔父さんも叔母さんも無駄って思ってるんだろうなぁ。無課金でアプリゲーム遊ばせてるみたいだし。
しょんぼりしている幸村を見ていると、取って上げたくなる。
――動画配信とか見てたら遊びたくもなるよねー。
だからといって自分の財布の紐を緩める気にはならない。
――大人で大金を稼いでたりするなら、まぁ少しくらいは、ってなるかもしれないけどさぁ。
「他所は他所でしょ。欲しいなら家の手伝いとか、勉強とかテストとか通知表の成績を条件に買って貰いなよ」
――正直、そこまで面倒見きれないって。あたしだって欲しいものを我慢して買ったんだからさ。
お年玉とかお小遣いとか祭りや夜店の臨時のお小遣い貯めて買った。
「オレ、お小遣い制じゃないし……」
読みたい本は月に一冊。欲しいコミックスなんて数ヶ月に数冊。ゲームなんて年に一、二本欲しいと思えるものが出ればいい方だという。
――あー……数ヶ月虚無期間があるから欲しいものがある時に纏めてって奴かぁ。
「だったら尚更、節目に強請って見れば良いじゃん」
「ゲーム機があってもソフトがないと遊べないし、メモリーカード要るし……」
――あ、無理だ。小学生に買い与えるほど安い買い物もじゃない。
だから、幸村はソフト付きのゲーム機が欲しくなって、臨時のお小遣いを使ったというわけだ。
「〜♪」
――あ、流行ったアニソンだ。 メチャうま。
その歌声は小さくとも好く聞こえた。雑踏の中でも掻き消されることは無いかもしれない。
その歌声は裏側のキャトルミューティレーション機の方から聞こえてきた。裏側で遊んでいる人がアニソンが使用されたアニメキャラの何かを取っているのだろう。随分と興に乗っているようだ。
――ちょっとだけ〜。
そうやってこっそり覗けば、まさにキャトルミューティレーションの現場に出くわした。
金髪のワンサイドポニーの美少女と、その少女に似た黒髪のショートの少女が遊んでいた。
友達になったばかりの女の子。秘密を共有した女の子だった。黒髪の子は妹ちゃんだ。
双樹の足下には未確認飛行物体に連れ去られたフィギュアとぬいぐるみ。妹ちゃんの手には人気キャラのボールチェーンのついたミニぬいぐるみ。
中身が抜き取られたカプセル。アレは激レアのトレカセット。そして何より目が言ったのはセイマンドーConnectとゲームパック。
それを妹ちゃんがスマフォで動画撮影している。
そして、また一つ彼女の手に操られた未確認飛行物体にキャトルミューティレーションされたフィギュアが確保された。
それを取り出し口から取ろうと前屈みになった双樹と目があった。
「えっと、こんなとこで逢うなんて奇遇だね」
「そうだね~。あっ、こっちは妹の涼風」
「はじめまして、藤咲 涼風です。白露型駆逐艦の涼風では無いです」
知ってる。ジュニアフィギュアスケーターだ。ちなみにジュニアの世界女王。
姉に負けず劣らずの運動神経と能力だ。あと、確かに戦艦を擬人化してる美少女ゲームいっぱいあるけどさ。
姉妹揃ってのオタクだ。
「で、そっちのショタっ子は?」
言われて後ろを見れば幸村がソワソワしていた。
「従弟の幸村。ちなみに真田 幸村の幸村が由来」
「へぇ。はじめまして、紗奈のお友達の藤咲 双樹だよ。よろしくね」
「幸村です……」
何を照れてる小学生。
「それで双樹は動画撮影してアップするの?」
「あー、違う違う。余りに乱獲すると不正行為だって難癖つけてくる店員いてさぁ。だから乱獲する時はリアルタイムの証拠を撮影してるんだよ」
「そこまでして欲しいもの?」
「限定だしね。まぁ、アニメ専門の中古店や中古ゲームとか本売ってる専門店行けば手に入れられるんだろうけど……」
「なるべく新品を手に入れたいじゃないですか。ましてお姉、取るの上手だし」
妹ちゃんもお目当てのキャラを取ってもらってご満悦のご様子。
「ところで双樹、ソレ、幾らかかった?」
「二千円で当たったけど?」
「……二千円!? 嘘……でしょ。そのセットだと大雑把に考えても5万くらいするんですけど!?」
「転売品だともっとするね」
幸村があたしにも挑戦してと服を引っ張る。
「いや、このお姉ちゃんが取るのが上手なだけだからね。そんな期待の籠もった目で見ても駄目だからね」
「カプセルのどれに入ってるかわからないしねぇ」
「お姉」
「サーナ」
「何? なんかゴメンね」
「紗奈が身体で返してくれるなら譲っても良いんだけど、どうする?」
「か、身体って!?」
「夏休みにちょっと、泊まりがけで、わたしに付き合ってくれたらそれでいいよ?」
「……二千円で――」
「いや、二千円では中古でも買えんでしょ。売ったらそれ以上になるわけだしさ」
「だよねー」
「世の中そんなに甘くないよ。譲ってくれと言われて、どうぞって譲る人いないでしょ。居たら絶対ヤバい条件付きにきまってんじゃん」
それも赤の他人の男の子の我儘だ。
「……ちなみにその身体で返すって……」
「ちょっと怖い思いした後は気持ち良くなれることだよ」
そうしてあたしは――
「ギャァわっ!?」
バタンっとボロボロの襖が倒れた!? 足下の畳や廊下の板は腐ったり抜けていたりでブヨブヨグチョグチョ、体重をかけるとキギィギシィミシィと音がなる。
「ピギィッ!? いいいいまっ変な声聞こえなかった!?」
へっ!?
「今、白い着物の女性が通ったよね!?」
ふぇ?
ズルズルと何かが這い擦り回るような音。それが段々と近付いてくる。
あたしは前後を見る。
何もない。あるのはボロの障子戸。
「ヒッ!?」
ビチャリと何かが落ちる音。見上げなくても良いのに生存本能で見上げてしま――
「イィやァァァ嗚呼ーーーーっ!!」
天井には髪の長い、下半身を失った女が、その口から舌を身体からは臓物を溢し、垂れ下がらせたまま這いずり寄って来ていた。
「キ……ヒ……。キヒヒ……。キヒャヒャヒャヒャっ!!」
「いやぁぁっ!! 追いかけてきたーーっ!! 助けてーーっ!! 頭おかしくなりゅうぅっ!!」
腕をシャカシャカと高速で動かして追い掛けてきた。
「ゼェ……ハァ……」
荒い息を繰り返す。走って叫んで肺と喉がが痛い。あと、パンツ履き変えたい……。
「ゴールお疲れ様〜。はい。あっちシャワーもあるし」
あたしがゲームの対価として身体を差出し、連れて来られたのは双樹が所属する組織がガチで考えた恐怖の家――要はお化け屋敷からの脱出ゲーム。
そのゴールであたしを待っていたのは双樹。
双樹は水と一緒にビニールバックを差し出してきた。
あたしは涙目で受け取ると、猛ダッシュで教えられた場所に駆け込んだ。
お化け屋敷の恐怖体験をレポートにするのが、今回のあたしのバイトだった。
流石、本職が考えたお化け屋敷。下手な心霊スポットの廃墟よりも恐怖体験が出来るはずだ。
むしろ、アレ、不法侵入だし。
このお化け屋敷がオープンしたらあのバカップルに薦めてやろうと決めた。




