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境界線を挟んでわたしたちは向き合う

 わたしは詩音のベッドに残る細い傷跡を見詰めた。


「あのセンパイはさ、魂が鬼に成りかけていた。心に鬼が巣食って、表に出て来ようとしてたんだ……」


 詩音たちが顔を上げたのが気配で分かる。


「虐められてて、自ら死を選ぶことで、虐めからの痛み、苦しみから逃れると同時に、誰かを――何かを傷付けて壊してしまうことを回避しようとしてたんだ……」


 詩音が過剰に反応した。


「傷口は開いたまま、痛みに鈍くなっているだけ……」


 今度は千尋と紗奈が反応を見せた。わたしを警戒している。


「仕方がない、とかでは割り切れない。幼いから? 言い訳に出来ないし許せない。誰も責めなかったから自分で自分を罰するしかない……」


 一息つく。


「焦燥感。強くならなきゃ、乗り越えなきゃ、自分でも他人からでもそうやって雁字搦めにされて身動き出来なくなっていく。すると、弱さから怒りに因われて、魔が差しちゃう」


「“まがさす”の確か――」


「魔物、悪魔、魔王の『魔』。犯罪者に○○魔とか○○鬼って名付けるでしょ」


「……」


「だから、わたしはセンパイが魔に堕ちる前に、その魔だけを斬ったってわけ」


「それが鬼斬りの秘技?」


「そんなところ」


 詩音が新たな疑問を問うてきた。


「鬼――霊災にあの日以来、遭遇しなかったわ。それは何故?」


「さっきも言ったけれど、関わろうとしなければ滅多な事では遭遇しないし、人に仇為すことは滅多にしないよ? 基本、鬼と謂うのは隠れ鬼をしてるからね」


「は? 隠れんぼ?」


「冗談ですか?」


「またまた、さっきみたいに枕でしょ」


 詩音の冷たい視線。千尋は眉を顰め、紗奈は苦笑する。


「詩音。わたし、隠れんぼ、なんて言ってないんだけど?」


 少し圧をかける。


「え? 隠れ鬼って言ったじゃない」


「そうだよ。な〜んだちゃんと解ってんじゃん」


「隠れ、鬼? つまり、鬼が隠れる? ”かくれんぼ”じゃなく?」


「遊びの隠れんぼのように鬼が人を探して捕らえたり、その本物の鬼は人を襲うから、人が鬼から隠れたり逃げたりするんじゃないの?」


「隠れんぼが何かの教訓を遊びにしたものであるなら、怖い人から逃げるという解釈なのですが……」


「逆だよ。順序が逆なんだよ」


「鬼が隠れる、のね?」


「正解。わたしがセンパイに使ったのは千羽天剣流の技の一つ―― 『槐』って技なんだけど、槐はさ、北国では墓標にもしていたんだよ。槐の花は蝶の形に似ているんだ」


「槐ってこの木よね」


 詩音がスマフォで検索した画像を見せてくるので肯定する。


「墓標……死者を弔う為の物、ですか……」


「確かに蝶に似ているけれど、蝶と槐の花が似ているとの何の繋がりがあるのよ?」


「蝶は別名『鬼車』と言って、それが魂の乗り物だと云われていたりするの。『胡蝶の夢』ってあるじゃん? 自分が蝶に成ったのか、それとも蝶が自分に成ったのかっていうやつ」


「あ……幽体離脱……の様な事よね……」


「そうそう。幽体離脱。別名『脱魂』。霊体験」


「『鬼車』……『鬼』………」


「『鬼』の読みってさ『キ』とも読むよね。気持ち、気力、元気、病気、病は気から、霊気、エトセトラエトセトラ」


 詩音たちが何かに気付いた様に顔を見合わせている。


「『キ』は『気』……『魂』の事……」


「そう、その認識で構わないよ。それでね、外来の文字でもある『キ』が日本―― わたしたちの国の『鬼』と結びついた要因なんだけれどね、隠れるという字が『イン』の他に『オン』と読んだりするからなんだよ」


 わたしは詩音が開いていたメモ帳に『隠』の字を描いて、三人に見せる。


「例えばね、『隠密』とかさ」


「忍―― 公儀隠密って商人、使用人、侍女、住人に自分の姿身分を偽り、変えて紛れて諜報活動したり、暗殺とかよね」


「あ……。鬼も人や獣に蛇に姿を変えてっていうさっきの話と似ていますね」


「成る程ね……」


 ――話が早くて助かるなぁ。


「『おに』はさ、その『オン』という言葉からの転訛てんかだって言う説があって、『鬼は物に隠れて顕わることを欲せざる故に、俗に呼びて鬼と云うなり』と、『和名類聚抄わみょうるいじゅしょう』という大昔の辞書にもそう記されているんだよ。それに――」


 一度言葉を紡ぐのを止めて、鬼斬りとして冴え冴えとした光を宿す瞳で詩音たちを見る。


「――あるものを鬼と捉え、鬼と名付け、鬼という鋳型に押し込み、鬼と忌避するのは……」


「忌避……するのは?」


 詩音たちが雰囲気に呑まれごくりと唾を呑む。


「――人間だよ。人間が鬼をつくる。『オニ』は『オニ』とされた時から、隠れたり、隠されたり、隠れざるをえなかったモノが鬼と成るんだ」


「双樹、さっき貴女は戦を一つの話題に出していましが、今の話を聞いて隠れ里という言葉が思い浮かんだのですが、どうなのですか?」


「隠れざるを得なかったということは、例えば戦とかで負けて、追討部隊からも逃れることが出来て、やっと安まる場所を見付けて住み着いて里や村を作った人たちも“鬼”ということよね。それに、虐め。わたしを虐めていた彼等は咎められ無い様に隠れて行ったり、バレないように証拠を隠したり、まさに貴女が説明してくれた『オニ』に当てはまるわね」


「それだけじゃないよ。例えば、貴人に双子が生まれると、後目争いが起きない様に跡取りを選び、残された片方を捨てたり、殺したり、そして存在しない者として隠したりもするんだよ。そういった子供の事を鬼子おにごって云うんだよ」


「それが人から鬼に成った者ってことかぁ」


 “鬼”の簡単な説明はこんなところにして、オタク特有の話題にしてみたいと、思いまーす!!


「例えばさ、この異世界転移ものみたいに、異世界に召喚されて魔王や魔神だとかを斃す為の修練に旅、そして帰還方法と手段、必要な物を集めるのに費やせるのは失踪して、彼ら、または彼女たちの親が失踪届けを出して、受理されてから七年なんだよ。七年以内に全てを完了させて帰還しないと、彼らは死亡認定されて『鬼籍』に名を列ねる事になっちゃう。そうなってしまえば彼らも晴れて鬼の仲間入り♪」


「え? タイムリミット付なの!? ハーレム気付いたり、イケメンと何かを研究したり、スローライフを送ったりしてる場合じゃない!?」


 ――食い付いてくれるって信じてた! 鬼の仲間入り―― その事実を知らされて衝撃を受けてる、受けてる。


 千尋と紗奈も同じのようだ。動揺している。


 ――ラノベを書いてるんだから当たり前か。帰還出来たら―― を考えていなかった訳がないよね。その考えていた予定が音を立てて崩れ去ったのだから。


「死者の列に加わった彼等が、失踪時と同じ姿で―― 言ってしまえば生前と変わらない姿で現れたなら、それは――」


「……鬼、という事……ね」


「そう、残念だけどね。それに、いくら鬼の成り立ちを知ったところで、『鬼』とは恨み、妬み、嫉みといった悪意に浸した瞳で人を視て、その悪意を人に向けて仇を成して嗤う者の総称として使われる。それに異世界でスキルや人間離れした身体能力があれば、もう人間じゃないよね。つまり、帰還した彼等は、わたしたち『鬼斬り』にとっては斬るべき対象の『鬼』という事なんだよね。大抵の鬼斬りは苛烈だから、鬼と見れば問答無用と鬼を斬る。討伐令が出れば幽山幽谷、鬼が何処に逃げようが追いかけて討つ。それがわたしたちの御役目だからね。まぁ、人からかけ離れているのはわたしたちも同じだけどね。ほらよく言うじゃん。『夷を以て夷を制す』ってさ。わたしたちも人から外れてるなら『鬼を以て鬼を制す』ってことになるんだよ」


 ほら、怖いでしょ。気味が悪いでしょ。化け物だよ。

 考えを改めて離れるなら今のうちだよ?


 自虐、もしくは自嘲の笑みが浮かんでしまう。

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