表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/60

彼岸と此岸の境界線Ⅱ

 ヘアバンドにギブソンタック、ノーメイクに眼鏡、ラフなルームウェアという姿で、ヴァイオレンスアクションゲームをしていたわたしは、詩音からのお誘いを受けて、軽くメイクを施し、髪形も整えて、レースとフリルのオフショルダーのトップスにデニムのショートパンツに着替えると、妹の涼風に出掛け先を告げて厚底サンダルを履いて、お隣の詩音の自宅に向かう。


 詩音に電話で言われたように、家の前で彼女のスマフォに電話をする。


 ――インターフォン苦手だって言ってたの、四年経っても治ってないかぁ。


 スマフォなら登録した相手しか着信しない。それ以外は迷惑電話・メールで着信拒否に出来るから、まだ安心出来るのだろう。


 ――顔が判るカメラ付でも駄目なんだろうなぁ。


 心の傷の大きさや深さなんて他人が決め付けることが出来ないものだ。だから、たかがそんなこと、とか、何時までもそんなことを、なんて言えるものではない。


 その言葉で更に人を傷付ける。それを理解しない人が多い。子供の夢を否定したり笑う輩と、人の心の傷に塩どころか液体の痒み、虫刺されに塗る薬や鎮痛スプレーを塗りこみ、吹きかける輩は人ではない。わたしは鬼の所業だと思っている。


 ――ほら、地獄の鬼って苦痛を与えるイメージだしさ。まぁ、あれはあれで鬼の所業をなしたものへの罰なんだろうけど。


 本物の鬼と悪党をハッキリとさせるものだ。


「いらっしゃい。休みに呼び出してごめんなさい」


「ゲームしてるだけだったし、気にしないで」


「ありがとう。入って」


「お邪魔しまーす」


 詩音の家に入ると懐かしい気持ちが甦るとともに、あぁ、やっぱり同じなようで男だった時とは別の時間が流れているんだなと実感した。 


 ――解ってはいたけど、“僕”だった頃の知っているは存在しないんだなぁ。


 “千羽 総司”という存在が無かった事になっていく。


「淳平の練習用のサッカーシューズよ。まったく脱ぎっぱなしにして……」


 わたしの視線に気付いた詩音が下駄箱へと入れる。


 弟への不満を零すも、姉の顔をしている。


 ――涼風のこと、実の妹みたいに可愛がってたからね……。そっかぁ……。


 仲良きことは善きことだ。


「二階に上がってすぐの扉にプレートが掛かっているのが私の部屋だから、先に行って適当に座ってて」


了解ダコール


 勝手知ったる、といった感じで階段をリズムよく上がり、焼板の掛かる扉の前に立つ。


 小学校の課外活動の時に作った焼板。これは記憶にあるのと変わらない。


 変わらない所もあれば違う所もある。


「お邪魔しまーす」と声をかけて入ると、「どうぞ入って下さい」と「待ってたわ」と重なる応えがあった。


 ――ふーん。あの日のメンバーねぇ……。


「ごきげんよう。双樹」


「ハロハロ」


 微笑む千尋と、にこやかな紗奈に出迎えられた。


「こんにちは、と。お邪魔するね」


 空いている場所へと座る。


 二人がわたしをジッとみる。


「どうしたの?」


「……驚かないのですね」


「サバゲーの雑誌やエアガン? それともラノベやマンガ? もしくはフィギュアやグッズに?」


「そのどれもかなぁ」


 千尋の問いに質問で答えると、紗奈が解ってて質問してるでしょ、と苦笑する。


「別に驚かないなぁ」


「安心しました」


「楽しめるものがあって、明日を生きる力になって、誰にも迷惑掛けていなくて、清潔感があるなら、好きなものは好きで良いじゃん。それにわたしの部屋も似たようなものだし」


「あ、オタクってマジで言ってたんだ」


「あー。もしかしてリップ・サービスとかビジネスオタクだと思ってた?」


「所謂オタクに優しいギャルなのかと」


「言葉遣いがユルいのは力を抜いてるだけだし、格好がこんなのは好みだし? この容姿は生まれつきで成長の過程だし? どちらかと言うと、ギャルの方がビジネスライク的かなぁ」


「言っちゃったよ」


「何故そのように面倒なことを?」


「そんなの簡単じゃん。情報を集め易いから、カースト制度の上にいたら、他を印象操作して、誘導しやすいから」


 ――まぁ、諸刃の剣なんだけどね。


 陽キャには種類がある王道、芸人、軽率・非常識・教養が無く品位が無いタイプがある。


 わたしが知る範囲では、親、もしくは兄姉が軽率なタイプなら、その人たちの横の繋がり、上下の繋がりで、大抵は同じ様な人間性だったりする。そう言った者は虎の威を借る狐だったりするから厄介なのだ。


「例えば?」


「例えば、勢力が強ければカースト上位のイジメっ子グループを潰せるとか? クラスの和なんてブチ壊して、抗争状態に持っていくことも出来るし。ま、机上の空論だけどさ」


「……そうですね」


「机上の空論って言っちゃうんだ」


「そりゃあね。流石に小悪党は所詮小悪党で、その小悪党には助けを求める場所も人もいるでしょ。そんなの相手にしてたら、いくら命の残機が有っても身体が一つなら身が保たないからね。戦争は数なんだよ。無双は妄想、理想は幻想、現実リアルは徹底して撤退」


 ――あ、滑った。


 と、思ったら一人、千尋が俯いて肩を震わせている。


「お待たせ……って千尋?」


「くふ! だ、だいじょうぶでしゅ、ぷふ」


「カスタードと抹茶のクリームのシュークリームを作ってみたの。よかったら食べて」


「テンキュ」


 シューを一口。


 一週間という短い間の付き合いで、わたしが抹茶系統のお菓子が好きなのを知っていて用意してくれたのだろう、その心が嬉しい。自然と笑顔になる。


 美味しいものに美味しいという言葉以外に何が必要だろうか。

 隠し味、技法を賢しらに語る? 


 隠し味が何かなんて探すのも考察するのも自分の中で楽しめば良い。いや、それを言われて嬉しくなる者もいるかも知れないけれど。


 ただ、甘さよりも抹茶の風味が強い。


「手作り?」


「ええ。双樹、貴女、前にバブミーヘブンで買って食べた時、抹茶の風味より甘みが強すぎて抹茶の風味を殺してるって言ってじゃない」

 

「アレはあれで疲れてる時とかストレスが溜まってる時には良いんだけどね、て何カーテン閉めてんの?」


「陽が当たって暑いからよ」


「じゃあ、何で千尋と紗奈はわたしの退路を断つ位置にいどうしてるの?」


「気の所為よ。二人は双樹の席を温めていたのよ」


「いや、藤吉郎の逸話じゃあ無いんだからさ。わたしの席を温めても出世なんてしないし」


「わからないじゃない。貴女が冷えなくて二人が徳を積んで良いことが有るかも知れないじゃない」


「そんな徳で良いことがあるなんて、ガチャでSSR2枚抜きくらいなもんだって」


「それはそれで当たるまで課金しなくても良さそうで良いじゃない」


「双樹、詩音が貴女を呼び出した理由、解っていているのでしょう?」


 わたしたちのやり取りに焦れた千尋が本題を切り出した。


「そうね。貴重な時間を二人にも貴女にも貰っているのだから茶番はお終い」


 部屋に緊張感が奔る。


「ねぇ、藤咲 双樹。いいえ、千羽 双樹、貴女はいったい何者で、何なの? 貴女が転校してきた初日の放課後のアレは何? 貴女は確かに先輩の首を刀で斬ったわ。けれど先輩は無傷。そして何事もなく翌日には登校していたわ」


「……答えるのは吝かではないんだけど、あの日のことに二人は関係なくない?」


「二人にも関係があるわ。四年前に私たちは貴女と同じ様な刀と“千羽”の姓を名乗る女性、そして金髪碧眼の女の子に蜘蛛と女性の姿をした化け物から助けられたのよ」


「その話が本当で、貴女たちを助けたその少女がわたしだとして、それをわたしに打ち明けるのは悪手じゃない? センパイに何事も無かったということは、センパイは忘れてるってこと。あんなことがあったのに。あり得なくない? だったら答えは一つっしょ。センパイの記憶を封じた者が居るってことだよ」


 わたしは三人を射竦める様に見る。


「ダイジョウブ。痛くない、痛くない。ちょっとチクッとするけど直ぐに終わる。忘れちゃう。だから安心しなよ。昼の陽の中で学生続けなよ」


 わたしは掌を三人に向ける。


「ほら、わたしの眼をよく視て」


 瞳を炯と光らせる。


 わたしが呪いの文言を唱えようと口を開いた瞬間――


「させないわ!!」


「っ――!!!?」


 詩音が縛りを解いて自身の皿の上のシュークリームを掴みわたしの口の中に押し付けるように入れてきた。


 ――ちょ!? わたしの魔眼を無理矢理解くなんて!?


 痛みで解いたのだろう。唇に血が滲み、縛りを無理矢理に引き千切った様な切り傷が出来ていて、血が滲んで、服を朱に染めていた。


 血の甘い甘い匂い。


 詩音手作りのシュークリームを凌駕する。


 ――ヤバイ、ヤバい、やばい!! 吸血衝動が!!


 わたしはべっとりとついた生クリームとカスタードを手で拭い、付着した生クリームとカスタードを口に含み、舌を艶かしく動かして唇を舐める。


 熱い吐息が溢れる。


「わたしが何者か、ねぇ……」


 詩音を庇う様に立つ千尋と紗奈。その三人をわたしは横目で見て酷薄な笑みが浮び、それをわたしは止められない。


「わたしの正体を知る、ということはわたしから逃れられないってことであると同時に、わたしの属する世界へ属するということだけど、それでも良いの?」


 怯えた三人が息を呑む。


「幼稚な覚悟なんて今すぐ棄てて、昼の世に戻りなよ。それが許される内に、さ」


 詩音たちの覚悟は解っていた。生半可な気持ちでわたしを呼んだのでは無いことも。

 しかし、それをハイそうですか、なんて言って受け入れる訳にはいかない。


 わたしの友達でいるために必要な覚悟では、鬼斬りの世は許されない。


 ――少なからず過酷な修行が待ってる。あんなトコに、友達を放り込むことに、わたしが許容出来るはずないじゃん。


 わたしは放り込もうとする奴を斬ってでも、壊滅させてでも止めるだろう。


 ならば短い時間とはいえ結ばれた縁をこの場で絶ち切るしか方法が無い。


 ――運命の赤い糸があるなら、わたしのはズタズタだね。


 なんてことは無い。何時も通り。輪の外から護る。それだけだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ