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転性

プロローグⅡー藤咲 双樹ー

 目に映るモノだけが世界現実の全てでは無い――


 ――神代より人々の近くに在った『神霊』――


 ――或いは人々に禍をもたらす、人とは在り方を違たがえる『鬼』。


 『鬼』は人から糧を得る。首筋に牙を突き立て、流れる熱い血を飲む。


 もっと言ってしまえば餓えた『鬼』は人の生死に拘わらず、その血肉を喰らう。


 人成らざる『モノ』が血を好み、飲み喰らう理由は血には〈力〉が宿っているからだ。


 血は命そのもの。形有る肉の一部であるにもかかわらず、方円の器に従い移る形の無い『魂』の一部であり、秩序無き混沌の渦。


 それ故に穢れとされ、忌み遠ざけられる。


 もしくは万物の根源―― 命の『チ』。それ故に血には貴賤があり、貴き血を持つ者は神代より『神』であれ、『鬼神モノカミ』であれ、『神霊』の贄供物として捧げられて来た。


 例えば、八岐大蛇ヤマタノオロチの贄とされ、退治した素戔鳴尊スサノオノミコトの妻となった奇稲田比売クシナダヒメ


 丹塗矢ニヌリヤ伝説では、丹塗の矢に化けた三輪山の大物主オオモノヌシノ神が勢夜陀多良比売セヤタタラヒメを娶る伝説。


 玉依日売タマヨリヒメの伝説しかり、この手の話には古今東西存在する――


 



 それなら、この身に巣食う呪を解く方法や術、呪具の一つや二つは在るはず!


 ――なーんて考えていた時期がありました。ありましたとも。


 少女として生まれ変わった、というか生まれたとされて女体化したからなのか、生まれ持った性別を変える(・・・)術も呪具も無い。


 ――四年も経てば諦めもつきますよーだ。


 少女として生まれ変わっても、少年として生まれ育った記憶がある。しかし、女の子として生まれてからの12年(・・・)を一瞬の内に経験させられ、記憶を変えたものを脳に叩き込まれ、更に4年も経てば精神は完全に女子の身体に引っ張られる。


 それでも抗っていた時期がありました。


 ――無駄な抵抗だったけどね。


 どんなに男だ――なんて気を強く保とうとしても、否が応でもこの身体は女子のものなんだって思い知らされた。


 生と性が反転して直ぐに訪れた初潮に心が折られた。

 体型もより女らしく変化した。


 新時代になったところで古い価値観の校則が変わることも多様性を認めることもなく、体操服や水着、制服、下着の一式を揃えると、拒否するのにも恥ずかしがることにも疲れて、諦めた。


 人間であるだけマシだと思うようにした。


 暇を持て余して指先で髪の先を絡めたりして意味も無く時間だけが過ぎていく。


 髪はホワイトゴールドとかプラチナブロンドと言われる色。顔はファンタジーゲームに出てくる様な綺麗な顔で、コスプレに違和感が無い顔だと言われる。

 なんでも、父方のじぃ様が欧州の人だとか。


 逢ったことは一度も無いし、写真も無い。何をしている人かということだけは知っている。菓子職人だ。


 その洋菓子店、和菓子もたまにあるよ、な店は伯母夫婦が継いだけれど亡くなっていて、今は菓子職人になった義姉が継いでいる。


 元の名前は千羽 総司。

 現在の名前が藤咲ふじさき 双樹そうじゅ

 

 ばぁ様はわたしのミドルネームにサーラと付けた。沙羅双樹の花から付けたよね。


 わたしが――ぼくが女の子に生まれ変わった経緯を少し話そうか。




 

 その日、近所の神社で夜店があった。


 隣に住む女の子―― 雪城 詩音と行く約束をしていた。


 学校での注意事項。詩音を通して仲良くなった南條 千尋と話ていた。一緒に行こうって詩音が誘っていた。

 そこに絡んでくる奴らがいて一悶着あったけれど、それは何時ものことで、徹底的に拒絶することでゴネれば自分たちの意見が通るという認識を叩き折る。


 夕方5時、詩音を迎えに行く。浴衣姿の詩音が可愛くて何故かこっちが照れてしまった。 


 詩音とぼくの母親二人から注意事項を受け、守ることを約束する。


 ぼくの左手には術が施されていて、万が一何かが起きた場合にと、施された術だった。


 ちょっとしたデート気分だ。詩音もそう思ってくれていたら嬉しいな、と思う。


 千尋を迎えに行く。千尋の母親にも注意事項を受け、三人で約束を守ることを誓う。


 何を買おうか。何をしようか。三人であれこれと話ながら歩いていると、神社に着いた。神社の入り口に詩音の幼馴染みを名乗る輩が二人と、千尋は誘って何故自分を誘わなかったのか、と拗ねる少女が一人。


 詩音がこうなるから、と説明していた。


 無視して夜店を楽しんでいた。様々な誘惑はあれどぼくは正直夜店の屋台に興味が無かった。


 買っても精々たこ焼きくらいだ。当たるか当たらないかわからないクジに散財したり、家で作れるものを屋台で食べようとはどうしても思わない。


 許可があるのかどうか怪しいキャラクターが水に流れていくキャラ釣り。ワンコインでガチャしたらもっと立派な公式グッズやフィギュアが手に入るのだ。出来の悪いものを欲しいとは思えなかった。


 じゃあ、何をしに夜店に来たのか? そんなの詩音と出かけるために決まってる。

 屋台で買えるのなんてコンビニで買える。むしろそっちのほうが美味しいまである。所詮、場の雰囲気補正が無ければ、ねぇ? 


 ぼくにつられてか詩音と南條もあまり買ったりしていない。空気を味わおう程度でたこ焼きを買って、拝殿の舞台の片隅に詩音と千尋を座らせて、ぼくは立って食べる。

 どうせならアニメショップや何処に遊びに行くか、ゲームを買って遊ぶか、とか話し合っていた。


 すると色んなものを買い、一つに纏めて袋に入れて両手に持って三人が僕たちの場所までやって来た。


 曰く、みんなで食べようと思って買って来てあげたんだよ。


 曰く、みんなで食べればゼッテー美味いぜ! 一緒に食べようぜ!! 


 私たちはもう帰るから、と詩音が場所を譲る。しかし、少しでも一緒に居たい彼らは食い下がり、やらかした。ソースたっぷりのたこ焼きに焼きそば、醤油の着いた焼き鳥、それらが近くに居た人へとぶち撒けてしまったのだ。


 こうした場でお酒を飲んで酔う輩は必ず居るもので、そうした輩は決まって碌でも無い輩なのだ。


 詩音たちは青褪めながらも謝り、氷鏡と妻夫木は正論を叩き付けるという愚行を犯す。

 ぼくはというと逃走経路を探す。謝る? 何故? 謝るのは氷鏡と妻夫木だ。巻き込まれて迷惑極まりない。


 詩音と千尋の前にたって、徐々に後へ下がる。詩音たちも後ろへ下がる。後ろ手に逃げる様に合図をしようとした瞬間、莫迦二人が正論の同意を求めてきてバレた。


 酔った人に倫理観も常識も期待できる筈もなく、浴衣姿の小学生とはいえ、高学年の美少女に絡み始めた。


 こと此処に至っては仕方無し、喰らえ!!


 耳を劈くほどにけたたましく鳴り響くブザー。三十六計逃げるに如かず!!


 あとは滑稽という計略が得意な正義の味方に自分たちのしでかした責任を取っともらうとしよう。


 有馬の肩を叩いて詩音と千尋の手を取って逃げる。


 後ろで怒鳴る声が聞こえる。


「莫迦か! 同じ方向に来んな!! 散れっ!!」


「逃げるなんて卑怯だ!!」


「何でだよ!? 一緒に逃げてもいいだろっ!! 協力すればピンチを乗り越えられんだろが!!」


「莫迦か? 莫迦だろ!! 詩音たちを危険から遠ざけるために逸早く逃げるだろう。普通はさ。あと、俺と詩音と千尋がピンチなのはお前ら莫迦二人のせいだからな!!」

 

 しょせん大人と子供。莫迦二人のせいで逃げ道が限られた。


 ――殺るか? 鬼として斬るか? 死人に口なし、とはよく言ったものだな。


 冷静に冷徹に冷酷に生かすべき者とそうで無い者を分けて、逸早く切り捨てるべきものが何かを決めた。


 相手は三人。


 殺れる。


 直ぐ後ろに迫る気配に急ブレーキからターンを決め――


 見た。一人目の首が飛び、二人目は頭から股下へと裂かれ、3人目は蜘蛛の糸に捕らわれているのを。


『いつの世も、碌でも無い者というものは変わりゃせんでありんすなぁ。頑是無い女の童を好み、追い回して遊ぶ輩というものは、まったく度し難い』


 グチュリ、と捕らえた青年の首に齧り付く上半身裸の花魁のような女の肉体に、下肢は蜘蛛の身体。絡新婦じょろうぐも


 血を啜り、不味いと吐き捨てる。


『やはり、美味な血肉はその魂の在り方で決まる。そうでありんしょう?』


 クツクツと嗤う血塗れの鬼。


『妾の領域に断りも無く踏み入ったこと、その命を以って贖いなんし!!』


「っ!!」


 蜘蛛の鎌を地面に身を投げて躱す。


『女子を守るどころか命惜しさに逃げるなぞ、男の風上にも置けないとは、まさにこのことでありんすなぁ』


「や、やめろ!! よ、夜店だからってこんな冗談許されないぞ!!」


「お、オレたちは助けを呼ぼうとしただけだぜ!! にげたわけじゃねえっ!!」


『ふむ。では何故、漏らしておる? んん?』


「ち、違う!! これはこれは!! そうだ!! そこの卑怯者のように逃げたりはしないっ!! 何時だって We are the Saver!! パーフェクトハーモニーを見せてやる!!」


「うぉおおーっ!! マキシマムマッソォォウルゥゥッ!!」


『こ奴らは何をいうて――ん?』


 氷鏡たちが莫迦なことをしている間に詩音たちを御堂に隠す。


「詩音、これで母さんに連絡!! あと、これ!!」 


 スマホとペットボトルのスポーツドリンクを押し付けて扉を閉じる。


 霊刀の鞘とはいえ、結界を張る事が出来る。扉が開かないようにする。


『妾の食事の邪魔をするのかえ?』


『そこに転がっているものならば好きに喰らえば良い。邪魔はしない。だが、彼女たちを喰らうというのなら、霊刀“千斗”を以て阻止する!!」

 

 この場は鬼の領域。異界と成り果てた。そのせいか肌寒い。


 絡新婦は動かない。何処からともなく手下が現れる。


『ククク。ほれほれほれ! どうした小僧!! 妾を斃すのではないのかえ?』


 ――どれだけ斃した? 余興を楽しむって言っていたな……。まさかっ!!


 余興が見習い鬼斬りの俺と下僕との戦いでは無く、狩りだとしたら? だって下の参道には人で溢れている。餌に事欠かない。


 ――まずいなぁ。もし、鬼斬りとして任務になったら、少数なんて切り捨てられる。俺がやらなきゃ誰がやる!! 完全に調伏出来なくても詩音たちだけでも逃がす。守る。約束も守る!!


『ククッ、戯れしゃ。小僧。お主がその破妖の太刀で毛一筋程度でも、一太刀浴びせることができたなら、小娘だけは見逃してやろう』


 余裕を見せていられるのも今のうちだ!!


「その言ノ葉の端から破るつもりならば好きに言える。だが、侮ってくれると言うのなら有り難い」


 息を調える。


「臨める兵闘う者、皆陣列ねて前に在り! 百鬼伏滅 千邪降伏 万魔滅却!! その悉くを破却する!! オン ソヂリシュタ ソワカ オン マカシリエイ ヂリベイ ソワカ!!」


 肩に担ぐように構えられた霊刀の刃がフォン! と鳴って刀身から瑠璃光の霊気が立ち昇る。


「小僧! 貴様、きぃさまぁっ!! 千羽の――せ――』


「千羽天剣流――」


 狙うは鬼の首一つ。


 ――この一太刀に全身全霊を賭ける。


『やめ――!』


 瑠璃光を纏う刃を振るう。


「計都 ー槐ー」


 白刃に瑠璃光の尾を引く霊刀を客観的に見て、流星と流星の尾のようだと何時も思う。


 千羽姓を聞いて鬼斬りの名家と知って慄く鬼の左腕とその肩口から胸元を一文字に斬り裂いた。


 ――斬撃が鬼の腕力に負けた!!

  

 霊力とは精神力。まさに俺が今持てる全てだった。技も霊力も。


 ――途中から……廓言葉が……崩れていた、けど、百年以上は……年経た鬼、に違い、無い……のは、視て解る……。覆せ、無かった……。

 

『イ゛ィ゛ィギャアァァアァアァァッ!! 妾の……妾の腕……腕を……ぉぉ!! あぁあっ! 身体が……身体が……灼けるゥゥッ!! 赦さぬ……許さぬぞ!! 小ぉ僧ォッ!! 貴様を嬲り尽くす!! 泣いても! 赦しを乞うても許さぬ!! 地にひれ伏す貴様の前で、あの小娘どもにありとあらゆる恥辱を与え喰ろうてやる!! 小娘どもの血肉で快癒した後は貴様の霊力を妾のものにしてやる!! 覚悟せよ!!』


「喚くな年増。見苦しい。顔の皺も身体の弛みも隠せなくなっているよ」


 落ちそうになっていた意識を繋ぎ止め、挑発する。激昂し最早人の言葉すら失った鬼は俺しか見えていない。いや、見えなくなった。


 霊刀を御堂に投げてその扉に突き立てる。更に結界が強くなった。霊刀を抜こうにも悪しきものは触れられない。


 蜘蛛の糸に捕らえられた。


戻星流転ライセイルテン 逆命転性ギャクメイテンセイ 魂魄転生コンパクテンセイ 因果転生インガテンセイ 再性誕生サイセイタンセイ


 堪えてみせろと女の顔が嗤う。泣いて赦しを乞えと、縋り付いて命乞いをしろと嗤う。


 どんなに穢されても、それだけはしない。

 約束した。約束をした。違えないと。


 あぁ、でも、心より身体が先に屈しそうなのが許せない。だからその前に――


 糸が斬られて、意思いとが切れた。香の薫りに、あぁ、助かったと、詩音たちは助けられたこと、それだけが救いだった。


 因みに氷鏡たちは戦いのどさくさに紛れて自分たちだけ逃げた。


 奴らを糸から解放する時に氷鏡の守護霊の祖父も斬って強制的に引き剥がして消した。


 彼が氷鏡に都合の良いように、周囲の意識を歪ませていた諸悪の根源だった。


 どんな幸福も何も対価も払わず手にしていたなら、そのツケは如何程になるのだろうか?


 これから氷鏡が支払わなければならない代償を考えると、あれやこれやが明るみに出てたい変だろーな、と鬼斬りが使う病院のベッドで天井を見上げながら、詩音を取り巻く環境が良くなることを願った。

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