趣味趣向
授業も終わり、休み時間に入ってすぐ、神宮寺と真田さんにお礼を言われて、二人のことは幸花とユートと呼ぶ様になった。
幸花が舌を噛んでまでわたしに聞こうとしてたのは、わたしの発言が気になったから。それは彼女が〈東方腐敗〉のメンバーだったから。
リアルでそんなカップリングを妄想して気持ち悪いよね、と笑う彼女に、良くは無いとは思うけど、気持ち悪いとは思わないと伝えた。
世の中には“てぇてぇ”という言葉もある。そのカップリングが尊いと思うのは個人の自由だ。
お前らさ付き合ってんの? とかあいつら付き合ってんでしょ、 なんて誂うくらいのことは良くある。
バレなきゃ良いのだ、バレなきゃ。
実際にどうかと聞かれたら、無意識下としか言いようが無い。
気付かせて見たらどうなるか観察したい気持ちが湧いてきた。
詩音たちには止めなよ、と言われたけれど、妻夫木が自覚して氷鏡のことを意識したら千尋は解放されるかも知んないじゃん? と囁いて唆せばあっさりとこちら側に付いて、詩音を落としにかかった。
そこに幸花も加勢する。
「詩音、少しの苦労で彼らがお互いを意識しだせば、毎日毎日、絡まれず、煩わされずに済むんですよ」
「そうだよ。詩音さん。妻夫木くんと氷鏡くんって独占欲強いみたいだから、お互いのことしか目に入らなくなるよ」
「ちょっと詩音揺らいでどうすんのよ。良く考えてよ。氷鏡が詩音のことを思っていたら、トライアングルで余計に鬱陶しくなるかも知れないじゃん」
紗奈が懸念を指摘する。
「そ、そうよね。これ以上カオスになるのは願い下げだわ」
トライアングルトラブルに発展するのを恐れた詩音が机に突っ伏して心底面倒くさそうに呟いた。
――そうかなぁ。
詩音と千尋に取り憑きたそうに彷徨う念を視る。氷鏡と妻夫木の念だ。
――御守りがあるから近付けない。視えているのに何処に行けば良いのか解らない。迷っちゃうでしょ?
わたしは無言で立ち上がると、その生霊の所まで行く。
わたしが視えている、と気が付いて威嚇してきた。
邪魔をするな。邪魔をすれば無事では済まない。邪魔をすればお前から消す、と霊威をぶつけてくる。
「ノウマク サマンダ バサラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン」
小声で真言を唱える。異変を感じた生霊が私を脅威と認識し警戒したけれど、もう遅い。
「……不動縛呪」
不動明王が持つ羂索によって霊魂を縛って動けなくする術。つまり生きていようが死んでいようが魂そのものを縛るのだから当然、縛られた魂の宿る身体も金縛りにあう。
生霊がビクリと身体を硬直させる。それは宿体にも影響を及ぼした。
氷鏡が椅子を倒しながら驚き立ち上がり、妻夫木も課題を消化する為に机に向かっていたのをガバッと身体を伸ばしたかと思うと勢い余って椅子に座ったまま後ろに倒れた。
迷惑を被ったのは後ろの席の男子や周囲のクラスメイトたち。
誰もが迷惑げに二人を睨む。
身体が縛られているために二人は声も出せず動けない。
二人の生霊をしばり上げたまま、引き立てる様に宿主の元へ引き摺り連れて行く。
「氷鏡くん、妻夫木くん大丈夫? マジでビックリしたー」
二人の肩を叩き、生霊を戻す。
「え? あっ!! 藤咲……さん」
「あ? いや? 動ける? 藤咲サンキュな!!」
「エアコンついてるからって言っても、二人の席窓際じゃん? もしかしたら熱射病とか水分不足で玄覚でも見たんじゃないかって心配になったじゃん。マジダイジョーブ?」
「あ、あぁ……。いや、何な朦朧とするというか……」
「オレも頭がクラクラするってーか。身体がフワフワういてるっつうか……」
「地に足が着かない状態なんてメッチャヤバいじゃん!! 保健室行った方が良くない?」
「いや、でも授業が……」
「な、何かみんなオレたちのせいで課題増えちまったみたいになってるし、これ以上は……」
「そんなこと言って――」
わたしは彼らに触れる。二人が――
「ほら、わたしが軽く触れただけでふらついてんじゃん! それって授業中に倒れたりしたら逆にみんなの迷惑になるじゃん」
抱き合い、支え合うように床に座りこんでしまった。
「このクラスの保健委員ってダレー?」
「あ、ボクです」
「保健委員だったらちょっと授業に遅れても咎められない?」
「え? まぁ、大丈夫だと思う」
「熱射病だとか命に関わるじゃん。転入したばっかのわたしよりクラス代表の保健委員の方が信頼あるっしょ」
「そうだね。クラス代表だからね。うん、二人はボクに任せてよ!!」
保健委員の男子くんは氷鏡と妻夫木に手を貸し、気遣いながら教室を出ていく。
ちなみに氷鏡と妻夫木が顔を真っ赤にしていたのは、氷鏡の生霊を妻夫木に、妻夫木の生霊を氷鏡に間違って返して器に入れちゃった! わたしってドジッ娘だなぁー。
不動明王にも魔を討ち祓い斃す倶利伽羅剣が右手に握られている。
――交渉っていうのは笑顔でシェイクハンドの反対の手に武器を持ってするのが、事を有利に運ぶには重要だよね。
『このまま斬り討ち滅ぼされ消滅させられたくなければ、大人しく宿体に還りなさい。それとも、彼女たちに執着し続ける? それは許さない。何故って? わたしが鬼斬りだから。鬼斬りはお前たちのように人に仇為す鬼を斬る者。それで答えは? ふーん。黙っちゃうんだ。反省しないんだ。ねぇ、滅ぼされて環に帰ることもできずに消滅させられたい?』
チラチラと刀印を見せる。
『宿体はもうすぐそこだよー。ほらほら早くしないと着いちゃうぞ♪』
霊力を強め、縛りをきつくして更に締め上げて、霊力の刃を突き付ける。
詩音と千尋には鬼斬りが護っていると魂に恐怖と共に刻み付けた。氷鏡と妻夫木が詩音と千尋を想い妄想するとき、夢に脳裡に鬼斬り武者の姿が過ぎり、恐怖の先で思い出すのは心友の姿だ。
その心友の姿を思い出してはトゥンクと心がトキメイて、思い出すのだ。いつだって無条件で無償の親愛を向けてくれていた相手を。
――あっ! うっかり不動縛呪の縄解き忘れてた。やっちゃったなぁ。
魂が決して斬れない太い縄で結ばれた。
――まさに運命の縄じゃん。わたしってば愛のキューピッドならぬ愛の鬼斬りじゃん!!
恐怖で吊り橋効果。
ちなみに運命の赤い糸の元々の由来は、いつか結ばれる定めの男女には足首に赤い縄が結ばれているという云われがあり、その縄を持つ者を月下老人や月下氷人と云う。
月下氷人とは媒酌人のこと。
にこやかに戻ったわたしに詩音は胡乱な目を向けてくる。
朝の出来事を知っていて、と。
「月下氷人の真似事をしてきたんよ」とだけ伝えた。
【月下氷人】――仲人、媒酌人、男女の縁を結び付ける者。
由来――むかしむかしあるところに一人の青年がおりました。
青年が旅の途中、宋城の南の宿場町で不思議な老人と出会いました。
この老人。月光の下、寺の門の前で大きな袋を置き、冥界の書物――【鴛鴦譜】を読んでいました。
青年が老人に何者か、何を読んでいるのか、何をしているのかと問うと、老人は現世の人々の婚姻を司っていると答えました。老人は更に続けて言言いました。
冥界で婚姻が決まると赤い縄の入った袋を持って現世に向かい、男女の足首に決して切れない縄を結び、この縄が結ばれると距離や境遇に関わらず必ず二人は結ばれる運命にあると。
以前から縁談に失敗し続けている青年は、目下の縁談が上手くいくか老人に尋ねた。しかし老人の答えは青年の求めていたものではありませんでした。
すでに別人と結ばれた赤い縄があるため破談する――と。老人は青年に断言しました。
では赤い縄の先にいるのは誰かと青年が聞けば、喜べ青年。相手はこの宿場町で野菜を売る老婆が育てる3歳の幼い娘だと答えてあげました。
青年が調べてみればその幼い娘は醜き容貌をしていた。
ふっざけんな!! と逆ギレした青年は召使にとんでもなく下衆なことを命じた。
あの幼い醜女をブッ殺してこい、と。
命じられた召使は幼女の眉間に刀を一突きして逃亡したが、殺害には失敗していた。
縁談がまとまらないまま14年が過ぎ、青年は相州で役人をしていた。
上司の17歳になる美しい娘を紹介された青年はついに長年の念願だった結婚が出来ました。
人生絶頂期。ヒャッハー!! やったね!! しかも相手は上司の娘!! これで勝ったな!! ガハハ!! 現代ならおっさんがJKを紹介されて喜んでいるようなものだ。お巡りさんこいつです。
しかし、その娘の眉間には傷痕があった。
娘は言う。幼い頃、市場で野菜を売る乳母に背負われていると乱暴者に襲われ、刺されてしまった時に出来た傷の痕なのです、と。
青年は訥々と14年前のことを全て打ち明けました。しかし娘からすれば理不尽な話だ。面食いな男にしょうもない理由で理不尽に殺されかけたのだから。憎い相手だ。
どんなに憎い相手でも、八つ裂きにして殺したい相手でも月下氷人に結ばれた縄は決して切れない。切ることが出来ない。縄を引きちぎろうとして掌が裂けようが足首が擦り切れようが、ただただ縄が血を吸い赤く染まってゆくだけ……。
殺したい程に憎い相手と結ばれ、結婚生活はどのような時間なのだろうか。
美しい娘だから男は嘗て醜いと殺しを命じた娘と結ばれ結婚する。そのような下衆と送る娘の気持ちはどのようなものだろうか。そして娘を殺そうとした相手に娘を娶らせた親の気持ちは? それを知った時、親はどう思うのだろうか。
縄は切れなくても、その先に繋がる者は斬れるのだから……。
「むしろ、縁談が上手くいかなかったのは面食いで下衆な本性見抜かれてたからじゃないかなぁ、って私は思うんだよね」
【鴛鴦譜】――結婚の契約書。鴛鴦。
「ないわー。殺したいほど憎い相手と鴛鴦夫婦を演じないと駄目なんてキッツー。マジムリなんだけど!!」




