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邂逅

 ――ふぁ……ねむ。


 知人を見たせいで昨夜のことを思い出してテンションが下がった。


 鬼を始末したあと、報告に戻ればそれを聞き終わった所長の第一声が「何故、おとり捜査官みたいな危険な真似事をしたの!! 危険を冒してまで手にした犯人の情報を対策機構ではなく警察に知らせたの」だった。


 そんなのは決まっている。確実にを始末する為だ。

 警察なら匿名での情報提供に対して、信憑性を確かめてからじゃないと動かないと予測していたし、あの人が捜査に入っていれば、鬼部に知らせるとも思っていた。

 そして鬼部がたかがアイドルの失踪と、それに関与している疑いのあるストーカーのような小さな事柄に、必死になることは無い。精々、下位のベテランと新人とか現場になれてきたばかりの若手で動くと思っていたし、必ず詰めが甘くミスを犯し、それを隠蔽する為に死にものぐるいで狩り立てて追い詰めて、鬼に堕としてくれると信じていた。


 ――中途半端だったのが気に入らない。鬼狩りも中途半端なら堕とすのも中途半端なんだもん。マジで役に立たねー。おかげでわたし自ら追い詰めて追い込んで堕とさなくちゃいけなくなったじゃん。


 人を貶め苦しめて仇成す鬼に何故慈悲が必要なのか。

 鬼に成った者が改心するとでも本気で思っているのか?

 慈悲を与えて世に放ち、その後、野放しにしてまた被害者が出たら責任を取れるのか? 被害者が負った傷は癒えるのか、失った命は戻るのか、戻せるのか? 


 それがわたしの答えだ。そんなリスクがある限り、鬼は一分一秒でも疾く始末するのが人を鬼から救う一番の近道だ。


 何もしない、世に出て来ない、それが良い鬼だ。それ以外は悪い鬼だ。

 

 わたしの答えにみんな顔を険しくした。わたしの鬼斬りとしての在り方は鬼部と同じだ。


 だけど鬼部のように大小を分けない。

 

 今回だって有栖川シェイラが困っていたからわたしが個人的に相談に乗っただけだし。

 それが鬼案件ならキル数が稼げるし。

 

 それにわたしみたいに個人に味方する鬼斬りが居ても良いじゃん。


 助けを求めたのに、組織の方針で優先されたのはその他多勢だった。戻れないから、戻れないなりに女の子として生きよう、楽しもうと思った。


 恨んでいないと思っていたなら、割り切っていると思っていたなら勘違いも甚だしい。頭では理解していても感情はどうしようもない。ただ表に出さなかっただけだ。


 あの時、しつこく声をかけて追い掛けて来た男たちに刀を向けられていたら、と思ったことは一度や二度じゃない。


 素人に力を使っても見せ付けてもいけないって言われていたから、約束を守った。それが間違いだった、と気付いた時には女の子だった。


 ――ショックを受けて黙るくらいなら、黙認して欲しいんだけど。まぁ、ゲーム感覚なのは否定しないけどねー。


 そうでもしなければ、わたしが堕ちて人々を恐怖のドン底に叩き落とす、百鬼夜行の主になってしまいそうで……。


 鬼斬り全てと鬼斬りに味方する鬼を相手に喧嘩をするのもそれはそれで愉しそうだ――


 ――謝らないとなー。


 どうしても、解り合えないなら個人で鬼斬りをするしかない。


 鬼斬りの闇営業。


 ――笑えない。


 気分を変えるためにバブミーへブンマート―― コンビニに立ち寄る。


 ホットスナックのバブチキとレモンティー、山幸彦さんの山を買う。ハニーココアクッキーにバニラチョコをコーティングした、夏限定バニラアイス味を購入。

 

 因みに海幸彦さんの海もある。うすしお味のカリカリしたスナック菓子。


 バブチキを袋から取り出して齧る。真っ赤なスパイシーチキン。一気に汗が出てきた。


「はぁ……む。あっつ! かっら! でも、それが良い。それが美味しい」


 このジャンクな味がたまに美味しい。


 学園に着く前にバブチキを食べ終えて、ブレスケアもカンペキ。


「おはよう藤咲さん」


「菊池センセー。オハヨーございまーす」


 朝早くから色々な説明があるという。


 通されたのは学園長室。


 とある司令のようなポーズでわたしたちを待っていたのは学園長、倉橋くらはし 史那ふみな


「藤咲さん。改めてようこそ、北辰学園へ。私は一族の中でも特別に“見鬼”の才が無くて視えないの。そんな私に出来るのは貴女みたいに若い鬼斬りの子たちが普通の生徒と変わりなく、子供として何不自由なく学園生活を送れるように、民間レベルでのサポートだけ……。生徒会、風紀委員会に所属している生徒たちも貴女と同じ鬼斬りの子たちだから、何かあれば相談しなさい。あと、この学園は伝統有る、と言っても過言ではありません。しかし、だからといって校則であれこれと厳重に取り締まろうなどとというのは時代に合いません。ですから、常識の範囲で見苦しくなく、また学園という場所柄に相応しい節度を守った格好なら、厳しくは指導をしません。国家資格を持っていようが、いい大人であろうが、どんな職業の制服や相応しい格好をしていようが、碌でも無い人間って存在するものね。しかし、人は見た目で判断します。ですがら、節度ある格好を心がけるように」


 はい、と答える。


 髪形や化粧は見目を良くして、清潔感を出すものだし、ネイルだって血色良く健康的な手、という印象を与える。


 まぁ、学園長が見てるのはわたしのイヤーカフなんだろうけれど。北斗七星のイヤーカフ。細かいチェーンの先に揺れる一粒のスワロフスキーは北極星を表している。もう片方はカシオペヤ座のイヤーカフ。


 ――野暮ったい制服じゃあねーんだから、着崩したりすんなよってことだよね。少子化の中で生き残る為に校則も時代に合わせて、制服も堅苦しいデザインからオシャレで可愛いいデザインに変更して、涙ぐましい努力が垣間見えた。


 卒業したオジサン、オバサンたちか厳しい反対意見もあったはずだ。無いはずがない。


 ――まぁ、伝統だけで食っていけるだけの保証が、そこにはなかったんだろうなぁ。署名運動で集まった意見を退けたのは、学園そのものが無くなるか、無くして良いのか、と言う問題だったんだろうなぁ。人を育むのは伝統の校則じゃ無いんだよなー。


 結局、教える側の人間性と教わる側の善悪の価値観だ。


 誰も自分自身を信用出来ていないなら、厳しいルールで縛って、それがあるから大丈夫だと無条件に信じて、安心したがる。


 話は以上のようでシズセンセーの席で少しお喋りする。シズセンセーはお喋りしながら手を動かして朝の準備をしている。


 すると廊下がざわつきだした。ヒソヒソ話と潜んでいるつもりで潜めていない人の気配、衣擦れの音。

 此処が職員室故に節度を保とうとしているけれど押すな下がれと、節度が保ててはいない。


 ――朝練の生徒には見られてたしねー。


 振り向いて笑顔でウィンク、手を振って応える。


『おぉっ!!』


 ィヤッホー!! と跳び上がりそうな程に歓喜して散っていく。おそらく教室で騒ぐのだろう。


「藤咲さん……解っていて雄を煽るのはやめろ。教室の浮ついた空気を引き締め直すのは面倒なんだ」


「そこは担任や科目担当の腕の見せどころでは?」


 センセーのカッコいいトコ見てみたい、と煽れば、飲み会か? とツッコまれた。


「止してくれ。今の時代、此方だって負う必要の無いリスクは背負いたくないんだ」


「菊池センセー」


「なに?」


「『センセーよ、大志を抱け』って言葉、知ってます?」


「私が知っているのとは違うなぁ。私が知っているのは「少年よ大志を抱け」だ。だが、それももう古い。現代は女性も世に多く出て活躍する時代だ。それに、たとえ藤咲さんの言う言葉があったとしても、最早それも遠の昔に置き去りにされたものよ。今の私たち教師にはそんな大志なんてものはないわね。今の時代、事勿れでやっていなきゃ、精神持たないのよ」


「現役のセンセーが、それ言っていいの?」


「駄目に決まってるでしょ。私の役目は勉強を教え、指導し導き、雑務をすること。けれど、良くも悪くもあなたたち次第。成績が悪くてどうなろうと、卒業後にどうなろうと、私たちには一切関係ない。それはあなたたち自身の問題だから」


 今どき情に篤いとか熱血教師ものが漫画にもドラマにもならないの、そういうこと。流行らない。時代にそぐわない。大志なんてない、とシズセンセー。


 それじゃあ教室に行こうか、と言って立ち上がる。


 教室に着くと言う前に――


『氷鏡、昔っから変わらないわね。その自分が世界の中心という在り方も。自分が世界の秩序という考え方もっ!! 本当に虫酸がはしる!!』


 溜めていたものを一気に吐き出したかのような激昂している声が廊下まで聞こえてきた。


 ――この声……。


 懐かし気持ちが胸を締め付ける。


「またあいつらがしつこく絡んでいるのか……」


 毎度お馴染みの事なのだろうという事がシズセンセーのため息と額を――頭を押さえて頭痛を堪えるかのように顰められた表情で察することが出来た。


 しつこく絡む奴なんてあいつ等しか思い浮かばない。


『予定が空いていたとしても、私が何故、貴方たちと遊ばなければならないのかしら?』


『詩音!! 翔真にそんな言い方はねぇだろっ!!』


 予想通り氷鏡 翔真の名前が出た。そして声の主は心友バカにする奴は絶対に許さないマンこと妻夫木 一誠だ。


『お、俺たちは誓いあったじゃないか!! セイヴァーズは永遠だって!! なぁっ! そうだろう!!』


 ――まだやってたんだ。


 超覚醒戦士セイヴァーズ。勧善懲悪への誓いの言葉は「We Are The Saver!!」。


『諦めなよ。昔とは違うんだよみんな』


 ――いやぁ、どうかなー? 世の中にはデモンスレイヤー グランシャリオーが居るくらいだからねー。


 機構が開発する変身グッズ上げたらワンチャン、戦隊ヒーローとして活躍する機会があるんじゃないかな、と思う。


 そう思うと悪戯心が湧いてきた。


 ――そんなに正義のヒーローになりたいならわたしが叶えてあげよっか?


 心の中で問うてみる。当然応えはない。けれど――


 ――簡単に釣れそうだよねぇ。それはそれでつまんないなぁ。試練与えて遊んでみるか。もう直ぐ夏休みだし。


『ま、ちょ待てよ! 詩音! 約束を破るのが失礼で非常識なら、先に約束していたオレたちとの約束をちゃんと守れよな!! オレたちに失礼だろ!!』


 ――あの口調は有馬か?


 せっかく有馬(仮)が用意した引き際を彼らは不意にした。


 ――あ~あ〜せっかく有馬(仮)が詩音を守る為に自分が前に出たのに。


 少し視たくなってきた。


 ――視ちゃえ!


『あーっ!! もうっ!! ウッザイわねっ!! 貴方たちと付き合いたく無いって言ってるのが解らないのかしら!! これでも解らないのなら一回死んで人生一から出直して来なさい!! それでも解かろうとしないなら、解らないならそのまま思い出の中で死んでろっ!!』


 ――ワァオ!! 見事な左フック〜!!


 四年前は蹲ることで守っていたのに。


『へぶらっ!?』


 詩音が溜め込んでいた怒りを妻夫木の右顔面に叩き込んだその瞬間、クラスの空気が凍りついた。


 ――それはそうなるよねー。


 陰キャ、ダウナーなおとなしい性格の少女がキレてカンペキな左フックを男子に叩き込んでKOしたら場も凍る。


 いくつかの机と椅子を薙ぎ倒しながら倒れた妻夫木は目を回している。


『貴方方は私が見た中でも一、ニを争うほど最悪最低な殿方ですね!! 二度と話しかけないで下さい!!』


 ――姫カットの黒髪清楚な美少女は南條さん?


『本当、信じらんない!! サイアク!! 二度と近付かないで、むしろ顔みせんなっ!! クズ野郎!!』


 マッシュボブにレイヤーを入れているのが有馬だ。


 詩音の肩を抱いて南條さんと有馬が教室から出て、保健室で休むことを提案している。


 ――こっち来る! 


 気配を消す。


「「「あっ!!」」」


 廊下の外側の壁に背を預け、ことの成り行きを見守って立っていたシズセンセーを見て三人は驚き、予鈴が鳴っていた事に気が付いた。既に他のクラスは朝のホームルームが既に始まっている。


「言いたいことを全部言えたか?」


「は、はい……」


 黒髪でミディアムヘアーの女子が雪城 詩音だ。大きめのサマーパーカーを着ている。


 ――何気に制服の選択肢が広いな。帽子とかフードって安心感あるよねー。わかるよ。


 フードの陰、帽子のつばの陰で外出時に他人の顔や目を見なくて済む。レジとかね。


「そうか。基本的に私はお前たち生徒に委ねていた。二人のご両親を呼び出したが、氷鏡に関しては当人同士の問題だと無関心だった。しかし、妻夫木のご両親は小中でも同じ理由で呼ぼれ、本人を交えて話し合ったがその場では反省し、理解もするが、それが済めば元の通りだと仰っていた」


 シズセンセーに付いて行く。着いた先は階段の踊り場――人目につかない場所に移動しての最初の言葉だった。


 それを階段を上がってすぐの角に隠れる。呼ばれるまで柱に背を預けて話を聞くことにした。


 ――喉元過ぎれば熱さを忘れる、かぁ。


「私はな。虐めがない、などと自分の評価可愛さに隠蔽しようとは思っていないし、虐めがないとは言わんし、クラスカーストも否定はしない。程度差の問題はあるからな。私はお前たちのことに詳しく無い。観ているつもりでも、一人ひとりはどうしても浅くなる。だから、夏休みまでに何も変わらなければ雪城と雪城のご両親にも来てもらって話し合いの場を設けるつもりだった」


「そう……だったんですね」


 ――大志なんて無い、とか言っていたのに。


 シズセンセーは断罪するつもりなのだろう。ことと次第によっては退学させるつもりでいるのかも知れない。


「先生。詩音は……」


「妻夫木を殴ったことか?」


「はい」


「殴ったことはいけなかった。手を出したら負けだ。だが、咎めるつもりもないし、誰にも咎めさせない。問題になるなら、それを潰す。必ずだ」


 ――へぇ。


 その強い言葉に驚いた。


 ――雇われてる身で、学校組織や体制に隷属している教師が、上に逆らうなんてさ。やるじゃん。


「お願いします」


 シズセンセーは深く強く頷く。


 ――カッコいいじゃん。


「さて、出てこい。先に紹介する」


 呼ばれたので姿を見せる。


「ハロハロ〜。今日から同じクラスになった藤咲 双樹。藤の花が咲き誇るの藤と咲で藤咲。沙羅双樹の花の色盛者必衰の理を表すで有名な沙羅双樹の双樹。まぁ、逆に粋がってる奴を滅ぼす、とか下剋上とかね。そんな感じ」


「バカ、それは夏椿だ。日本に本物の沙羅双樹の木はなく、代わりに夏椿を沙羅双樹に見立てたと、知っていて私の生徒に嘘を教えるな」


 ――千羽じゃあ、鬼斬りに―― 鬼を討滅する鬼に相応しい名だっていわれたよ?


 討滅姫、討滅鬼、討滅の刃とか討滅の剣鬼とか姫とか。道具だと、使い捨ての数打ちの刀だと陰で謂われていた。嘲笑と憐憫の対象だった。


「はーい。さっきのは、たいていそれを言われるから言っただけ。本気にしないで。沙羅双樹に花言葉は設定されてはいないんだ。だから花言葉が由来でも無いかな。本物の沙羅双樹の花は星形の小さな花が密集して咲いてるんだ」


「花言葉ではなく、花を見て心が動いたから、ご両親は藤咲にその花の様になって欲しかったからじゃないのか?」


「……自然の美しさに魅せられ心が惹かれたからでしょう。それが夏椿であっても……、本物であっても、その心は嘘ではないのだから。私は雪城 詩音よ。よろしく」


「きっとそうですよ。私は南條 千尋よろしくお願いします」


「そうそう。愛娘に物騒な由来で名付けるって言うのよ。まったく。あたしは有馬 紗奈。よろしくね」


 自己紹介も終わり、詩音たちは保健室へ。わたしたちは教室へ。一時限目はシズセンセーの英語だ。


 ――教室はどんな状態かなぁ。あ~楽しみ。


 もっと愉快でカオスな状況になっていれば面白いだろうな、などと不謹慎なことを考えながらシズセンセーの後に続く。

リインカネ裏話。


シズセンセーは場面によって口調を変えている模様。


双樹を相手にしていた時は素に近く、詩音たちと話していた時は重大な事や知らせなければならない時、シリアスな時の口調だとか。

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