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公爵令嬢と環の街の魔石たち  作者: 石川零
4.謎に死す、探偵
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1.落日の謎

「で、アンタらは武器はちゃんと持っているのか?」


 すでに落日が迫っている。空は紺色に染まり、徐々にその濃度を増していく。三日月を筆頭にして黄色い光が街中に輝きはじめる夜のとば口。だが環の中の街でホーフブルク宮という中心だけが、いつまでたっても明かりを灯さずぽっかりとした闇に沈んでいる。


「武器。官憲の言う武器は無粋な鉄の塊かい? 俺の武器は錆びついたり火薬詰まりを起こしたりしないんだよ。いつでもここに蠢いている生モノなんだ」


 軽蔑の笑みを湛えた探偵が親指で己の額をさす。

 トリさん、ことトリスタン・ボダルト警部は探偵の自己陶酔を無視してコンスタンツェに短銃を貸してくれようとした。


「撃ち方がわからないわ。お気持ちだけいただいておきますね、トリさん」

「オキモチだけでどうやって身を守るんだかな……」


 トリスタンは連れてきた十人の部下をコンスタンツェとダニエルに半分ずつ振り分けた。


「市民を守るのが警察の義務なんでね」

「迷子の保護も満足にしておけなかった警察が押し付けがましいことだ」

「ダニエル!」


 いくら官憲と教会を仇とする探偵でも、今はファオのために協力するときだ。

 ダニエルは聞く耳を持たずにミヒャエル門のファサードを見上げている。


「王宮そのものが〈レーツェル〉に変えられている——」


 険しい目つきでそう言った。


「王宮、そのものがですって?」

「司法庁の書類があっても中に入るのに手こずるかと思ったが、衛兵の姿もねえぞ。どういうことだよ?!」


 皇帝が政治権を国民に譲ったことで主が留守になって久しいホーフブルク王宮だが、皇帝位が廃止されたわけではないため、空っぽの王宮の警備はネズミ一匹漏らさぬ体制でつづけられているはずだった。

 皇帝一家はここにおらず、政治にも関わらないが、この帝国を所有するのは依然として彼らの一族なのである。

 ひとっこひとり、衛兵の影も見えないのはおかしい。

 時が止まったような静けさに満ちた、この一帯の空間そのものが異質だ。


「いつのまにこんなことを。俺のためにこんなに大仰な罠を? ……素晴らしい歓迎だな」

「嬉しそうに笑わないでよ、ダニエル……。まあ! 本当にコボルトだらけ! あんなにいると気味が悪いわ……」


 ファサードの上にひしめくコボルトたちは、片眼鏡を外すと見えなくなる。けれどミヒャエル門から立ち昇る瘴気のような闇の気配は、すでに警官たちの無力な目にさえ不気味な黒い霧として捉えられていた。


「行こう」


 ダニエルはミヒャエル門の中にあっさりと入っていく。


「フロイライン、じゃあコレでも持っといてくれねえか。ガキの頃からぶら下げてるオレの御守りなんだが」


 門をくぐりながらトリスタンがタイロッケンコートのベルトから神像飾りの鎖を外した。銀製の神像——十二の顔を持つ神の、第四の表情が彫り出されている小さな像だ。第四の表情は、愛をあらわす。


「ありがとう。頼りにするわ」


 王宮を禍々しい闇に沈めるデモンの力。デモンと神は同じものだとダニエルは言っていた。けれども神像の愛の表情は不思議とコンスタンツェの心を落ち着かせた。


「左が馬場、右が皇帝一家の部屋のある宮、左の奥が礼拝堂と宝物管理庫だ」

「ダニエルって墓地から王宮の中まで詳しいのね」

「てめえ、夜な夜な不法侵入でもかましてんじゃねえだろうな」


 ダニエルは無言で歩きつつ、焦茶色のフロックコートから、じゃらりと無数の鍵がぶらさがった輪っかを取り出した。

 迷いなく寄っていった建物の鉄扉を鍵の一つで開錠すると、奥に待ち構えるどろりとした闇に身体を滑り込ませる。


「おいおいおい、ちょっと待ちやがれ。てめえ、マジでここがどこだかわかってんのか。そんな便利なブツ、どこの闇オークションにかかってやがった……」


 ごちゃごちゃ煩いよ、とでも言うように片手を閃かせてダニエルは闇の奥へと進む。


 タイロッケンコートのポケットに両手を突っ込み、葉巻を噛んだまま器用に舌打ちしてトリスタンはダニエルの後を着いていく。警官が鉄扉を押さえる。コンスタンツェも

彼らの後から敷居を跨ごうとして、ふと建物に囲まれた中庭をふりかえった。


 夕闇の濃い中庭の向こう側で、白い服の小さな人影が見えた気がした。


「ファオ?」


 遠くの白い人影が、さっと身を翻して走っていく。


「ファオ待って!」


 コンスタンツェは中庭へ向かって駆けだした。

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