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公爵令嬢と環の街の魔石たち  作者: 石川零
3.謎に帰る、探偵
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7.誘拐の謎

「事務所に着いたぞ」


 馬車フィアカーが停止する。コンスタンツェは父の日記帳から顔を上げた。


「ダニエル……」

「何?」

「だって、これ……」


 コンスタンツェの目には涙が滲んでいた。


「たいしたことは書いてなかったな。君の依頼にとっては無意味な別件だ。オデムの件は関わりがありそうだが——」

「たいしたことは、って……そんなこと……そんなことないでしょう?!」


 だがダニエルは淡々とコンスタンツェを馬車からおろす。


「今の俺の最優先は、君の持ち込んだ事件を解決することだ」

「……」


 釈然としないまま、ダニエルの後を着いて事務所に戻る。

 コンスタンツェは先に階段をのぼるダニエルの、ところどころ漆黒のすじに染まる金髪を見つめた。

(あの不思議な力——コボルトたちの呪いの魔力を吸い上げたのは、彼の中に流れる血のせい……)


「でも、ダニエル。あなたがこのまま謎を解きつづけたら」


 我慢できずに話しかける声がかすかに震えた。

 階段の途中で、ダニエルが急にふりかえってコンスタンツェを見下ろした。闇色の瞳に冷淡さを浮かべて段をおりる。身構えるコンスタンツェの腕をとって手摺りぎわに身体ごと押し付けた。


「俺がデモンの血を引いているから怖くなったのか?」


 不安定な姿勢で正面から覗き込まれてコンスタンツェの鼓動が早くなる。

 見たことのないほど冷たく突き放す色をした瞳が間近にあって。

 その瞳の力でダニエルはコンスタンツェをおびやかした。


「ちが——違うわ、ダニエル」


 身体は震えたが、瞳は逸らさない。


「あなたが神でもデモンでも、それだからといって怖くはならないわ。だって最初から探偵ダニエル・バルテルは何だか怖い人だもの」

「最初から怖い?」

「怖いわ。だって探偵だし。いいえ探偵だからって、ほかの探偵はもっと普通に紳士だったわ。むしろ彼らはわたくしのことを怖がってた。ぜんぜん手に負えなさそうなのが来た、って顔をして……」

「そいつらは謎以前に、君の姿かたちに気後れしたんじゃないのか」

「姿かたち? わたくしの姿かたちってどこかおかしいの……?」

「いや。今のは失言だ。忘れてくれ」


 疑念が残ったが、コンスタンツェは言いたいことをつづけた。


「見ず知らずの男の人の家に住んでいるのだって怖かったわ。こういうことをされるかもしれないし」


 上目遣いにダニエルを睨む。

 ふと我にかえったように、ダニエルが手と身体を離した。


「ごめん。……心配されるのに慣れてない」


 心配されていることはわかるのね。


「嘘つき」


 あんなにお優しいお母様がいるじゃない。


「母上は家に置いて振り払ってこられるが、君は……。俺は依頼人を一緒に連れまわしたこともないんだよ」

「わたくしのお父様に言われなくてもダニエルは自分の思い通りに生きているわよね」

「おかげさまで」


 朝からずっとファオを事務所に置いて出ていたので、コンスタンツェはそこから階段を駆け上がった。


「ファオ、ただいま。執事コボルト、〈ティーの国〉ふうのスコーンまだ残ってる?」


 しん、とした居間の中で灰だらけの熾火になった暖炉だけが瞬いていた。


「執事コボルト? ファオ?」


 姿の見えない二人を探して寝室を覗いたが、いない。

 衣装部屋にも隠れていない。


「からかっているのかしら」


 居間に戻ると、ダニエルが骸骨の外套掛けの中から執事コボルトを引っぱり出すところだった。失神した執事コボルトが肋骨の膨らみの中に嵌まっている。


「何があったの、執事コボルト!!」

「コンスタンツェ、机の上を見ろ」


 急いでコンスタンツェは窓際に向かった。

 机の上にいちまい置かれた便箋——。


“ルビーの謎は謎のままにしておけ。代償は死だ。究極の不幸を引き受ける覚悟があるなら王宮に来い、探偵”


「子供の字じゃないわ。ファオは誘拐されたのよ」

「オオ……オ……何がなにやラ……キッチンでティーの支度をしておりましたら急に意識がなくなりましテェ……」

「そういえば鍵がかかっていなかったわ」


 ダニエルが、思案げな顔で衣装部屋に入っていき、ややあって出てきた。

 服を変えたわけでもなく、手にも何も持ってきていない。


「何を見てきたの?」

「いや、何でもない」

「ファオを探さなきゃ。でも——」


 コンスタンツェは便箋を手にしたまま立ち尽くした。

 代償は死。

 謎は謎のままに。謎を解いてはいけない。謎を解いたら不幸になるから……。


「これは挑戦状だ。君の依頼を受けた俺に対する、犯人からの挑戦状だ。犯人みずから正体をあらわしてくれようとしているんだよ。俺が受けて立たないと思うかい」

「ダニエル——でも」


 コンスタンツェはアマーリア皇妃から真鍮の鍵を受け取ったときに、アマーリア皇妃との約束も一緒に受け取った。


「王宮に行く」

「わたくしも行くわ」


 ファオは探偵事務所にいたというだけで事件に巻きこまれたのだ。きっと犯人は邸を放火した者と同じだ。ファオはコンスタンツェの事件に巻きこまれてしまった。すべてはコンスタンツェが謎を解くことを望んだときからはじまっている。

 ダニエルは鹿撃帽を被り直しながら肩をすくめた。


「君が俺を止められないように、俺も君を止められないんだろうな。たしかに、君みたいのはいちばん手に負えない依頼人だよ」

「助手のつもりで行ってあげるわ」

「な——」


 面食らった顔でダニエルが口を開ける。


「ダニエルが言ったのよ。べつにお給金はいらないけど」


 王宮の前に司法庁に寄って誘拐事件を通報しなければならない。ぐずぐずしていられない。三日以内に犯人を捕まえなければ、すべてが迷宮に封印されてしまうのだから。


 コンスタンツェはすれちがいざまダニエルの頭から鹿撃帽を取って自分のドゥンケルに載せながら、事務所から出て共用階段を駆け降りた。

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