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公爵令嬢と環の街の魔石たち  作者: 石川零
3.謎に帰る、探偵
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6.日記の謎

【 これを最後に私は日記を書くことをやめよう。これまで書いた日記帳もすべて火にくべてしまおう。最後の日記帳は、私の罪の記録になる。告白と懺悔をここに記す。しかし今日限り、私も私の罪と悔悟を忘れなければならない。

 私はこれを誰に宛てて書くのだろう。

 私の罪の記録を、誰が読むべきなのだろう。願わくば、この告白を誰も受け取る必要がない未来であってほしい。

 だがもし君が、自分の運命を知りたいと思うなら、君は知るべきなのだろう。




 私には二人の友がいた。

 一人はエリーサ。エリーサべト・マティルデ皇女。美しく気高く聡明な私の親友。

 もう一人はヤハローム。彼もまた王宮の住人だが、皇族ではない。彼の住まいは一粒のダイアモンド。純灰色としか形容しようのない瞳と髪の色をした、私の親友ヤハローム。

 彼は、神だ。




 数えきれないほど私は二人の絵を描いたが、それもすべて焼いてしまった。三人で、のどかな午後を過ごすとき、私は私が見ているものを描かずにいられなかった。私がいつも見ていたもの、それはエリーサとヤハロームの微笑みあう姿や、争いあう姿や、ただ黙って背中合わせに芝の上で温もりを与えあっている姿だ。そこには熾烈で純粋な愛が通いあっていた。

 エリーサとヤハロームは永遠の恋人のように愛しあっていた。




 君はきっとエリーサベト・マティルデのその後の称号を知っているだろう。彼女には皇女として生まれた者の逃れえぬ義務として、隣国の王妃となる未来が定められていた。永遠の恋人たちは恋を諦めなければならなかった。そんなことは可能だったのだろうか。私は恋というものをしたことがない。だからわからない。

 隣国に嫁いだエリーサを追いかけて環の外に出ていったヤハロームの行動が、どれほど間違ったものだったとしても、人ならぬ力を持つ彼を止めるすべはなかった。彼は神であり、人々が良識と呼ぶものに縛られることのない存在だった。




 そして人々の良識が間違いと呼ぶあのことが起こった。

 あの時期にエリーサと私のあいだに交わされた悲痛な手紙もすべて焼き捨てた。嫁ぎ先でのエリーサとヤハロームの逢瀬は誰にも知られることはなかった。一年後にアマーリア王女が生まれたとき、アマーリア王女が不義の子であることに気付く者も、エリーサ以外にはいなかった。

 だが真実はエリーサを苦しめ、日に日にエリーサを追いつめていったのだ。

 彼女は私に助けを求めていた。いいや、違う。これは私の言い訳だ。彼女は、一言も助けてほしいなどとは書いていなかった。彼女は聡明だ。誰にも彼女を救うことなどできないことを、彼女こそが誰よりもよく知っていた。救われない罪の日々はアマーリア王女が生まれた後もつづいていた。『アマーリアを抱きながらヤハロームと過ごす夜の幸福が、私に自死を思いとどまらせてしまう』——手紙にエリーサはそう書いていた。

 やがて隣国から我が国の宮廷にも、エリーサベト王妃に心の病の兆しがあるという噂が伝わってきた。罪の意識がエリーサの心を壊しつつあった。




 私はもう一人、神を知っている。パステルヴィッツ家が代々所有してきたルビーのオデム。聖典が神の顔は十二あるという通り、魔石の神はそれぞれ性格が全く異なる。ヤハロームは情熱と真実に生きる神だが、オデムは冷めた目で現実を眺める神だ。オデムは滅多に姿を現さないが、私たちは……私とオデムはよく似ている。だからオデムは私のもう一人の親友——私は勝手に兄弟のように思っている。私はオデムをルビーから呼び出した。そして頼んだ。この世界に新しい一つのレーツェルを生んでほしいと。




 罪深く残酷なレーツェル。私はその設計者となった。

 『誰にも解くことのできない忘却と隠蔽の魔法をかけるんだ』正式な魔石の所有者として私はオデムに命じた。


 永遠の恋は忘れ去られた——。


 エリーサの記憶からヤハロームの存在は消え、恋の狂気と苦しみから彼女は解放された。アマーリア王女に継がれた純灰色の神の血は、誰にも絶対に解けない〈謎〉として世界に残された。

 オデムの所有者として命じた私だけが、忘却から除外されている。私はこの秘密をこれきり胸の奥に沈め、墓に持っていくつもりだ。




 永遠の恋を殺した罪は大きい。けれども私はもっと恐ろしい罪を犯してしまった。

 結果的に私は親友のヤハロームを殺した。

 怖ろしいレーツェルの代償として、この世界から魔石が一つ消えることになった。

 神に対してふるわれた神の力。それは二人の神の魔力の衝突を意味した。忘却と隠蔽の魔法をかけるためにオデムはヤハロームをねじ伏せ、ヤハロームは渾身の抵抗をしたという。そしてオデムの口から私の名前を聞いたとき、ヤハロームに隙が生じた。


 砕けたダイアモンドを手にしてオデムは戻ってきた。ヤハロームは消失した。『これが俺とお前の罪の証だ、マクシミリアン』

 冷徹に現実を眺める眼でオデムが言った。




 以上が、私がこの世につくりあげたレーツェルの全容だ。これを読んでいる君は、神の血を引く子供。だがそれだけではない。アマーリア王女は姿こそヤハロームの色彩を継いだが、神の力を持たない非力な人間の赤ん坊だ。しかしアマーリア王女の中に神の血が眠っていることは確かで、いつかその血脈の流れの先に、神の力を持つ子供が生まれないとは限らない。私は今、聖典の予言のことを考えている。あの一節にもし、一片の真実が含まれているとしたら。人として神の力を持ち、人々のために全ての謎を解き放つ者がこの世に現れるとしたら——。


 その未来が人間の世界にとって幸福なことかどうかはわからない。しかし、私は今、一つのことだけを願って、この告白を記し終わりたい。

 私が忘却と隠蔽の呪いの淵に沈めてしまった二人の愛……ヤハロームとエリーサの愛の結実である君には、彼らに許されなかった道を歩いていてほしい。忍ぶことも曲げることもなく、自分のままに、自分の生きたい人生を生きてほしい。

 真実の記憶を亡くしたエリーサの代わりに、私は神の末裔である君の真実の人生を祈る。




         マクシミリアン・カール・フォン・パステルヴィッツ 】

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