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公爵令嬢と環の街の魔石たち  作者: 石川零
3.謎に帰る、探偵
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5.墓地の謎

 ポルツィア宮から帰る馬車フィアカーの中で、コンスタンツェはもぞもぞと落ち着かなかった。

 気がつくと端っこのへりに身体を寄せている。


「落ちるぞ」


 と言われてダニエルの隣に戻るのだが、気がつくとまた端っこのへりに寄っている。後方に流れていく地面がよく見える。


「コンスタンツェ。変な意識をするな。次に車輪が石を噛んだら確実に落ちるぞ。ったく、引っぱらなきゃならないのは俺じゃないか……」


 ぼやきながらダニエルは無理やりコンスタンツェの胴を抱えて引きよせた。


「っ、なっ……」

「意識するなってば。俺は君の婚約者じゃない。君の家も俺の家も、それどころじゃなく大変だったからな」

「あなたの家にも何かあったの……?」


 ダニエルの家。まず間違いなく貴族……それもパステルヴィッツ公爵家につりあう家柄の貴族だが、世間知らずのコンスタンツェには見当もつかない。


「それはこっちの話だ」


 そう、と言ってコンスタンツェは小さくなる。

 どうしても落ち着かない。

 街の景色を眺めて話を進める。


「〈消えたダイアモンド〉の謎をあなたはもう知っているみたいね」

「ああ。つい先日に仕入れた謎だ」


 真鍮の鍵はまだ手の中にある。

 いったい何の鍵なのだろう——。


「わたくしのお父様があんなことにならなければ、ダニエルがそれを知りたくなったらお父様に直接聞きに行けば済むことのような気もするけれど……」

「公爵は、今生きていても七十ちかいだろう」


 記憶は薄れる。記憶は不正確になる。不慮の死もありえる。ダニエルがその謎を解きたがるかどうかは、ダニエルの成長を待たねばわからない。


「だが俺が謎を解きたがる者になるだろうと、公爵は少なからず予期していた……?」


 腕組みして顎先をこぶしでつっつきながら考え込むダニエルの横で、コンスタンツェは真鍮の鍵をためつすがめつ観察していた。


「何か彫ってあるわ」


 まっすぐ伸びた軸の部分に、小さな小さな字で言葉が刻まれていた。


Ende(おわり)


「終わり——、ってどういうこと」

「墓だな」

「えっ」


 あまりに早い推理の根拠を疑ってコンスタンツェはダニエルを仰ぐ。


「コボルトが悪戯で物を隠すときはとんでもない場所にレーツェルを仕掛けたりするが、人が物を隠すのはたいてい家か銀行か、土の下だ。焼失したり引っ越したり、潰れたり、ということが、墓地にはほとんどない。二度と目覚めさせたくない秘密を封印するには墓がうってつけだ」


 ダニエルは辻馬車の行き先を変えさせた。「中央墓地へ行ってくれ」


◇ ◇ ◇


 インネレシュタットの環から少しはみでた郊外に、中央墓地はある。

 整然と区画整理され、樹木や花々に彩られた安住の庭園墓地には、著名な音楽家や政治家や英雄、市民そして貴族たちの個性豊かな墓所が立ち並んでいる。

 探偵はこの墓地の碑銘をすべて記憶していた。


「ここがパステルヴィッツ公爵家の区画だ」


 石枠で囲まれた土面に蔦植物がみずみずしく蔓延る、その向こうには、三枚の額縁を横に連ねて屋根をつけたような石碑が建っている。中央の額にはパステルヴィッツ家の始祖の胸像が安置されていた。右がわの枠内には埋葬された死者の名が彫られている。そこに祖母と両親の名前はない。コンスタンツェは寂しげな祖父の名前を指先で触れてなぞった。

 ダニエルが左がわの枠の前に立って、そこに刻まれた装飾文字を読んでいる。

 書かれているのは聖典の一説だ。


〈汝、謎を解くことなかれ。御神の許可なく謎を解く者に災いあり。謎は魔の罠なり。されども人々よ、希望を捨てるにあたわず。いずれこの地に御神の降臨ありて、すべての謎を解き明かしたもう。すなわち、真の光に照らされし完全世界の到来なりけり——〉


 ところどころ苔に隠れた石の表面を指で探る。


「文字の中に小さな孔がある」


 任意の文字を拾いながらダニエルの指先が緑むす苔を払っていく。


「文章の中に最初に出てくるアルファベット二十四文字のすべてにある。鍵穴だろう。おそらく一つの言葉の綴りのとおりに鍵を回していくと、仕掛け扉が開く仕組みだ」


 当然、どれかひとつでも回し間違えると、隠されたものに辿り着けない。


「間違えれば仕掛けじたいが破壊されるようになっているはずだ、こういうのは」

「言葉を間違えたらたいへんよ」


 不安になるコンスタンツェの前でダニエルはごちそうを前にした健啖家みたいな表情を浮かべていた。


「コンスタンツェ、鍵を」


 差しだされた手にコンスタンツェは真鍮の鍵を渡す。


「y」


 孔に差し込まれた鍵が、かすかな音をたてて回った。


「a」


 ダニエルは迷いなく二つめの字を選んだ。


「h」


 それから最初の「a」に戻って、


「l」

「o」

「m」


 足元で、カチ——という音がした。


 注目して少し待っていると、自重で押し出されるように土台の石レンガが手前に倒れた。小さくぽっかりとした空洞が現れる。ダニエルがしゃがんで空洞に手をつっこんだ。肘まで差しいれて上のほうをまさぐり、探り当てたものを掴み出す。


「これだな」


 油紙にくるまれ、麻ひもで結わえられた包みだ。


「開けるよ」


 ダニエルがコンスタンツェの目を見て確認した。


「いいわ」


 それはコンスタンツェの父がここに隠したものだが、宛てた相手はアマーリアの子供であるダニエルだ。


「本——いや、日記帳だ」

「お父様の?」


 何重もの油紙の中から出てきた革表紙の日記帳を裏返して、金刺繍のサインをみとめる。


「パステルヴィッツ公爵の日記帳だ」

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