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公爵令嬢と環の街の魔石たち  作者: 石川零
3.謎に帰る、探偵
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4.神とデモンの謎

「ルビーの指環? それならあたくしも見たことがありますわよ。そう……あたくしにパステルヴィッツ公爵は、こんなことを仰っていたわ。『この指環は私のもう一人の親友なのです』って。奥方様が嫉妬なさるから、ご結婚後は身につけないようになさったみたいですけれど」


 コンスタンツェの父をよく知るアマーリア皇妃は、思わぬところに存在した貴重な証言者でもあった。

 ルビー。

 コンスタンツェは想像の中でルビー色のパステルを手にする。


「管理目録にはルビーの指環はないな。同じ形の指環はひとつもない。遡っても載っていないから、売却されたわけでもない」

「奪われた宝物はルビーなのね」


 想像のパステルで記憶の肖像画を完成させる——。


「財産の目録に記載できない指環と言ったら、魔石と考えるのが自然だな……」

「魔石?」


 ファオにもそんなことを言って虐めていたけど……。コンスタンツェは管理目録の書類を手に〈野ばらの間〉を歩きまわるダニエルを、目で追いかけた。

 さっきまで四重奏団がいた場所でダニエルがふりかえる。

 その闇色の瞳が、見知らぬ誰かのように冷たく煌めいた。


「魔石というのはデモンが宿る石のことだ。はるか昔、環の中の街に墜ちてきたデモンは十二人。彼らの強大な力を抑えることができる物質は、この地上では十二種類の貴石だけだった。彼らはそれぞれみずから選んだ石の中に宿り、存在を安定させた」

「十二人の、デモン……?」


 まるで……まるで現実に生きて存在するものを語るようにダニエルはデモンを語った。いや、デモンは存在する。神が存在するようにデモンもまた存在する——。コンスタンツェだって信じていないわけではない。だけど。

(確かにわたくしもコボルトが視えるようになったわ。でも……)

 コボルトは低級の魔——妖精だ。だけどデモンはもっと恐ろしいものだ。この世界を闇に沈めようとする力……人間を謎の罠に嵌め、この世にどんどん不幸を呼び込む魔物だ。この世界に起こりうる最大の不幸は、滅びだ。

 この世に滅びを招く恐ろしいデモンが、執事コボルトみたいに身近に存在してきたというの……?


「公爵は『もう一人の親友』と言ったんですね。それはきっとルビーの魔石に宿るオデムのことだ」

「お父様が、デモンを所有していたと言うの? 滅びの魔物と友達だったと言うの? そんなこと、あるはずがないわ!!」

「コンスタンツェ」


 ダニエルは、めずらしく根気強くコンスタンツェの混乱につきあってくれた。


「俺はぜんぜん教会礼拝に行かなくなって久しいけど、どうせ教会の教えは相変わらず羊の反芻みたいに百年変わらぬ一言一句をもぐもぐ噛みしめているだけなんだろう? ハルトヴィン司祭じゃなくても聖典の第一章第一節くらいは暗記しているんじゃないか? そこに、神の顔はいくつあると書いてあるか言ってみてくれ」

「“我らを見守りたもう御神の顔は十二あり——” ……十二?」


 数の符合。でもそれが何?


 ダニエルの端正で美しい顔に意地悪な微笑みが浮かぶ。

 アマーリア皇妃が呆れる溜息とともに呟いた。


「身も蓋もないことを暴露するのが昔からあの子は大好きなのよ。夢のない子ね」


 人々の後生大事に崇める謎を白日の元に暴きたてるのが快感でたまらないという顔でダニエルが言った。


「神とデモンは同じものなんだよ、コンスタンツェ」


◇ ◇ ◇


 コンスタンツェが世界の抱える最大の秘密に頭を混乱させているあいだ、アマーリア皇妃は侍従にもう一つのパステルヴィッツ公爵ゆかりのものを持ってこさせた。

 小さな真鍮の鍵だ。それはアマーリアが結婚するとき、パステルヴィッツ公爵から祝いの品々とは別に渡されたものだ。


「『あなたのお生みになるだろう御子がもし、〈消えたダイアモンド〉のことを知りたがったら、この鍵を渡してください』とおっしゃったの。あたくしには〈消えたダイアモンド〉の意味も、これが何の鍵なのかもわからなかったわ。今でもわかりません」


 「消えたダイアモンド……」ダニエルが小さく呟いた。

 息子のその様子を観察して、アマーリア皇妃はやや懸念を感じたように首を傾げる。


「でもダニエル、おまえが探偵などというものになったとき、あたくしはパステルヴィッツ公爵の言葉にはやはり大切な意味があったらしいと気付いたわ。おまえが消えたダイアモンドのことを知りたがるまでは預かっておこうと思いましたが、これはパステルヴィッツ公爵の形見でもあります。あたくしはコンスタンツェさまにこの鍵を預けます」


 コンスタンツェは顔を上げた。


「本当はね、ずっとダニエルにはこの鍵を渡したくないと思ってきたの。母親の勘なのかしら。あまり気持ちのいいものではない気がするのよ。レーツェルの呪いが怖いという意味ではなくて、もっと……」


 表す言葉が見つからないように口をつぐみ、アマーリア皇妃はコンスタンツェを見た。


「コンスタンツェさま。貴女なら、暴走機関のダニエルよりも賢く物事を見てくださると思うの。この子が崖から落ちないように、手を引いていてやってくれないかしら」

「母上! 余計な世話です。コンスタンツェは穴倉から出てきたばかりの世間知らずなんですよ」

「ええ、コンスタンツェさまは自分の力で闇の内側から〈謎〉を解き、外に出てきたのよね」


 アマーリア皇妃がいたずらっぽく微笑んでそう言うと、ダニエルが言葉を失った。

 すかさずアマーリア皇妃は真鍮の鍵をコンスタンツェに握らせる。

 父の形見を手の中に見つめて、それから父の友人であるアマーリア皇妃を見つめて、コンスタンツェは瞬きながら、言った。


「それにしても、何だか不思議です。ダニエルのお母様から、わたくしの家族の話が聴けるなんて」


 アマーリア皇妃は扇をひらいて何やら可笑しそうな口元の表情を隠した。

 けれども灰青のまなざしはきらきらと内緒話の楽しみに輝いている。


「偶然が多いと思う? でもね、偶然というわけでもありませんのよ。インネレシュタットの狭い環の中の、さらに狭い界隈でつながっているあたくしたちなのだから。そもそもダニエルが生まれて、それからまもなくパステルヴィッツ公爵がご結婚なさったとき、夫が言ったわ——『もしパステルヴィッツ公爵家に姫君が生まれたら、ダニエルの嫁にもらおう』って」


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