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公爵令嬢と環の街の魔石たち  作者: 石川零
3.謎に帰る、探偵
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2.指環の謎

 だが次の朝、まるきり同じことが繰り返された。


「何だっていうんだ、このガキ……!」

「僕は(ファオ)だよ」


 長椅子の上でファオは両手を腰にあてて胸を張る。

 出勤早々、ダニエルの金と漆黒のまだらの髪はぐしゃぐしゃに掻きむしられて乱れた。


「ガキにかかずらってられるか。コンスタンツェ、例の件は思い出せたか?」

「いいえ。だから、こんなものを描いてみたのだけれど……」


 居間の隅の書棚に挟まっていたスケッチ帳に、コンスタンツェは木炭で、思い出せるかぎりの“宝物”を素描していた。

 乳母のヒルダがパステルヴィッツ公爵邸から少しずつ持ち出して宝物庫に保管していた公爵一家の形見だ。


「記憶をそのまま描き写しているの。宝物庫で見たものをぜんぶ。宝物庫のものも火事で焼けてしまったから、記憶しか頼れるものがないわ」


 まず、〈特別な日の星座の食器セット〉だ。

 そして〈星座の食器セットが入っていたケース〉。

 〈コンスタンツェの総レースのゆりかご〉。

 〈お母様のイニシャル入りの裁縫箱〉これは銀製で、真珠が幾つも嵌め込まれていた。

 〈お母様の婚礼衣装〉。

 〈お父様のスキー板〉。

 〈お祖母様の登山靴〉お祖母様はとても山登りが好きだったそうだ。


 それから三枚の肖像画——


 〈茶色い髪の優しそうな青年〉青年時代のお父様だ。

 〈金色の髪のいたずらそうな瞳をした少女〉少女時代のお母様。

 〈生まれたての赤ん坊と母親を中心にした四人の家族〉。


 居間の奥の机の抽斗からダニエルが木箱入りのパステルを発掘してきてコンスタンツェに差し出した。

 二十四色のパステルでコンスタンツェは素描に色をつけていった。

 傍らからダニエルが家族の肖像を覗き込む。


「この赤ん坊はドゥンケルの虹彩だから君だな。パステルヴィッツ公爵はずいぶん年寄りだ」


 確かに若い感じではなかったけれど、しわしわの老人を描いたつもりはない。四、五十代くらいだったはずだ。


「あー、パステルヴィッツ公爵って結婚するの遅かったよね! 孫がいてもいい年で令嬢が生まれたんだよねー」


 執事コボルトの両手を取ってぶんぶん振りながら、ファオが甲高い声で叫ぶ。


「たしか、親友がものすごい純愛を見せつけてくれたから、理想が高くなっちゃって婚期が遅れたそうだよー」


 床におりてファオはワルツを舞うように回転しながらぐるんぐるんとコボルトを振りまわした。


「ア〜アア〜目がまわりまス。目が、目がまわりますヨオ〜オ〜〜」


 はっとしたようにダニエルがファオを見る。


「おまえ、何故コボルトが視えるんだ?」


 さっとダニエルは立ち上がった。逃げるファオを追いつめて捕まえ、問答無用に抱えあげると、王子様仕様の上着の内側からブーツのつま先まで、ぎゃーぎゃーと叫ぶファオの全身を探る。


「魔石……高価な色石をどこかに持っているんじゃないか? どこの貴族の息子だ」


 くすぐったさと恐怖感にきゃっきゃと騒ぎつくして引きつけの発作寸前まで興奮したあと、絨毯におろされるなりファオはお決まりのセリフを返した。


「息子じゃなくて、(ファオ)だよ」


 ダニエルが、優雅だが凄みのある闇色の瞳でファオを睨みつける。と、ファオも、高貴だがあどけない青色の瞳でダニエルを睨みあげる。

 火花を散らして睨みあう二人。


「指環……そう言えば、お父様の指には指環が嵌められていたわ」


 コンスタンツェは二十四色のパステルを得て、奇妙な集中状態にあった。

 おぼろげで霞を掴むようだった記憶が、ボンボンの包み紙を剥がすようにあざやかな色彩をよみがえらせていく。

 母の肩に置かれた父の人差し指に、銀色の環を描き足した。四角張った土台におさまっていた石は……。

 ダニエルがファオとの我慢比べをあっさり切り上げて、ふりかえった。


「何色だった?」

「それは……暗かったから、色までは……」


 パステルの二十四色の上をコンスタンツェの指がさまよう。迷った末に、木炭を手にする。


「形はこんなふうよ、ちょうど、ハルさんがしているルビーの指環と似ていた。似ていた、っていうより、そっくりだった気がする」

「あの指環か」


 探偵の観察眼はハルトヴィンの指環を見逃していなかった。

 ダニエルが、あさっての方向の窓の外へと視線をやって、首をひねる。


「ルビー……オデムか。ありえるが、あのルビーから魔石の気配はしなかった」


 そう呟いた。


「何の話をしているの? 魔石って? オデム……って、誰かの名前?」


 問いかけにふりかえったダニエルは、一瞬ためらうようにコンスタンツェをじっと見つめた。そして首を振った。


「魔石を探しているのは俺だ。犯人は、ただ希少なルビーを手に入れたかっただけかもしれない。今そのルビーはコネ司祭が所有している、と仮定してみよう」

「でもそれって」

「十七年前はコネ司祭もガキだよ。今でも頭の中身は神を信じてるガキそのものだけどね。やはり怪しいのはボダルト議長だな。ウルリヒ・ボダルト。民主議会議長。二十年前は市民議会権利拡大運動の先鋒だった」


 急に難しい方向に流れていく話に、コンスタンツェは眉をよせる。


「パステルヴィッツ公爵は市民議会の権利拡大には賛成だったが、王から民主議会への政治権移譲には反対していた。貴族の大部分は反対派だった。パステルヴィッツ公爵は大物だが、彼を殺すことでウルリヒ・ボダルトが得をしたか……? いや、意味がない。疑惑が生まれるだけ損だ」


 ダニエルは腕組みして小さな居間を歩きまわった。


「運動の資金源として希少なルビーを狙った? それなら速やかに換金するはず……」


 独りで呟きながら推理を進めていく。


「ねえ、本当にルビーかどうかわからないわ。わたくしの記憶違いかも……」


 〈午前のティー〉を運んできた執事コボルトを蹴飛ばしそうになりながらダニエルがコンスタンツェを見返った。


「パステルヴィッツ公爵家の財産管理は、一家消失のあとしばらくは相続人選定の混乱と〈謎〉に近づきたくない忌避感から空白期間があったようだが(そのあいだに君の乳母がいくつかの忘れ形見を持ち出した)、傍系親族たちの相続争いを見かねた〈善意の第三者〉が管財人を引き受けたんだそうだ」

「初耳だわ」


 パステルヴィッツ公爵には兄弟も従兄弟もいなかったため、一家消失のあとで〈ことなかれ教会〉に聖別免状を申請する者もなかったとヒルダから聞いた。

 コンスタンツェは爵位や財産を継ぎたいわけではない。家族の悲劇の理由を知りたいだけだった。だから昔の邸の権利とか銀行預金残高などには気がまわらなかった。


「俺も昨日の夜、とある人から聞いて驚いたんだ。とある人、というのは〈善意の第三者〉本人なんだが」


 コンスタンツェは唐突な展開に驚いて身を乗り出した。


「それはどなたなの?」


 少し困ったように前髪に片手をつっこんで額を押さえ、ダニエルが言った。


「俺の母だ」


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