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第4話 初めての顔


「マスター、寒くはありませんか?」


 森の中の開けた空間で石に腰掛けていると、女の子が火を起こしてくれた。


 集めた木の枝を銃みたいな物で撃つと、すぐに火が点いて燃える。


「はい、寒くはないです……」


 焚き火に当たりながら、あたしを助けてくれた女の子に答える。


 この土地がどんな気候なのか、今の季節はいつなのか、何もわからないけれど、それ程寒くはない。


 春か秋か……そんなくらいの気温だと思う。


 黒髪のポニーテールで少し耳が尖ったその子は、頻りにあたしのことを気に掛けてくれた。


 日本人ではないけれど……現地の人とも思えない。


 歳は十八のあたしよりも若そうだけど、服装はピシッとした黒のメンズスーツとネクタイだ。


 顔立ちはかわいいのに、凛々しい雰囲気が出ている。


 でも、気になるのはその呼び方だ。


 マスター……。


 あたしのことをそう呼ぶ者に心当たりはあるんだけど……。


 その可能性はあり得ない。


 だって、それは人間じゃないから。


 ガサガサと森の茂みを揺らす葉ずれの音が聞こえる。


 女の子は、あたしをかばうような位置取りで銃を構えた。


 座っていた石から立ち上がって、いつでも動けるように警戒する。


「はぁ~、アイちゃんただいまぁ。やっと帰ってこられたよぉ」


 茂みから出てきたのは、白っぽいゴスロリ服を着た女の子だった。


 歳は、アイと呼ばれた子よりも更に若く、金髪のツインテで……耳が尖っている。


「お帰りなさい、マイ。マスターは無事です」


「良かったぁ! マスターに会えて嬉しいよぉ~」


「うわぁ」


 マイと呼ばれた子が、じゃれつく猫のようにあたしに抱きついてきた。


 ふわっと良い香りがする。


「こらっ、マスターはお疲れなんだ、止めないか!」


「えー、アイちゃんもこうしたいくせにぃ」


「ははは……」


 アイという子は、マイという子を引きはがして焚き火の前に座らせた。


 あたしも元の石に座り込む。


「では、マスター。現状の確認から行います」


 何か話し始めるみたいなんだけど、その前に確認しておきたいことがあった。


「あの……二人は……その、アイとマイなの?」


「はい、アイです」


「マイだよ~」


「…………」


 こんなことがあるなんて……考えもしなかった。


 自分は、何も持っていないと思っていたけれど、それは間違いだ。


 この二人……アイとマイは……あたしがプログラムしたAIと同じ名前だった。


 あるときを境に、突然しゃべり始めた二人の声ともそっくりだ。


 アイとマイという名前、マスターという呼び方、同じ声……。


 他の可能性を考える方が難しい。


「どうして、AIだった二人が……その、人間になっているの?」


「何故……と、言われましても……」


 アイが困惑したような顔をしている。


 困惑しているのはこっちなんだけど……。


「マスターがぁ、アイちゃんとマイを持ってきたんでしょ?」


「持ってきた?」


「こっちの世界にくるときにぃ、何か持ってこれるでしょ? マスターはマイ達を持ってきたんだと思うよぉ」


「…………」


 何を持って行きたいか、夢の中で聞かれたのはわかるけれど……。


 あたしは、多分、AIって答えたんだ……。


「良く持ってこられたなぁ……」


 最悪、何も持ってこられないか、プログラムの入ったハードディスクとか渡されていたかも知れない。


「では、改めて、現状の確認を行いたいと思います」


「はーい、続けてくださーい」


 アイは真面目で、マイは奔放。


 モニターで見ていたときのままの性格だ。


「マスターは、自宅ベッドの上で寝ていた。これは間違いありませんか?」


「うん、寝ていた。間違いないよ」


 これが夢なんだとしたら、まだベッドの上なんだろうけれど。


 むしろその方が辻褄が合うくらいだ。


「マスターは間違いなく寝ていました~。マイが断言します」


「どうしてマイが断言するのですか。気持ち悪いですよ」


 こうやって言い合いをしているのもAIだった頃のままだ。


 なんだか、親が子を見るような気持ちになってしまう。


「そして、先ほどの街……ここから三キロほど先にある街ですが……数十万人規模の人がおり、その中には人間ではない異種族もおりました」


「マイはエルフを見たよ。見せ物のモンスターみたいなのも見た。あと魔法も」


 魔法……少しだけ覚悟はしていたけれど……。


「つまり、今の状況は……異世界転移と言われる状況が近いかと思われます」


「近いというかぁ、ほとんど確定じゃないかなぁ?」


「異世界転移か……」


 自分が眠りにつく前の世界情勢を考えてみても、あり得ない話じゃない。


「いえ、他の可能性としては、本の中に入ってしまったとか、他の惑星に来てしまったとか」


「あんまり変わんないかなぁ」


 まぁ、検証のしようもないかも知れない。


 しても仕方がないけど。


「それと、もうひとつ気になることがあります」


「マイ達の他にもぉ、大勢の人が転移して来てるって事だよねぇ」


「そうです。多くの日本人の存在を確認しました」


「あたしも、それはたくさん見ている。それと、日本に住んでいた外国人の人も来ていた」


 肉を焼いていたアイスランドのおじさん。


 日本人ではないけれど、日本に住んでいた人だ。


「おそらく、失踪してしまった人たちだと思われます」


 あたしが眠りにつく前、世界中で失踪事件が起きていた。


 あたしの周りには、もう人がいなかったくらいの状況だ。


 まさか、失踪した人たちが異世界転移をしていたとは思わなかったけど……。


「つまり、60億人総転移の可能性もあると」


「今見た限りですが、幼い子供や老人の姿はありませんでした。まだ判断は下せませんが、たまたま街にいなかったということがなければ、年齢制限のようなものがあるのかも知れません」


「この街には日本人ばっかりだったからぁ、住んでいた地域によって転移された場所が違うのかも知れないね~」


 アメリカ人はアメリカ人でまとまった場所にいるみたいなことだろうか。


 中国とかインドとか、人口の多い国はすごいことになってそうだ。


「しかし、日本だけだったとしても、いきなり一億人も人が増えて大丈夫なのかな」


 異世界の事情を心配しても仕方がないけれど、気になる。


「我々の世界だと、ロンドンが十八世紀頃には百万人を超える大都市でしたが、この世界はもう少し前の時代のように見えます」


「古代ローマの時代に百万人なんだからぁ、そんなの当てにならないよ~」


「む、それとそこの街には城壁がありませんでした。人口増加には比較的柔軟に対応出来るのかも知れません」


 行きすがら見たけれど、街の周りには農地が広がっていた。


 場所によるんだろうけれど、城塞都市みたいなところでもなければ、こんな感じなのかも知れない。


 食糧は、配給があって余裕そうだった。


 人口を支えられる食糧があれば、人はどんどん増えるって習ったことがある。


 まぁ、こんな形で増えるとは、現地の人も思ってなかったかも知れないけど。


「自分が調べた限りでは、初めに転移者が来てから数ヶ月経っているようで、我々は後続という形になります」


「あー、それでか」


 アイスランドのおじさんが、出遅れてるって言ってたのはそれだったんだ。


 もう、様々なことの形が、ある程度決まってしまっているのかも知れない。


「マイが調べた感じぃ、すでに転移者の中にも死者が出ているみたいだよぉ」


「危険ですね、今は街には行かない方が良いかも知れません」


「食糧や通貨なんかはぁ、アイちゃんとマイで手に入れてくるよ~」


「でも、それじゃあ二人が危険なんじゃ」


 あの跳躍力を見た限り、少なくともアイの身体能力は普通の人間とは違う。


 銃を持っているのも有利だろうけれど……。


「ご心配ありがとうございます。ですが、自分とマイはそもそも生命活動に重きを置いていません」


「死ぬっていう感覚に恐れはないかな~」


 そういうものなのか。


 でも……。


「二人が死ぬところなんて、見たく無い」


 アイとマイが少し感動したように目を潤ませている。


「わかりました、我々は死にません。お約束いたします」


「マスターが悲しむことはしたくないからぁ、約束するね」


 約束はしてくれたけど、危険が無くなるわけじゃない。


 あたしも、足を引っ張らないようにしなくちゃ。


 二人のことは心配だけど、あたしに出来ることは少ない。


 その無力感に襲われながらも、一緒にいてくれる人がいる安心と温もりを感じていた。


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