第3話 理不尽な問いかけ
「なにか売るものは無いか? まともな職にもありつけるぞ?」
食糧の配給が行われているすぐ近くで、兵士達が声を上げ始めた。
カウンターを置いて、臨時の店みたいなものを開いている。
何をしているのかわからないあたしは、それをしばらく眺めた。
「…………」
誰も利用しないそれは、見ていてもなんだかわからない。
何かの買い取りをしているようだけれど、まさか……。
あたしは、近くにいる学生服を着た男の子に声をかけてみた。
「すみません、あれって何をしているんですか?」
「え、あれですか……って、宮月真純さん!?」
男の子が驚いたように声を上げる。
周りの人も、あたしの方に視線を向けていた。
「あ、ええ、まぁ……」
じりじりとした居づらさを感じるが、ここは我慢だ。
あたしから声を掛けたんだし。
「こっちの世界に来るときに、何かひとつ持ち込めるのは知っていますよね?」
やっぱりそうなのか。
あたしは何も持っていないけれど……。
「あんまり詳しくなくて」
「知らないんですか? あの人達は、それを買ってくれる人たちです」
持ち込んだ物をお金に換えてくれるということか。
それで当面の生活を補ったり、商売を始めたりするのかも知れない。
「役に立つ物なら、家を買って、何年も生活できるくらいのお金で売れるらしいですよ」
「そうなんですか……ありがとうございます」
男の子にお礼を言うと、端の方に移動しながら残りのクラッカーを食べ進めていく。
自分は何も持っていないけれど……夢の中で、何を持って行きたいのかと聞かれたことを確信した。
まさかとは思うけれど、答える前に目が覚めてしまったとかじゃないよね。
「…………」
ずるい……。
理不尽さを感じる。
どうして、あたしは何も持っていないんだろう。
そりゃあ、あたしが、そんなに役立つ物をパッと思い付くとは思えない。
例え何かを持って来られたとしても、あまりいい物ではないだろう。
今、この場で考えても、何を持ってくれば良かったか思い付かないくらいだ。
でも、それでも、自分で選んだものなら、あきらめがつくというものなのに……。
あたしが、一人で悶々としていると、中年男性の兵士がこちらの方に歩いてくるのが見えた。
なんか嫌だったので、それを避けるように横へ移動していく。
「こらこらっ! そこの女! お前だ! 話があるっ!」
そこの女って誰? あたしなの?
端の方に寄っていたため、周りに人は少ない。
兵士は、真っ直ぐにあたしを見ながら近づいてきた。
「…………」
波紋が広がるように、あたしから人が遠ざかっていく。
さすが日本人……触らぬ神に祟り無しって感じかな。
すごい嫌な予感がするけど、この兵士の人も外国人には違いない。
外国人との話は、取りあえず天気の話から始めるのがベターなのだ。
あたしは先手を打って、こちらから話しかけていった。
「は、ハーイ、今日は良い天気ですね」
ここの国の人は、どんな特徴があるんだろうか。
見た目はウクライナの人がアルゼンチンに移民したみたいな感じだけど……。
どんな話が好きなのかは、リサーチ不足だ。
「は? 天気? 何を言ってるんだお前は」
あれ? この国の人は天気の話が苦手なのかな?
万国共通の話題だと思ってたんだけど、リアルは簡単じゃないな……。
「天気なんてどうでもいい。それよりも、君は有名人らしいじゃないか」
「うっ……そんなこと……ないです」
誰かがチクッたんだな。
この世界の兵士が、あたしのことを知っているはずがない。
周りから、ヒソヒソと話し声が聞こえてくる。
何を話しているのかはわからないけれど、きっと気持ちのいい話じゃない。
「有名人は、中々変わったものを持ち込んでいることが多い。君は何を持ってきたんだね?」
「いや……それが……」
「配給を受けているということは、生活も楽じゃないだろう、物によっては高値で買い取ることもできる」
善意なのか、それともノルマでもあるのか、割とグイグイ来る人だ。
困ったけど……嘘を吐くわけにもいかない。
「な、なにも……持ってきていません……」
「いや、そんなはずはない。必ず何か持ってきているはずなんだ。隠すほどの物なのか?」
「いや、ホントに……」
「ふむ……」
中年の兵士は、あたしのことをジロジロと睨め付けてくる。
何かを持っていないか、観察してるんだろうか。
「これは本当に何も持っていないな、飛んだ有名人もいたもんだ」
そう言い残して、中年の兵士はカウンターの方に戻っていった。
あたしは、ホッと胸をなで下ろす。
持っていない物を、なんと言われても売りようがない。
「何も持っていないんだって」
周りのヒソヒソ声が大きくなっていく。
「金も肩書きも役に立たないな」
「どうやって生きていくんだろう」
考えないようにしていた不安が脳裏をよぎる。
これからどうすればいいのか。
どうやって生きていくのか……。
「いや、でも、やっぱりおかしくない?」
「何がおかしいんだ?」
「何かしらは持ってきているはずでしょう?」
持ってないんだって。
そんなにヒソヒソと話さなくても良いよ。
あたしは、胸の中で語気荒く言い返す。
兵士達も同じ事を思っているのか、あたしの方を見て何か話している。
理不尽だ……なんかずるい……。
「…………」
ここにいるのはやめよう。
配給を受け取ったのだから、もう離れた方がいい。
なんとなく、人恋しいというか、同郷の人と一緒にいたい不安があったのか。
あたしは、広場から離れるように歩き始めた。
「おっと、お嬢ちゃん、俺たちも話があるんだけどよ」
「えっ……」
ガラの悪そうな男たちが三人、あたしの方に寄ってきた。
現地人だと思う。
「アンタ有名人なんだってな? うちで雇ってやるから来いよ。物がないって事は能力持ちなんだろう?」
能力持ち……?
その説明を聞きたい気もするけれど、あまり関わりたくない人たちだ。
お誘いは辞退させてもらおう。
「いえ、結構ですから……」
「向こうで良い暮らしをしてたヤツを高く買ってくれるところもあるんだぜ?」
高く買う? 人を?
あたし、誘拐されるの?
思わず助けを求める視線を周りに向けるが、日本人達は見て見ぬ振りを決め込んでいた。
こんな知らない土地で、厄介ごとに巻き込まれるのはゴメンだって、もちろんわかるけど……。
こういうのを取り締まるはずの兵士達も、助けてくれる素振りはない。
駄目だ……なんとかして、自分で逃げよう。
「すみません」
あたしは、ごろつきを振り切るように、早足で去っていく。
「ちょっと待ちなよ!」
「あっ!」
あたしは、強引に手を掴まれて引き寄せられた。
男のゴツゴツとした指の感触が腕に食い込んでくる。
誰か……誰か……。
助けて、怖いよ……!
掴まれている身体をジタバタと暴れさせる。
「獲って食おうってんじゃないんだ! 大人しくしなよっ!」
「い、いやっ、助けてっ」
「コラッ! 暴れんなっ! 話を聞けって言って……」
「いやっ、いやっ! 誰かっ!」
怖い……怖いけど……。
周りの人は……誰も助けて……くれ……。
「マスター!」
響き渡る声と同時に、なぎ払うような一筋の熱線が、あたしの背後から通り過ぎていった。
斜め上から、ごろつきの腕を通過したそれは、石畳を抉っていく。
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
広場に悲鳴が響き渡る。
男の腕が、太いみみず腫れのように膨らんで赤く弾けた。
真っ赤な血だ。
「え!?」
急激な浮揚感が全身を襲う。
あたしは、誰かに抱きかかえられるようにして、宙に浮かんでいた。
「えええええええええええっ!?」
広場が急速に遠ざかっていく。
それを……空から確認していた。
突如現れた何かは、あたしを抱えながら屋根伝いにジャンプして、街中を移動していく。
「え? え?」
「マスターを発見した。一端街を出る」
「だ、誰……?」
「遅れて申し訳ありません、マスター」
すごい跳躍力で屋根から屋根へ飛んで行くそれは、街の端にまで来ると、川を飛び越え、その外にまで飛んで行った。
明日(8/4)に二話分を投降いたします。
よろしくお願いいたします。