あと3時間16分…
――ザーザーザー…
ラジオの音は、もとの雑音に戻っていた。もう、稲光もない。
「雷は、通り過ぎたようだな…オメガさん、もう、大丈夫だよ。それにしても、いまのラジオは、いったい…」
黒板の前にいた榊原が、机の上にあるラジオに近づいて触れようとした時、
「俺のラジオにさわるんじゃねえよ、お兄さん!」
と、オメガが、ドスのきいた声で制止した。榊原が声をする方を見ると、オメガが、机の影から立ち上がり、榊原を睨んでいた。オメガを見た榊原は驚いた。なぜなら、オメガの目は赤く光り、口から牙を出し、頭には角が生えていたからである。
「オメガさん、どうしたんだ、その姿は? 」
「オメガさん…ハハ、笑わせるじゃなえ。そんな人間のつけた名前なんか、くそ食らえだ!俺様の名前は、片子でさあ」
「片子って、なんだ? 」
「知らざあ言って聞かせやしょう。御影石の山、早池峰の。これの小国に向けたる側、安倍ヶ城と人の云う、摩訶不思議な岩がある。険しき崖の中程の、人など決して行けぬ場所。ここには今でも安倍貞任の、母親住めりと人の云う」
「ちょっと、なにを言っているんだ? 」
「雨の降るべき夕方の、岩屋の扉を鎖す音、聞こえてくると人の云う。小国、附馬牛の人々は、安倍ヶ城の錠の音。すれば、あしたは雨ならん」
「どうしたんだい、まるで歌舞伎みたいな言い回し…できれば、止めてくれないか」
しかし、オメガは続けた。
「うわさするは昔より、鬼の洞穴で見つかった。鬼の化石の細胞の、なかから取り出したる、鬼が残したDNA。iPS細胞に入れて人の卵、試験管で受精し、母体に戻して、ああ! 生ま落ちたのが、鬼と人の合いの子、俺様、片子さ」
「だから、歌舞伎のまねは止めてくれないか」
「そこにいる、お兄さん。うまそうな男の人間。ここであったが百年目。鬼になったこの機会。まずは、お前を手初めに、殺して、食ってやるとするか」
オメガが、榊原に近づいていく。
「オメガさん、冗談はやめよう」
「冗談だと…ふん、冗談か、どうか。しかとその目で、見るがいい」
―――ウォウォ、ウォ! ウォ!!――
オメガが、うなり声を上げながら榊原に襲いかかった。