『追放者達』、喧嘩を売られる
「話は聞かせて貰った!!」
バンッ!!!
そんな声と共に、乱雑に扉が開かれる。
それにより、取り敢えずは、と言う事で契約書へとサインをさせようとしていたシーラの手が止まり、彼女の視線が扉の方へと引き寄せられる。
「誰ですか!?ここは、関係者以外立入禁止のハズですよ!!」
「そんな事は今はどうでも良い!それよりも、貴女が結ぼうとしている契約にこそ問題が在る!!」
そんな事を宣い、シーラからの詰問の声に応えもせずに部屋へと押し入って来るのは、一般的に言えば『イケメン』と呼んで差し支えの無いであろう容姿をした比較的若い人族の男性。
容姿としては宝石の様な輝く緑の瞳、サラサラと流れる様な金髪は程好い長さで整えられ、『美しい』と表現しても良いであろう顔立ちには己に対する自信が強く出ている。
身長は人族にしては長身となり、パッと見た限りでは細身ではあるが装備している鎧と長剣に盾と言った諸々の重量を受けた上で、大きな足音を立てる事もなく自然に歩いている処を見ると、相当鍛えられているのであろう事が窺えた。
しかし、その視線はまさに『雄』と言った具合の不躾さであり、室内にいたアレス、ガリアン、ヒギンズには値踏みする様で何処か見下した様な視線を。
女性陣には顔や胸、腰と言った部分に対して性的な欲求を隠そうと言う意図すらも感じられない様なギラギラとした視線を送っていた。
そんな、不躾な視線を送って来る乱入者に、警戒の色を強める女性陣。
しかし、そんな事は関係無い、女は俺に抱かれたがっている!と言わんばかりの馴れ馴れしい態度で三人が座っていた長椅子へと歩み寄ると、特に許可を取る事もなくそのまま座り込んでしまう。
が、当然、そんな怪奇現象にも等しい行動を黙って見過ごす程、『追放者達』のメンバーたる彼女らは甘い環境にて過ごしてはいない為に、乱入者が座り込んで来る数瞬前には既に立ち上がり、それぞれが男性陣の近くへと避難していた。
その為、見目だけでも絵になりそうなその乱入者は、形だけで見るのであれば『座ろうとしたら逃げられた図』か、もしくは『一人だけ座っている図』となる様な、何処か滑稽さすらも漂う光景へと成り果てていた。
その事に対し
「……まったく、恥ずかしがらなくても良いのに」
と見当違いな事を口にしながら、自身の行動に全く驚いた様子も、動揺した様子も見せていない『追放者達』のメンバーに対して既に格付けを済ませた様な視線を向けてから、何も知らずに向けられていれば赤面間違いなし、と言った微笑みを浮かべた顔をシーラへと向けて口を開く。
「さて、美しいお嬢さん。話は聞かせて頂いた。
それ程に追い詰められ、困窮していた事に気が付けなかったのは謝罪させて貰うが、だからと言ってこんな碌に素性も実力も知れない様な連中に、そんな好条件での依頼を出す必要は無いだろう?
俺がいる。俺がやろう。
なに、君の為だ。さっきこの連中に提示していた条件で受けようじゃないか。そうすれば、君は英雄を見出だした者であり、同時に英雄の伴侶と成れる訳だ。
これ以上、君にとって良い結果は無いと思うのだけど、まさか断りなんてしないだろうね?」
「……失礼ですが、貴方はどなたでしょうか?先程も申し上げましたが、ここは関係者以外立入禁止の場所なのですが?」
「……え?もしかして、本気で言ってるのかい?
君が、俺を、知らない?嘘だろう?
この、次世代の英雄候補に名を連ね、アルカンターラで最も女性人気が高く実力もずば抜けている、この俺『マルクス・レアンドロス』を知らないだなんて、冗談だろう?
なぁ、そうは思わないかい、君達?」
「…………あぁ、あのマルクス様でしたか。
女癖が悪く、依頼の横取りや女性への暴行の噂が絶えない、ギルドでもブラックリストに載せようか頭を悩ませているあのマルクス様ですね。
それで、何故そんなマルクス様が、関係者以外立入禁止のこの部屋へと押し掛けて来るのが当たり前なのですか?一体、誰が許可を出したと?」
「そんなモノ、君がそこの無能者共に肩入れしている、と俺の彼女の一人が教えてくれたからに決まっているだろう?
当然、こちらに入れてくれたのもその彼女さ!
まったく、君はもう少し相手を見る目を養った方が良いと思うよ?幾ら肩入れしたい相手だからと言って、問題が大きくなりつつある状況で実力不相応な連中を送り込む事に意味はないだろう?
それも、状況を利用し、不相応なランクまで引き上げようとするだなんて、一体何を考えているんだい?そう言う事をするのであれば、俺の様に才気に溢れながらも、周囲から不当な評価を押し付けられて立身が遅れている様な、そんな人物にするべきじゃないのかな?」
「……失礼ですが、マルクス様はご自身で仰られる程に実力とランクが解離されている訳ではないと思われますが?
特に、女性冒険者を言葉巧みに誘導し、パーティーを組まずに依頼を受けて『合同で達成した』との体にしておきながら、その功績は受注したマルクス様のみが総取りする、と言った手口を良く使われているそうですね?それならば、むしろ『追放者達』の方々とは逆の意味でランク不相応と言えるかも知れませんね?」
「それは、俺の実力と容姿に嫉妬した無能な冒険者達が流した事実無根な噂だ、とギルドの方でも判断されているのでは?
でなければ、俺個人にCランクは渡さない。そうでしょう?」
「…………」
痛い処を突かれたからか、マルクスに対して舌戦を挑んでいたシーラが黙り込んでしまう。
だから、と言う訳ではないし、むしろマルクスの口から『Cランク』と言う言葉が出たが故に、それまで何度も侮蔑的な言葉の流れ弾が来ようと、見下す様な視線を向けられようとも無反応を貫いていたアレス、ガリアン、ヒギンズの三人がそれぞれ眉を上げたり肩を動かしたりと、微かながらに反応を示す。
そうなった理由は至極単純。
個人でCランクを与えられた、と言う事は、目の前のマルクスはそれなり以上の実力者である、と言う証左に他ならないからだ。
元来、ギルドから与えられるランクとは、冒険者の強さとは=で直結される様なモノではない。
当たり前の話だが、採取を得意とする者と、討伐を得意とする者とでは、戦闘力に大きな開きが出る事になる。
故に、ランクはあくまでも目安にしかなりはしない。
が、それもDランクまでの話。
Cランクからは、依頼にて赴く先の危険度もそれまでとは段違いに跳ね上がる為に、例え採取を専門的に行う様な者であったとしても、それがDランク程度の強さ自慢であれば軽く捩じ伏せられるだけの実力を持つ、と言われる程である。
それ故に、ギルドの方から、パーティーとしてではなく個人でCランクを名乗る事を許されている、と言う事は、それ相応以上の実力が無いと出来ない事であるが故の彼らの反応、と言う訳なのだ。
……もっとも、彼らが驚いた理由は別に在るみたいではあるのだが。
とは言え、アレス達も依頼の帰りにて疲れており、早く面倒な話し合いは終わらせて宿に戻りたいが為に、半ば無理矢理場を進めるべく口を開く。
「……それで?結局どうするんで?
俺達としては、さっき提示した条件を呑んで貰えるのであれば受けても良いとは思いますが、俺達よりもギルドの評価の高い誰かさんがこう言ってますけど?受けなくても良いのなら、俺達はもうさっさと精算して帰りたいのですが?」
「いえいえ!この依頼は、皆様への指名依頼ですので、ご遠慮されなくても大丈夫です!ですから、早くここにサインをお願い致します!気が変わらない内に、さぁ!」
「だから、その依頼は俺こそが受けるべき依頼だと言っているだろう?まったく、君は聞き分けが無い子猫ちゃんみたいだね?
……そうだ!その『追放者達』とやらに対しての指名依頼なら、俺がそこに入ってやれば万事解決するじゃないか!
まぁ、当然そこのガキとオッサン共には即座に抜けて貰うけど、別に構わないよな?君達だって、それが最善かつ最高の結果だと思うだろう?」
「いいえ?微塵もそうは思いませんが?」「むしろ、そこまで自信過剰になれる理由が見当たらないんだけど?」「自分の事がイケていて、どんな女もそれに食い付いて当然だ、と思っている男程見ていて滑稽な存在は無いのですよ?」
「……だ、そうだ。取り敢えず、自分で言う通の実力が在るのなら、こう言う依頼に頼らずに自分の力だけで成り上がれよ。
それに、もう契約書には俺がサインしちゃったから、どうあがいてもあんたには受けられないんだから、もう諦めれば?」
そう言い放ったアレスの手にはペンが握られており、シーラが抱え込んで小躍りしている契約書には、既に彼の手によるサインが施されていた。
ギルドの使う契約書は一種の魔道具であり、特定の手順でなければ破棄も破壊も出来ない仕様になっている為に、彼女をどうにかして奪い取ったとしても、もうどうにもならない状況になっている。
ソレを理解してか、一瞬だけ強い殺意と怒りを顕にしてアレスへとぶつけて来たマルクスだったが、次の瞬間にはソレを器用に引っ込めると、如何にも『正義感に燃えています!』と言わんばかりの表情を作り
「……そうか、お前が、お前こそが彼女を脅し、そこの皆を押さえ付けている元凶だな!
覚えておけ。お前は、必ず俺が倒し、彼女達を解放して彼女達を居るべき場所に解放するとここに誓おう。
……だから、君達も、もう少しだけ辛抱して欲しい。
大丈夫。必ず俺が、君達を解放してあげるから!」
と、一方的に宣うと、特に乱入についての謝罪をすることもなく、出されるだけで未だに誰も手を着けていなかった茶菓子を全て食らった上で、堂々とした足取りにて部屋から退出して行くのであった。
勘違い野郎の運命や如何に!?(笑)
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