『追放者達』、己が目を疑う
「…………これは、一体何なんだ……!?」
建物の中へと突入した『追放者達』のメンバー達が唖然として言葉を失う中、思わず、と言った体で溢されたアレスの呟きが周囲へと響く。
普段からして飄々とした風体を装っている様にも見えるヒギンズや、比較的冷静に物事を捉えようとするガリアンですら言葉を失い、外見からは想像も出来ない程に肝が太いアレスですら呟きを漏らすのが精一杯な程に、目の前に広がる異様な光景に気圧されていた。
……それは、一見すれば『極普通の光景』と言っても良いだろう。
玄関から続く吹き抜けのエントランスに、奥へと続いて行く廊下と、その前に鎮座する二階へと続くのであろう大階段。
階段上の踊り場には、嘗てのこの建物の主であったのだろう、貴族と思われる服装で描かれた人物の巨大な肖像画が掛けられている。
彼らの頭上には、重たそうで在りながらも輝きを失っていない、色合いからして希少なレインボークリスタルを加工して作られたと思われるシャンデリアがぶら下がり、セレンが放った魔法の光を周囲へと拡散させていた。
そして、エントランスから左右に伸びる廊下の左右には、数え切れない程の扉が並び、その廊下自体も果てが見えない程に長く永く延びている上に、等間隔にて壺や絵画や彫刻と言った調度品の類いまで置かれている様にも見てとれた。
……そう、そんな『豪華絢爛』と表現しても良い様な光景が、特に埃を被る訳でもなく、年月の経過によって朽ち果てる訳でもなく、人の手によって管理されていたであろう全盛期のソレと等しい姿と思わしきモノを、建物の外見からは考えられない程の規模で内部に展開していたのだ。
……その様な、あからさま過ぎる程にあからさまに、言われていた『曰く付き』の正体を見せられてしまえば、例え普段からして胆の座っている彼らとて、この様に正体不明の圧力に屈して呆然となってしまうのも仕方の無い事だろう。
……特に、その『謎の圧力』に物理的な正体が在るのであれば、尚の事、である。
そうとも知らず、暫し呆然とその光景に魅了されたかの様に見詰めていた『追放者達』のメンバーの内、後衛の女性陣、特に支援特化のタチアナと非戦闘要員のナタリアに、それまでは見られなかった異常が発生し始める。
…………そう、その場で棒立ちし、身動きもしないままにまるで呼吸が上手く出来ていないかの様な喘鳴を漏らし始めたのだ。
ソレにいち早く気が付いたセレンが、自身の身にも異常が発生していて碌に身動きや呼吸すらも出来なくなっているにも関わらず、必死に呪文を詠唱して魔法を行使しようと試みる。
「……あ、くっ……『神よ……。敬虔なる、貴方の子らに……苦難に立ち向かう、強靭なる心の支えを……授けたまえ……!『恐慌を静める天の祝福』』!
……かはっ!!」
「……げほっっっ!!??
はっ、はっ、はっ……!な、何、今の……!?」
「…………かひゅっ!?
ぜっ、ぜっ、ぜっ……!?息が、息が出来なかったのです……!?」
「タチアナ様、急いで皆に『胆力強化』を!私の魔法では、一時凌ぎにしかなりません!!」
「……えっ!?」
「早く!!」
「……わ、分かったわよ!?
『心よ、奮い起て!『胆力強化』』!」
半ば怒鳴る形にてセレンから指示を出されたタチアナが、今までに見たことの無いセレンの形相に若干ビビりながらも、言われた通りに各メンバーに向けて次々に支援術を行使する。
すると、それまで固まっていたかの様に身動ぎすらせずに佇んでいたアレス達男性陣も、ソレにより漸く硬直が解除されたらしく、よろける様に一歩前へと踏み出すと、次の瞬間には何時もの通りに得物を手にして油断無く周囲へと視線を配っていた。
「…………ふぅ、ようやく楽になったよ。有難うね、セレンちゃんにタチアナちゃん。オジサン、『恐慌』なんて久方ぶりになっちゃったよ……。
いやはや、面目無い……」
「……全くもって、面目無い。この様な事態を、身を張って防ぐのが当方の仕事にも関わらず、無様にも皆を危険に晒す羽目になるとは……!一生の不覚……!!」
「いや、気付く気付かないを言うのであれば、斥候の俺が真っ先に気付いて注意させなきゃならなかったんだから、その話はここまでだ。
とは言え、セレンとタチアナ良い判断だった。次もその調子で頼む。
……それと、手間掛けさせて悪かった」
セレンの魔法とタチアナの支援術にて、身体の硬直から解放されたアレス達。
どうやら先程のそれらは、経験豊富なヒギンズに寄れば『恐慌』と呼ばれる状態異常の一種であり、文字の通りに恐怖心によって行動を阻害したりするモノである様子だ。
その効果は対象の精神的な強度に左右されるのだが、元々強めに恐怖心を抱いていたタチアナとナタリアに強く発動し、比較的心を強く持っていた男性陣への掛かりが浅かったとは言え確りと発動はしていた事から、余程の精神力、それこそ鋼の様な心を持っていない限りは確実に発動するモノだと考えて間違いは無いだろう。
とは言え、ソレをどうにかしない限りは、目の前に広がる異様な光景の原因を探る事も、この建物から脱出する為の手を講じる事も難しい、と言わざるを得ないだろうが。
「……取り敢えず、『罠察知』っと……アレか!!
『貫き焦がせ!『業火の矢』』!」
最初の一手として発動させた『罠察知』のスキルにより、何かを見付けたらしいアレスが魔法を放つ。
その先には、例の階段の踊り場に掛けられていた巨大な肖像画が。
当然、その場にいた『追放者達』のメンバー達は、魔法が肖像画に直撃して燃え上がる、と言う展開を予想していたのだが、ここでただ一人を除いて予想だにしていなかった事態が発生してしまう。
……そう、唐突に絵が掛けられていた壁から跳び跳ねる様に外れ、アレスが放った魔法を回避する、なんて事になるとは、誰一人として予想していなかったのだから。
そのお陰で、アレスの魔法を回避し、彼らを嘲笑うかの様に何も無い空中にて何度か跳ねて見せた肖像画が、エントランスから良く見えていなかった二階部分へと逃走(?)しようとした時に、彼らは咄嗟に反応する事が出来ずに見送る羽目になってしまったのだ。
…………『彼』を除いて、ではあるのだが。
「こらこら、君がコレを掛けてる犯人なんだろう?じゃあ、逃がしてやれるハズが無いじゃないか。
オジサンに、あんまり急な運動させないでくれないかなぁ?」
空中にて跳び跳ねた肖像画の背後に、突如としてヒギンズが得物たる槍を構えた状態にて出現する。
『追放者達』の中でも随一の経験を誇る彼は、この様なあんまりすぎる程にあんまりな展開も可能性の一つとして考えてはいたらしく、他のメンバー達とは違って驚きはしても呆気に取られる事は無く、一人冷静かつ迅速に行動を起こす事に成功していた。
そんなヒギンズの声に反応したからか、逃走しようとしていた肖像画が不自然な動作にて空中で半回転し、背後にいた彼へと振り返る。
つい先程までは、端正な顔立ちで微笑む貴族風の紳士が描かれていたハズのそれは、今では牙を剥き出し、目玉をギョロギョロと忙しなく動かす謎の生物の絵になっているだけでなく、平面であったハズの絵の部分から何やら触手の様なモノまで生やした怪物へとその姿を変化させ、半回転すると同時に背後にいたヒギンズへと向けてその触手を鋭く伸ばして攻撃を仕掛ける。
が、しかし、当のヒギンズはソレに驚く様な事もせず、冷静に槍を振るって伸ばされた触手を切り払うと、何の躊躇いも無く槍を突き出し、目の前の肖像画(?)を貫き通す。
ギィアァァァァァァアアアアアアアアア!?!?!?
身も凍る様な悲鳴を挙げたその肖像画は、何やら怪しげな色の煙を噴出すると、彼の足元に小石の様なモノを残して跡形も無く消滅してしまう。
ソレを目の当たりにし、得物に手を掛けた状態ながら、出遅れた事と突然起きた一連の出来事により処理能力を上回り、半ば放心しながら固まっていた仲間達へと、足元の小石を拾い上げたヒギンズが何時に無く引き締めた表情にて彼らに告げるのであった。
「…………リーダー、これは、ちょっと不味い事になったかも知れないね。
この建物、どうやらダンジョンになっちゃってるみたいなんだよねぇ……」
突然の事態、ソレに衝撃の事実!?
解説は次回!乞うご期待!!
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