暗殺者、過去の因縁と訣別する
……ズンッ!!ドドンッ!!ギャギャギャッ、ギンギギン!!
周囲を暗闇に支配されながらも、そこだけ照明を灯された練兵場から激しい戦闘音が響き渡る。
そこでは、かつて幼馴染みであり、想いを寄せていた相手と訣別するべく刃を振るい、魔法を展開する一人の男と、ソレと対峙する二人の女の姿が在った。
片や、幾つもの職を経験し、その全てを一定水準以上にまで高めてはいるものの、それでも上級職止まりの男。
片や、最初から最上級職を授かり、与えられたスキルを存分に振るって数数の功績を打ち立てて来た女達。
職によって得られるスキルの強さや、能力に対する補正すらも異なるこの世界に於いて、最初から最上級のモノを持っていた二人と、後からどうにか追い付こうとした結果上級までしか至れなかったアレスとでは、本来ならば勝負にすらならないのが普通であり、常識であったと言っても良いだろう。
…………しかし、そう言った『常識的』な意味合いに於いては、絶対的に『有り得ない』ハズの光景がこの練兵場にて繰り広げられていた。
「…………くそっ!?なんで!?何でだよ!?
なんで、オレの攻撃が当たっても効かないで、アイツの攻撃ばかりオレ達を切り裂いて傷付けるんだよ!?」
「……確かに、有り得ない。私の魔法スキルは『魔奥級』。ソレを、相殺するのには、同じく『魔奥級』に至っていないと不可能なハズ。だけど、アレスは精々『大魔導級』程度のハズ。
だから、コレは有り得ない。有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない!!有り得ないハズなのに!?!?」
……そう、剣聖としての天職を授かっていたハズのアリサは一方的に殴り飛ばされたり蹴り転がされて着いた泥汚れと、気付けばその身に受けている斬撃によって切り裂かれた肌からの出血によって全身をドロドロに汚しており、その瞳と表情は隠しきれない恐怖によって彩られていた。
賢者としての天職を授かっていたカレンも、同様に自らに匹敵する程の威力と展開速度にて放つ多彩な魔法の悉くを相殺され、只の一度も相対する彼へとクリーンヒットさせる事が出来ていないだけでなく、時折自らの展開する大魔法による弾幕を潜り抜けて放たれる一撃を幾度と無く受けてしまっており、その普段動かされる事の少ない表情には、明確に『絶望』と『混乱』と『怒り』とが刻み込まれていた。
……しかし、流石のアレスとは言えども、この二人相手に無傷で、と言う事は難しかったらしく、所々なんてレベルでは無い位の頻度で全身に大小様々な負傷を負っていた。
中には、このまま放置すれば命の危機すら及ぼすであろう程の重傷も存在するが、既に先制攻撃による肺の損傷もある程度はポーション等にて回復させているアリサ達とは異なり、未だに修復される事無く放置されて激しく出血して周囲に鮮血を振り撒いている。
一見すれば、どちらが優位に立っていて、どちらが追い詰められているのか何て事は言わずもがなである状況だが、実際の処としては重傷を負っているアレスが優位に立って二人を追い詰め、負傷は少なく人数も多いハズの二人の方が窮地に立たされ、再び腰を抜かして地面に尻を着けながら、彼から少しでも離れようとして無様に追い詰められて行く。
時折、思い出した様にカレンによって魔法が放たれ、剣聖にのみ与えられている自身の闘気を刃として飛ばすスキルによって攻撃が彼へと向けられるが、時にソレを自らの魔法で相殺し、時に手にした得物で打ち払い、時に負傷によって反応が遅れて直撃を喰らうも何故か倒れる様な事は無く、真っ直ぐに虚無を湛えた真っ黒な瞳で二人を見据えながら進み続ける。
そして、とうとう二人は練兵場の壁際にまで追いやられ、もう逃げる場所も残されてはいない、と言う状況に追いやられた時、ついには恐怖によって二人の精神に限界が訪れたらしく、表情を歪めて涙を流しながら喚き始めた。
「…………な……んで、なんで、だよ!?
なんで、お前がオレ達と敵対してるんだよ!?
お前は、オレ達のモノだったじゃないか!?昔からずっと、何時だって!!??なのに、何で!?!?」
「……そんなモノ、お前らが、俺の事を要らないと、必要無いと棄てたからだろうが。
ソレを棚上げしておいて、一体今更何を抜かしやがるつもりだ?」
「……たった、ソレだけ?ソレだけの理由で、私達を裏切ったと言うつもり!?
昔からの幼馴染みで、前々から貴方を守って上げていた私達を、たった一度、只の一度の行き違いに、只の言葉の綾に過ぎない事なのに、ソレを根拠に私達を害すると言うつもり!?
そう言う、小さい処を一々気にする処、男らしく無くて前から嫌いだった!今でもそう!男らしくない!!!」
「…………たったソレだけ、だと……?」
「「………………っ!?」」
喚く二人に対しての返答としてアレスが溢した呟きに、二人は揃って思わず竦み上がる。
……只の一言溢された呟きであったが、ソコには『憎悪』や『殺意』と言った強烈な感情の他にも、『思慕』や『恋慕』と言った感情や『悲哀』、『郷愁』、『懐古』と言った具合に様々な感情が織り混ぜられており、さながら感情の坩堝とでも呼ぶに相応しい様相を呈していた。
そして、それまで感情を排した虚無を浮かべていた彼の黒い瞳にも、同じ様に混沌とした感情のざわめきが浮かんでおり、真っ正面からソレを見据える二人に対して更なる恐怖と圧力とを産み出していた。
……自らの負傷の治療すらもせず、未だに全身から流血を続けついには足元すらも覚束無くなりながらも、その瞳からは意思の炎が途絶える事は無く、それまで己の内に溜め込んでいた諸々の澱を、その根元たる目の前の二人に向かって吐き出して行く。
「…………お前らが、たったソレだけの事だと言った行為で、俺がどれだけ絶望したか、知っていて言っているのか?」
「…………え……?」
「……お前らが、常日頃から俺に向けて放っていた言葉の数々で、幾度心で血の涙を流したか知っているか?日常的に行っていた訓練の名を借りた拷問で死に掛けるその度に、このまま死んでしまえたらどれだけ良いだろうかと何度考えたか知っているか?」
「…………なん、で……?」
「お前らが!かつて俺を、俺達を虐げていた連中と!同じ目をしながら!俺に対して攻撃的になった時の絶望感を!お前らは!本当に理解して言っているのか!!!???」
「「…………っ!?!?」」
アレスに初めて怒鳴り付けられ、その際に言われた事を吟味して漸く気が付いた、と言わんばかりの表情にて凍り付く二人に対し、それまで蓋をして押さえ付けていたモノが外れてしまった為に、留まる事無く胸の内から湧いてくるモノを我慢する事無く吐き出し続ける。
「…………確かに俺は、かつてお前らに想いを寄せていた。それは、紛れも無い事実だ」
「……だ、だったら!」
「……だが、その想いを踏みにじり、俺を棄てたのもお前らに他ならない」
「…………でも、それは只の行き違いで……!」
「……だとしても、俺がお前らから与えられたのは、憐憫による保護と、暴力による恐怖……そして、元の優しかった二人に戻ってくれるんじゃないのか、って一筋の希望にすがって唯々諾々とお前らの言う事に従わされる屈辱の日々だけだ」
「「…………っ……!でも、だったら……!」」
「今更、もう遅い。切っ掛けは些細な事だったとしても、俺達の道はもう分たれてる。それに、俺は、もう見付けちまったんだよ。
お前らみたいに、自分の下位存在を守ってやっている事への優越感と憐れみから来る行動じゃあなく、共に在りたいが故に助け合い、慈しみの心と共に愛情を持って接してくれる相手を、もう既に見付けちまったんだよ。そんな相手と共に歩みたいと、例え何時かは別れる事になったとしても、共に在りたいと願える相手と、既に俺は出会えているんだ。
……だから、俺の心は既に、そいつに預けてあるし、俺の心には既にあいつが居る。もう、お前らは、手遅れなんだよ……なにも、かもが……!」
「…………そんな、そんな事って……」
「…………有り得ない。今まで、優しくしていたら、貴方は離れて行かなかったと言うの……?そんな事、誰も教えてはくれなかったのに、分かる訳が無い……どうして……?」
「……さぁ、どうしてだろうな……?
兎に角、俺とお前らとでは、もう根本的に相容れない存在になっちまっているのさ。だから、もう諦めな。
例え、俺の気を引きたかったが為の嘘が切っ掛けだったとしても、今の俺の仲間達に敵意を向けるのなら、俺ももう容赦しない。持てる手段の全てを使って、お前らを抹殺する。
もしそれが、お前らが直接手を下したのでは無かったとしても、実際の負傷が毛筋程のモノでしか無かったとしても、俺はお前らを地の涯まで追い掛けて、キッチリと落とし前を着けさせてやる。
……まだ何かするつもりなら、ソレを最低限弁えておく事だ」
そこまで真剣な顔で言われてしまった二人は、もうどうあっても自分達の処に彼は帰って来ないのだと、既に彼の隣は別の相手に取られてしまったのだと言う事を否応無しに理解させられ、力無く地面に手と膝を突いて項垂れた状態へと成り果ててしまうが、彼の幼馴染みであり、一時とは言え互いに想いを通じ合わせた相手としての最後の矜持として、絞り出す様にして言葉を口にする。
「…………分かっ、たよ……お前の仲間にも、お前の女にも、もう関わるのは、止めにするよ……っ」
「…………ごめん、なさい……私達が、幼稚な独占欲を拗らせていたせいで、貴方を……喪ってしまっただなんて……考えも、していなかった……貴方なら、何を言ったとしても……私達の処に帰って来てくれるって、勝手に……思い込んで、いた……今まで、ごめんなさい……ごめん、なさい…………っ」
無人の練兵場に、二人の泣き声が細く長く響いて行く。
それは、かつての恋心を弔う鎮魂歌の様でもあり、また彼らの関係を見送る葬送歌の様でもあった……。
そして、彼らの昔を知るガシャンダラ王が優しさを含んだ瞳で見守る中、長きに渡って拗れに拗れていた関係を清算する事に成功した彼らは、自ずと勝者と敗者とに別たれる事となり、彼が号令を掛けずとも自然に決着が付けられる事となったのであった……。
取り敢えず、これでアレスと幼馴染み達とのイザコザは一旦終了
また何か在る可能性は否定しませんし、オチに納得の行かない方もいらっしゃるとは思いますがそれはまた後程、と言う事で一つm(_ _)m
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