聖女、実力を示す
アレスの先導に従って砦の中を進んで行った『追放者達』の面々は、砦の最奥にてある意味予想通りの光景を目にする事になる。
「…………うん、まぁ、分かってた事だけど、やっぱり案の定だった訳だ……」
「……うむ。コレは、中々に酷いな……」
「……うっ……!?何、コレ……?
あの豚共、一体何をしたって言うのよ……!?」
アレスとガリアンは僅かに顔をしかめたり、獣と同じ様に突き出た鼻先にシワを寄せたりする程度の反応しか示していなかったが、どうやらこの手の凄惨な光景と言うモノに余り耐性の無かったらしいタチアナは、思わず反射的に口許を抑えて呻く様に言葉を溢す。
そんな彼らの視線の先には、正に『この世の地獄』と表現する事こそが相応しい様な光景が広がっていた。
まるで腕や足を獣の様に口で咥えて引き千切られた様な、ギザギザで押し潰された風にも見える傷口の在る手足『だった部分』を抱えて踞る者。
戯れに握り潰され、踏み潰された様な姿を晒して床や壁の染みと化してしまっている者。
裸に剥かれ、虚ろな目をしながら身体を白濁した汚液で汚されて床へと力無く寝そべる者。
未だに身体的な損傷は見受けられないながらも、怯えた目をして一処に数人で固まって彼らの方へと視線を向けて来る者達。
意志疎通の出来ない怪物に囚われた絶望と、何時降り掛かるとも知れない暴力への恐怖により、既にソレを与えていた相手が居なくなっているにも関わらず、未だに囚われたままの状態に甘んじている、種族も性別もバラバラな被害者達の姿が、そこには在った。
「……タチアナ。もしかして、こう言うの初めてって口か?」
「……だったら、何よ」
「いや?別に?
ただ、初めてなら覚えといた方が良い。俺達だって、ああならないって保証は欠片も無い、って事を、さ……」
「………………」
「……あまり、意地悪をしてやるな。タチアナ嬢とて、それは嫌と言う程理解しておろう。何より、彼女は既に新人特有の傲り昂りは持ち合わせておらぬよ。
なれば、そこまで脅し付けてやる必要も在るまいて」
「…………まぁ、いざって時にあんたが始末付けてくれるんなら、別に構いやしないけど?
……それで、取り敢えず聖女サマのお望み通りに案内したけど、何時までぼさっと突っ立っているつもりなん……って、もうやってたか。なら、俺が口出しする様な事は、もうお仕舞いかね?」
わざと意地の悪い事を口にして他の面々の反応を探っていたアレスが、背後から隣を駆け抜けて行った影を目にして肩を竦める。
当然、その影とはセレンの事であり、傷付き床へと倒れ伏す人々へと駆け寄ると、早速回復魔法を行使して人々の治療を開始する。
「皆さん!今、治して差し上げますからね!
『神よ。敬虔なる貴方の子らに、病毒から立ち直る為の清廉さを授けたまえ!『天の恵みによる清潔』』!
『神よ。敬虔なる貴方の子らに、負いし傷を癒す奇跡の数々を授けたまえ!『神の祝福による範囲治癒』』!
『神よ。敬虔なる貴方の子らに、再び大地をその足で歩み、その手で日々の糧を得られる様に、彼らへと祝福を授けたまえ!『神の祝福による再生』』!
『神よ。敬虔なる貴方の子らに、心を奮い立たせて再び歩きだす力を授けたまえ!『天の恵みによる奮起』』!
…………取り敢えず、コレで良いでしょう。
皆さん、もう、大丈夫です。皆さんは、助かりました。これで、皆さんの家族や友人や恋人達と、もう一度会う事が出来ますよ」
「……ウソ、だろう……?俺の、腕が、治っただと……!?」「…………あ、あぁ……痛みが、傷が、癒えて行く……」「……奇跡だ……奇跡が起きたんだ……!」「…………これで、これでまたあの人に会えるのね……!?」「あぁ、神様!貴女は、神の遣わした天使なのですか!?」「……うぅ……あぁう…………あ、あれ?私は、いったい……?」
人々の傷が一斉に癒え、喪われた四肢は再生し、砕かれた精神は元の通りに再構築された。
その奇跡により、セレンによって治療を受けた囚われていた人々は、彼女を奇跡の体現者、神の遣わした天使として崇め始める。
……恐らくは、以前の『教会の聖女セレン』であれば、その感謝の数々を微笑みと共に受け止め、無辜の人々の復活を心より喜んだ事だろう。
……しかし、組んで来たパーティーから追放され、所属してきた教会からすらも棄てられた彼女は、以前の様に無私の奉公を良しとする善人にして聖女、と言うわけでは無くなっていた。
「……さて、私達『追放者達』は、冒険者ギルドの依頼によってこちらへと赴きました。そして、依頼の通りに、この巣を支配していた『豚鬼君主』と思わしき上位種を撃破致しました」
「おぉ、あの悪鬼の様な怪物を!?」「やはり、コレは神がもたらしてくれた奇跡に違いない!」「あぁ、神よ!この様な使徒を遣わして下さった事に感謝を「おや?何か勘違いなさっておりませんか?」…………え?」
「確かに、私は『聖女』です。それは、否定致しません。
……ですが、貴方達も一度は耳にした事が在るのでは無いでしょうか?『真なる聖女が降臨し、それまでの偽りの聖女を放逐した』との教会からの宣言を」
「…………え?」「……あのお方は、いったい何を……?」「確かに耳にした事は在るけど、それがいったい……?」「…………いや、待て……確か、放逐された方の聖女って、森人族だって聞いた事が……!?」
「えぇ、その通り。私は、教会によって名誉を貶められ、功績を奪われて放逐された方の、彼ら曰く『偽りの聖女』と言われている方です。
……それまで癒して来た人々から、手に石を持って追われた、嘗ての聖女です」
「「「「……………………」」」」
「ここまで言えば、もう分かっているかも知れませんが、私は既に無辜の人々に対しての善意を期待しておりません。
そして、私達はここに『豚鬼の討伐』と言う依頼にて訪れております。
ですので、私達としましては、このままでは誠に遺憾ではありますが、貴方達をこの後も助けてアルカンターラまで連れて行く事も、守りながらこの森を抜ける事も、して差し上げる事が出来ない、かも知れません。
大変悲しく、誠に遺憾な事ではありますけど、ね?」
「「「「「……………………」」」」」「…………では、私達はどうすれば良いのでしょうか……?」
「えぇ、えぇ!聡い方は嫌いでは無いですよ!
私達は冒険者。あくまでも、依頼の外の事柄は報酬の範囲外。やるのもやらないのも、あくまでも個人の判断次第です。
で、在るのならば、その行動に報酬を付けて縛れば良い。その答えへと辿り着いてくれたお陰で、無駄に説得の為の時間を使わずに済みそうです♪」
「……で、ですが、私達には対価を支払う事なんて……」「むしろ、暫く保護してくれないのですか!?」「助けたのなら、面倒を見るくらいはしてくれても……」「助けたなら、最後まで世話するのが当たり前だろう!?」
「ならば、皆さん。今すぐ助かった事を『無かった事』にして、死にますか?」
「「「「「……………………!?!?!?」」」」」
「私としては、別段構わないのですよ?こうして皆さんを助けたのは、私の個人的な判断、いわば『ワガママ』です。
ですので、皆さんは私から既に『傷の治療』と言う対価を得てしまっている上に、無償で『自分達を守って連れていって世話をしろ』と仰るのでしょう?
でしたら、私としましては、仲間達に無駄な時間を使わせた上に、その様な無茶を通させる訳には行きませんので、皆さんにはここで物言わぬ骸になって頂く他に無く……」
「……わ、分かりました!私は、聖女様に協力させて頂きます!」「お、俺も!俺も協力するぞ!」「私も!私も協力致します!」「俺も!」「私も!!」
「…………ふふっ、有難うございます♪
では、魔法が扱えて『アイテムボックス』が使える方はそちらに、そうでない方は背負って、この砦に貯えられている略奪品と豚鬼の死体の運搬をお願い致しますね?
到着目標は昼前位なので、皆さん頑張りましょう♪」
そう言い放ちながら、セレンは慈母とも聖女とも少女とも取れる微笑みを浮かべる。
しかし、その微笑みに、この場に居た全員が、黒い波動を感じると共に、絶対にこの人だけは敵に回してはならない、と心に誓うのであった。
神祖が……神祖が出ねぇ……orz
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