『追放者達』、ボスと戦闘する
ぶぎゃあああぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!
砦の奥から響いて来たその怒りと苛立ちに満ちた咆哮に、思わず固まり怯えた様子を見せる豚鬼達。
その様子に、アレス達『追放者達』も思わず手を止める…………事はせず、これ幸いとばかりに動きの鈍った豚鬼の個体を攻撃して仕留めて行く。
自分達と同じ様に手を止めるハズだと勝手に思っていたらしい豚鬼達は、暫くの間呆然とその様子を見ているだけであったが、残された豚鬼の個体が十体程になる頃にはいい加減危機感を覚え始めたらしく、ぎこちなくでは在るものの『追放者達』の面々を仕留めるべく手にした得物を振りかざして迫って行く。
しかし、予めアレスからボスの存在を示唆されており、ソレによって事前に心構えが出来ていただけでなく、密かにタチアナが『胆力強化』を、セレンが『恐慌を静める天の祝福』をそれぞれで掛けていた為に、欠片も動揺すること無く掃討を続ける事が出来ていた。
その為に、怒りが込められたボスの咆哮の影響下にて動きの鈍った状態であれば、例え意思を持って襲い掛かろうとして来たとしても大した危険は無いままに、一種の作業として処理して行く事が出来るのであった。
「取り敢えず、これで最後、っと!」
「ぬっ!?横取りするとは、些か卑怯ではないかアレス殿!?」
「いやー、殺れそうな背中見てるとどうにも、ね?それに、タチアナに掛けて貰った支援術の性能が半端無くて、気分が乗っちゃってさ?」
「…………ぬぅ……。
当方としても、それは分からぬでも無い理由であるが故に、怒るに怒れないではないか……!」
「……あの二人、妙に仲良くなってないかしら……?
昨日の晩に初めて会って、それで今日組むのを決めただけの間柄よね……?
仲良くなるの早すぎない……?」
「まぁ、共通の話題や趣味が在れば、仲良くなるのはあっと言う間だ、とは良く言うことではないですか。それが、同性同士であれば尚の事、ですよ。
それに、仲が良いのは良いことでは無いですか。殿方同士がああやってじゃれあっている様は、見ていて微笑ましくなって来ませんか?」
「…………いやぁ、アタシはただ単に、汗臭く絡んでいる様にしか見えないんだけど……?」
「そうですか?幼子がはしゃいでいる様や、大型の犬同士が遊んでいる様で微笑ましいじゃありませんか」
「……アタシは、アンタ程に母性に満ち溢れている訳じゃ無いんだよ。物理的に『母性』が溢れてるアンタと一緒にするな!」
そうやって、ある種ふざけた様な会話とやり取りを繰り広げる余裕を見せる『追放者達』。
そんな彼らの様子をどうにかして目の当たりにしたからか、もしくは自らを畏れる様子を欠片も見せないからか、再度砦の奥から怒りに満ちた咆哮が周囲へと響き渡ると同時に、豚鬼達が逐次出て来ていた砦本体の内側から、建物を突き崩さんばかりの勢いにて『巨大な何か』が飛び出して来る。
ソレは、今回の戦闘に於いてそれまでに出て来た豚鬼のどれよりも大きな身体をしていた。
今回の巣から出て来た豚鬼達は、只人族の平均身長を遥かに上回り、比較的大柄な者が多い獣人族のそれよりも尚高い二メルト(二m)半程が平均値であり、体重も『追放者達』で一番重いガリアンに彼の装備を足したとしても、尚足りない程の巨躯を誇っていた。
しかし、後から飛び出して来たソレ、具体的な名称を言うのであればこの巣のボスである上位種は、これまで出て来た豚鬼達のどれよりも高く、大きく、重い様に見える。
具体的に言えば、目測で平均的な豚鬼よりも二回り程大きい様に見てとれた。
一般的な視線から見れば、最早遭遇が即座に死に直結する様な存在。
そして、一般的なDランクの冒険者であっても、同じ様に絶対的に死に繋がるであろう、そんな存在。
それが、彼らの目の前で荒ぶり、昂った様子を隠そうともしていない巨躯の持ち主である『豚鬼君主』の偉容であった。
「…………なぁ、アレス殿よ。アレ、どう見ても『豚鬼君主』なのだが?」
「あぁ、そうっぽいな。俺も、依頼として達成した事は在るけど、その時はあいつらが他の取り巻きを俺に擦り付けて速攻で倒しに行ってくれやがったんで、こうして直接見るのは初めてだよ。結構デカくて面倒そうだ」
「……当方、ボス相当の上位種が居る、としか聞いておらぬのだが?」
「そりゃ、言ってなかったからな。俺としても、出て来て精々が『豚鬼英雄』だと思ってたから実は少し驚いてるよ!」
「…………いや、アンタのソレって驚いてる範疇に入る訳?
誰でも、何の説明も無くDランクの依頼でBランク相当の『豚鬼君主』がいきなり出て来たら『驚いて腰を抜かす』を通り越して『絶望して膝から崩れ落ちる』のが正しい反応だと思うんだけど!?」
「タチアナ様、現実を正しく認識致しましょう。
アレス様の表情を鑑みるに、アレでもキチンと驚いておられる様子ですよ?ただ、それでも一切動きが止まらず、向こうからの攻撃が掠りもしていない、と言うだけの話です」
「…………ねぇ、ソレが異常だ、ってアタシは言ってるつもりなんだけど……?」
「まぁ、私から見ても、ガリアン様共々大分気持ちの悪い動きをなさっておられますから、割りと必死なのかも知れませんね。
そろそろ、援護しておきましょうか?」
「まぁ、それもそうね。このまま放っておいても、何だかんだ言って死なないし倒しそうな気もするけど、取り敢えず仲間になったんだから助けるだけ助けておこうか」
「ちょっ!?援護出来るなら早めにお願いしたかったんだけど!?」
「当方らとて!そこまで余裕綽々、と言う訳でも無い、のだがね!?」
気の抜ける様な内容の会話を繰り広げながらも、確りと『豚鬼君主』との戦闘を開始していたアレスとガリアン。
アレスはタチアナの支援術によって強化された持ち前の素早さにて撹乱する様に常に動き回り、ガリアンは同じく強化された筋力の支えにて『豚鬼君主』が振り回す得物の攻撃を受け止めて防御しながら、二人ともに合間合間で攻撃を試みる。
こうして表現すれば、押しているのは二人の方と見えるかも知れないが、実際の状況としては五分五分か、もしくは六分四分でやや劣勢、と言った処だろう。
それは何故か。
理由は単純。純粋に、彼らが相手にしている『豚鬼君主』が強いから、だ。
ガリアンを大きく上回る体格によって産み出される剛力。
分厚い脂肪の層と、全身を覆う筋肉の鎧。
襲撃した人間から奪ったと思われる、金属鎧と長柄斧。
魔物の中でも上位種だけが持ちうる、人間と同じ練度で昇格して行くスキル。
それらを十全に使いこなし、その上で他の豚鬼へと指示を出して支配下に置けるだけの知能を持ち合わせているとなると、幾らランクだけで見れば適正ランクのガリアンとセレンが居るとは言え、決して楽に打倒しうる相手とは言えないのが現状だろう。
幸いにして、まだ『豚鬼君主』の使う斧スキルがそこまで高い位階に無いと言う事と、アレスとガリアンの二人に対してタチアナが支援術を掛けていた事により、こうして五分五分から六分四分程度の戦況に納める事に成功しているが、体力は圧倒的に『豚鬼君主』の方が高く、それでいて『追放者達』の面々には常に一撃死の危険が付き纏う事になる為に、精神的なプレッシャーはかなり高くなる。
幾らセレンが蘇生魔法を使えると言ってはいても、だからと言ってわざわざ死んでみてソレが事実であるかどうかを確かめる気にはならないのが正直な処だ。
流石に、それは遠慮したい、と言うのがアレスとガリアンの共通認識であったりもする。
とは言え、そんな彼らの事情なぞ知った事ではない『豚鬼君主』は、目の前の邪魔な雄二匹をさっさと叩き潰し、奥に控える雌二匹を早く蹂躙して減った群れを再建させる事こそを目指し、襲った商人が商品として運んでいた人の背丈よりも長い長柄斧を風切り音と共に振り回す。
ソレを、アレスはギリギリで回避しながら鎧の隙間や関節部分を狙って刃を振るい、魔法を放つ。
ガリアンはガリアンで、時に攻撃を受け止め、時に受け流して隙が出来た瞬間を狙って手にした戦斧を振り下ろす。
そうして、それまでも行ってきた攻防を繰り広げている内に、タチアナの方でも準備が整ったらしく、二人の背中を魔法の詠唱が叩く。
「行くわよ!まずはガリアンから!『力よ、漲れ!『筋力強化』『二重強化』』!『堅さよ、頑健であれ!『頑強強化』』!
次、アレス!『迅さよ、駆け巡れ!『速力強化』『二重強化』』!『力よ、漲れ!『筋力強化』』!
ついでに、これも喰らいなさい!『力よ、抜け落ちよ!『筋力弱化』『二重弱化』』!『堅さよ、脆弱なれ!『頑強弱化』『二重弱化』』!
これだけ掛ければ、幾らなんでも殺れるでしょ!割りと身の危険を感じる視線を向けられてるみたいだから、さっさと殺っちゃってよね!!」
「では、私も。
『神よ。敬虔なる貴方の子らに、再び歩みだし再起する力を与えたまえ!『天の恵みによる強壮』』!
『神よ。敬虔なる貴方の子らに、負いし傷を癒す奇跡を授けたまえ!『天の奇跡による治癒』』!」
二人からの援護を受けたアレスとガリアンは、それまでと同じ様に『豚鬼君主』へと挑み掛かる。
しかし、速力を三重強化されたアレスの素早さは、文字の通りに『目にも止まらぬ速度』へと到達しており、彼に対して『豚鬼君主』が見せようとしていた反応が終わる前には、既にその後ろに回り込んで刃を振るっていた。
同様に、筋力を三重強化され、その上で頑健さまでもが強化されたガリアンは、アレス目掛けて振りかぶられたハズの長柄斧の一撃を、真っ正面から受け止める。
そして二人は、それまでは大した傷にはならなかったハズの攻撃が大きなダメージを相手に与え、それまで受け止めるだけで精一杯だったハズの攻撃を跳ね返す事すら可能になっている事に気付き、口許に獰猛な笑みを浮かべて吼えるのであった。
「「コイツは良い!これからは、こっちの出番だ!!」」
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