『追放者達』、過去の因縁と遭遇する・3
彼ら『追放者達』がその街に到着したのは、まだ日も暮れやらぬ時間帯であった。
未だに『夕方』と形容するには些か早く、かと言って『昼間』と言うには些か太陽が傾きつつ在る、そんな微妙な時間帯。
普通の旅人ならば、野宿を厭うのであれば滞在を即決する時間帯であるが、彼らの速度をもってすれば『次でも良いかな?』との思いから、橇を牽く従魔達に対して声を掛けて加速し、更に次の街まで飛ばすであろうそんな時間帯であったが、先を急ぐ訳ではなく、かつこの街にも用事が在ったが為に、こうして足を止めていると言う訳だ。
彼らが到着した『ケンタウリ』は、アルカンターラには遠く及ばない程度でしか無いが、それでも既に首都圏から離れている、と形容しても構わないであろう程度には移動している為に、十二分に栄えていると言えるだろう。
それに伴い、半ば辺境に足を突っ込んでいる様な位置に在るにしては人通りも多く、必然的に街の治安を守る為に外壁が築かれ、設えられた通用門には番兵が立って行き交う人々を監視していた。
その為……と言う程のモノでは無いが、街中には魔物は連れて入れない為に、街よりも大分手前の木立にて従魔達を縮めて普通の動物に見える状態にしてから、常識的な範囲内の速度にて通用門へと向かって行く『追放者達』。
行き交う人々へと視線を配っていた番兵は、武装している上に見慣れぬ徒党に顔を強張らせ、手にした槍を強く握り締めるが、近付いて来る彼らが通行人に無体を働く訳でも、街へと入って行く列を乱す訳でもなく粛々と進んで来る事から緊張を解き、列に進み出て彼らへと声を掛ける。
「……失礼。あまり見掛けない顔触れだが、この街にどの様な用事が?」
「……用事、と言うのなら、観光と採集?」
「採集?となると、君らは冒険者で、目的地は例の森か?」
「……うむ。まぁ、そうなるな」
「滞在期間の予定か、もしくは目当ての素材は?」
「特にコレを、と言う事は在りません。
たまたま目的地の近くに在ったので、ついでに寄ってみようか、と言う程度ですので」
「では、長期滞在するつもりは無い、と?」
「まぁ、そうなるんじゃないかしら?
多分、長くても一週間は居ないんじゃないの?」
「…………ふむ。であるのならば、滞在を許可しよう。
例の森以外には特に何が在ると言う訳ではないが、存分に楽しんで行ってくれ。
ようこそ、ケンタウリの街へ」
「はいはい、どうもありがとさん。
じゃあ、お邪魔させて貰うよぉ~」
通過の許可が得られたので、そのまま街の中へと進んで行く『追放者達』。
外見からして、従魔達は魔物ではない、と判断されたらしく、特に詰問される事もなくスルーされる事となった。
通常の森林狼と月紋熊と同じ大きさになっている彼らに牽かせて橇を出したまま馬車道を通って街を進む。
彼らの手綱を握るナタリアは、何処か懐かしそうな表情を浮かべているが、同時に痛みや嘆きをも感じているらしく、震える片手で胸元をギュッと握り締めていた。
しかし、そんな彼女の様子に気が付いていたのか、それとも匂い等にて見当を着けたのかは定かではないが、丁度ソレと同じタイミングにてガリアンの大きくて毛に覆われた手が彼女の頭に置かれ、まるで労り慈しみ励ます様に優しく丁寧に撫でて行く。
ソレにより、それまで彼女の全身を包んでいた緊張感が解け、知らず知らずの内に固くなってしまっていた彼女は笑みすら浮かべながら、ガリアンに身を預けてその感触を楽しんで行くナタリア。
他のメンバー達も居る上に、嫌が応無しに目立ちまくる橇の上かつ人の往来が在る道の中で行われていた事であり、本人達は特に意識しての行動では無かった様子だが、それでも周囲の人間へと二人は『特別な関係』だと言う噂が勝手に周囲へと広がって行く。
しかし、そんな事には根本的な関心が無く、その上で本人達はまだ付き合っているつもりが無い、との事であり、噂するならば勝手にすれば良い、との半ば投げ遣りな心境に在った彼らは、特に否定する事なく広がるがままに任せるのみであった。
そうこうしている内に、通用門付近の雑踏を抜け出し、ある程度であれば道端に止まって話し込む事も不可能では無い、と言う程度に開けた場所に辿り着いた為に、アレスはナタリアへと問い掛ける。
「……さて、取り敢えずこうして無事に街へと入れた訳なんだが、これからどうしようか?
具体的に言えば、宿をどうするか、って事なんだけど、何処かオススメの宿って在ったりする?」
「…………と言われても、正直ボクがオススメ出来る様な宿なんて、あんまり良い処は無いのですよ?
前も言った通りに、ここに居た時のボクはあまり財布が温かく無かったのです。この子達や、以前は居た他の子達の餌代の支払いも、全部少ない分け前から払っていたのです。
だから、自ずと宿の方は安宿ばかりになっていたのですし、そう言う宿は設備もイマイチで凄く狭苦しいのです」
「……まぁ、懐が寂しい訳でもなければ、そんな宿にわざわざ泊まりたくは無いよなぁ……」
「なのです。
それが嫌となると、ボクも基本的に噂で評判を聞いている、って程度の情報しか無い様な層のモノを探す事になるのです。
一応、場所だけで良いのなら、幾つか見当は付くのですが、ボクに出来るのはその程度なのですよ?」
「いや、それで充分であろう?
当方らにとって、ここは未開の地にも等しい程に情報が無い場所だ。
なれば、その土地にある程度馴染みが在り、かつ不確かでも情報を握っているナタリア嬢の存在は、価千金の価値が当方らには在ると言っても間違いでは無かろうよ」
「……そう、なのです?
……なら、良かった、と思う事にするのです。
じゃあ、取り敢えずは宿まで行ってみるのですが、どう言った宿が良いのです?」
「でしたら、部屋が広くてお風呂が付いている処が良いです!
野宿ならばまだ諦めも付くのですが、昨日は簡単にしか身を清める事が出来ておりませんので……」
「……お風呂入らないと、可愛がって貰えないもんねぇ~」
「なっ!?
そ、そう仰るタチアナ様こそ、昨日こそこそと部屋を出ていっていた事を、私は知っているのですからね!?
一体、あんな深夜帯に、何方と何処でナニをしていらっしゃったのですかね!?」
「ちょっ!?アンタ気付いてた訳!?」
「…………あ~……取り敢えず、オジサンからのリクエストとしては、個室が取れそうな処でお願いしようかなぁ、なんて……」
「…………なら、あそこにするのです。
多少宿代は高く付くと思うのですが、この様子なら気にしなさそうなのですね…………これは、今夜辺りに仕掛けるのが良さそうなのです……?」
そう言って、何かを企んでいる様な顔で何かしらを呟くナタリアが、手綱を操って橇の頭を別の方向へと向けて行く。
一応、最後の呟きは男性陣には聞こえていたのだが、どうせ標的は一人しかいないだろう、と判断したアレスとヒギンズは聞こえていないフリをし、当のガリアンは背筋を震わせながらも反応しては敗けだと本能的に悟っていた為にスルーしていた。
そうこうしている内に、ナタリアが操る橇が、とある建物の前へと到着する。
そこは、首都であるアルカンターラでも珍しい五階建てを越える高層建築(注※この世界では、です)となっており、外観の豪華さからも施設の充実具合を予想する事が容易に出来た。
更に、その宿は外から訪れる客を対応する事を前提としている部分が在るらしく、馬車受けの前庭だけでなく、従魔用の小屋も奥の方に見えていた。
「一応、この『セイロン』なら皆の要望も満たせるハズなのです。
まぁ、それ相応の値段はするのですが、ソコは目を瞑って貰えると――――「…………ナタリア?」……なのです?」
「……ナタリア、やっぱりナタリアじゃないか!」
「…………ちっ!まさか、こんな処に顔を出されるとは、思って無かったのです……」
目の前の宿『セイロン』の説明をしようとしていたナタリアの声を遮る様に、横合いから声が掛けられ、何故か嬉しそうに両手を広げながら顔立ちの整った森人族が彼らへと近付いて来る。
その声に釣られる形で視線を向けたナタリアが、相手の姿を視認するや否や忌々しそうに表情を歪めて鋭く舌打ちを漏らした。
ソレにより、近寄ってくる相手が、彼女にとってあまり宜しくない因縁の在る相手、かつての仲間で在った対象なのだろうと言う事をアレス達『追放者達』のメンバー達は、誰に言われる事も無く察知するのであった。
波乱の予感……?
面白い、かも?と思って頂けたのでしたら、ブックマークや評価等にて応援して頂けると励みになりますのでよろしくお願い致しますm(_ _)m




