聖女、耐え忍ぶ
果たして、間に合うか!?
アレスが公園にて口元が白く染まっている森林狼であるズルから硬貨を受け取っているのとほぼ同じ頃。
とある宿の一室には、苦し気な女性の喘ぎ声と、苛立たしげな男の声が響いていた。
「…………くっ、かはっ……!はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
「…………ふぅ、分かってはいたが、強情なお人だ。
いい加減、素直になってしまえば良いのに……」
苦痛のソレとも、ソレ以外の何かとも取れる様な喘ぎを漏らし、自らの身体をギュッと抱き締めて何かに耐えるのは、『追放者達』のメンバーの一人である聖女のセレン。
彼女は今、卑劣にも彼女を手込めにしようとしている元パーティーメンバー達によって嗅がされた媚薬香の効果に抗い、必死に耐えていた。
辛うじて、先に張っていた結界魔法によって無理矢理に純潔を散らされる事にはなっていないが、ソレも意識の集中を阻害する効果が在るらしい香により、追加で攻撃魔法を放つ事も、状態異常を回復させる為の魔法を使用する事も出来ない為に、何時まで持つのかは、彼女本人にも保証する事は出来ないだろう。
そして、もし万が一そうなってしまったとしたのならば、結界の向こうからギラギラとした視線を向け、今にも飛び掛かりそうな勢いの連中によって如何な様に蹂躙されてしまうのかは、想像しなくとも容易に判断出来る。
……そんな、絶望的な状況下に在り、本人も無意識的に太腿を擦り合わせてしまい、既に下着が本来の用を為さない状態になっているしまう程に限界が近まって来ているが、それでも彼女の心は未だに絶望に支配される事も、下腹部から這い上がって来る熱に屈してしまう事も無く、毅然として一人でそこに在り続けていた。
「…………気に入りませんね。こうまでして、貴女の為に自分を解放出来る様に場を整えて差し上げていると言うのに、未だに貴女は在り方を変えようとしていない。
……やはり、例の彼のせい、ですか……?」
「……はぁ、はぁ、はぁ……えぇ、その、通りです、よ……。
私は……必ず、必ず彼が……助けに来てくれると、信じているのです……故に、貴方達にこの身体を許す事も……私が屈して貴方達を、求める事も……あり得ないと、知りなさい……!」
「…………でも~、その件の『彼』が、今、何処で、誰と、何をしているのか、知った上でも同じ事言えるのかなぁ~?」
「…………なん、ですって……?」
軽い調子で放たれた、チャラチャラとした雰囲気の軽戦士であるカレルの言葉に、それまでとは別の意味合いで表情を険しくするセレン。
その反応に、責めるべきはここだ、と判断した『新緑の光』のメンバー達は、香の効果によって昂り、血走っている視線を互い交わすと、代わる代わる彼女に対してこの場に於いて彼女が最も聞きたく無かったであろう言葉の数々を投げ掛けて行く。
「…………あぁ、そう言えば、彼は俺達との別れ際に、彼女からの『お誘い』を受けていたのであったか?」
「………………嘘、です……」
「そうそう!たしか、『伝えたい大切な話が在るから、一人で最初に出会った公園に来て下さい』とか言ってたと思うけど?
いや~、しかし、出会いの場所に呼び出すなんて、ロマンチックだよねぇ~!」
「…………嘘、です……!」
「…………確か、そろそろ指定されていた頃合いでは無いのか?
それに、こうして呆気無く俺達の元に来たと言う事は、どうせあいつは席を外していたのだろう?なら、結果は聞かずとも分かるだろう?」
「…………あぁ、そんな……嫌、聞きたく、無い……!」
「でも、これでハッキリ分かったんじゃないのかなぁ?
セレンが信じてる、って幾ら言っても、あいつは君の事を放置して他の女の呼び出しに応じているんだよぉ?
そんな不誠実な相手に、何時までも操を立てていなきゃならない理由なんて、僕には無いと思うんだけどなぁ?」
「………………」
彼らからの言葉攻めに、最初は懸命に反論していたセレンも、最終的には無言のままに力無く俯いてしまう。
どうにか耐えている様にも見えなくは無かったが、震えるその手は固く握られており、まるで内心で感じている不安さの裏返しである事を示している様でもあった。
…………今こそが、攻め時だ。
そう判断した四人が、更なる追撃を放つべく口を開こうとした正にその時、それまで俯くだけであったセレンが徐に腰のポーチへと手を伸ばし、ソコから小瓶を取り出す。
この期に及んで一体何を?
状態異常を回復させるポーション?回復魔法を自分で使えるのに?
そもそも、そうであるなら何故『今』なんだ?もっと早く使えば良かったハズじゃないのか?
そんな思いが彼らの脳裏を駆け巡るが、そもそもの話として結界で彼女と隔てられている為に、駆け寄って取り上げる、と言った事も出来ずに、彼女がその小瓶の蓋を引き抜き、中身を呷るのをただただ見過ごす事しか出来ずにいた。
中身を全て飲み下したからか、市販のポーション瓶とは些か造りが異なり、何処と無く古臭い様なデザインのソレを床へと投げ落とした彼女は、天井を仰いでいた顔を下げて正面を向き、結界へと取り付いていた四人へと改めて視線を向ける。
が、その時には、それまでの媚熱に浮かされて蕩けつつあった瞳はそこには存在せず、怒気と殺気に彩られた鋭い眼差しのみがそこには残されていた。
突然の事態に狼狽を隠せない四人だったが、彼女が結界を維持するので精一杯であり、かつ万が一結界を解除して逃走を図ろうとしているのだととしても、自分達は四人も居るのだから幾らでも抑えられるハズだ、と楽観視する。
それに、良く良く見てみれば、彼女の吐息は荒げられたままであるし、顔も赤らんだ状態のままとなっている。
と言う事は、先程飲んだモノは状態異常を全て解除するポーション、と言った様な都合の良いモノでは無く、何かしらの気付けの類いであり、そんなモノに頼らざるを得ないと言う事は即ち、既に彼女の心は折れ掛かっている、と言う事だと判断した四人は、彼女の心を一刻も早くへし折る為にも、その口元にニヤニヤとした厭らしい笑みを浮かべて舌舐めずりをし始める。
そんな彼らへと向ける眼光をより一層鋭くしたセレンが、何かしらの言葉を発そうとして口を開き、喉元を震わせ始めるが、それと同時に何かを感じ取ったらしく、その細長い耳をピクリと反応させ、視線の向ける先を四人から急速に出口へと変更する。
彼女の急な反応に、彼らも訝しむ表情を浮かべながら出口へと視線を向ける。
しかし、特に何が在ると言う訳でもなかった為に、只の時間稼ぎであった、と判断して彼女へと視線を戻そうとしたその時、彼らの耳に外からざわめきの様な音が届き始める。
そもそもの用途からして、防音の確りとした造りになっているハズのこの建物で、部屋にいても外から聞こえて来るざわめき、だと?
本来ならあり得ないハズのその事態に、彼らの顔に浮かぶ感情が訝しむモノから疑念を強くしたソレへと変化して行く。
……そして、聞いている内に、心なしか最初は小さかったハズのざわめきが、徐々に彼らの居る部屋へと近付きつつ在る様にも感じ取れて来た。
流石にその段に至れば、彼らの間でも『あり得ない』『嫌でももしかしたら……?』と言った疑念と戸惑いが隠し切れなくなっており、それに伴って彼女へと向けられていた注意力が緩慢なモノへと変化して行く。
ソレを好機と見たセレンが、自身へと背中を向けている四人に対し、ソレまでは行使したくとも出来なかったハズの攻撃魔法を遠隔発動させ、部屋の中央にて炸裂させる。
ダンッ!!!!
「……うおっ!?」
「おわっ!?」
「……ぬっ!!」
「うわぁ!?」
彼らにとっては幸いな事に、彼女の行使した魔法は音と衝撃こそ派手ではあったが、そこまでダメージが出る様なモノでは無く、彼らは驚きの声を上げて壁際まで追いやられはしたものの、特に怪我をする様な事態にはなっていなかった。
おまけに、その魔法を行使する事に集中しすぎた為か、それまで張っていた結界すら霧散してしまい、彼らの間を隔てるモノが無くなっただけでなく、濃厚で甘ったるい様な気すらしてくる彼女の匂いすらも彼らの元へと殺到し始める。
ソレにより、元々限界まで張られていた彼らのズボンはより一層強くテントを張り、外の騒ぎなんて気にも止めずに今にも彼女へと飛び掛からんとして腰を屈めて足に力を込めて行く。
……が、しかし、それと同時に外から扉が蹴破られ、一つの影が彼らと彼女の間に素早く割り込む。
それは、口元が白く染まった森林狼……と思われる巨躯を持つ何かであり、彼女を労る様に背中へと隠し、彼らへと向けてその巨大な牙を剥き出しにして地の底から響いてくる様な唸り声を挙げて四人を近付けまいとする。
突然の事態に硬直し、戦えば良いのか逃げれば良いのか、それとも煮えだった頭のままに女体に襲い掛かれば良いのかの判断に迷って動きを止めてしまった彼らの耳へと、背後から彼らの死神となる者の足音が確かに届くのであった。
「…………よう、クズ共。良くも、俺の女に手を出そうとしてくれやがったな?
無事に朝日を拝めるなんて、そんな温い考えは捨てておく事をオススメするぞ?さぁ、死ね」
ベストタイミング!!
……こら、そこ!都合が良すぎて作為的過ぎる、とか言わない!
……ウワ、ヤメ、イシナゲナイデ!
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