『追放者達』、聖女の因縁と同行する
「…………お断りさせて頂きます」
毅然としたアレスの声が、ギルドの奥に在る小部屋へと響く。
彼の対面に座り、醜悪にまで肥満した身体を外見だけは白く神聖さすら感じる法衣に包んだ獣人族の中年男性が、彼の言葉を受けてその何重にも段の出来ている弛んだ顎を震わせつつ、額に青筋を浮かべながらアレスへと怒鳴り返す。
「……貴様!黙って聞いておれば、この『ヴァイツァーシュバイン宣教会』の大司教にして、次期枢機卿とも目されているこのボルクルによる、神聖にしてあまねく世の為になるであろう提案を、卑賤なるその身にて断ろうと言うのか!?」
「えぇ、その通りです。
貴方も言った通り、私のパーティーにはかつて聖女として活動し、その功績を奪われて追放された者が居ます。
そして、貴方の提案は、端的に言えば『彼女を捨てて『神殿騎士』と言う名目で自らの走狗なれ』と言う事でしょう?」
「それが、何だと言うのだ!?
私の部下として、この世の乱れを正すための聖戦に参戦せよと、そう言っているだけであろうが!
その際に、卑しくも『聖女』を賤称したそこの婢は廃棄して来るのが最低にして必須の条件であると告げただけであろうが!それが、どうしたと言うつもりか!!
返答によっては、貴様に神罰が下る事になるぞ!!」
「そんなもの、最初から言っているでしょう?
仲間を捨てるつもりは無いし、あんたの狗になるつもりも無いと言っているんだよ。
そんな簡単な事すら理解できないなんて、全身に付く事が出来なくなった脂肪が脳ミソに貯まって、まともにモノを考える事すら出来なくなったか?
それとも、人間様の言葉が通じていないから、豚の言葉でも使わなけりゃならないのか?あ?」
「…………き、貴様……!!!」
次第に雑になって行き、最後には完全に罵倒になっていた返答に対して怒りを顕にするボルクル大司教に対し、言葉とは裏腹に落ち着いた視線を向けるアレス。
その視線の中には、温かみや慈しみと言った類いの感情は含まれておらず、基本的に彼が敵に向けるモノのみが込められていた。
そんな彼の視界の中には、ボルクル大司教の背後にて居心地悪そうに佇む、彼らを呼び出してこの部屋へと案内してくれた、彼らの担当となりつつある受付嬢のシーラも含まれていた。
恐らくは、面識が在るから、とギルドの方から役割を押し付けられた結果としてここに居るのだろうし、部屋に入る前に申し訳無さそうにしながら謝罪もしてくれはした。
だが、それでもそれなりに親しくなれていたと思っていただけに、こうして半ば裏切られる様な形となってしまった事に失望を隠しきれてはおらず、彼女へと向けられる視線の中には『失望』や『悲しみ』と言った感情が確かに混ぜられていた。
そんな彼の様子に気付く事も無く、相も変わらずに喚き散らす中年男性のボルクル大司教。
やれ、自分が口出しすれば、貴様ら程度を路頭に迷わせるなんて簡単な事なのだぞ!だとか。
やれ、貴様らが待ち望んでいる次なる昇格。ソレを、私であれば取り消す事も可能なのだ!だとか。
やれ、今であれば、その婢を私に差し出すのであれば、教会を通して下される神罰を回避する事も不可能では無いのだぞ!?だとか。
彼らとしては、一考にすら値しない様な事を喚き続ける目の前の肥満体に、一層の事始末してしまっても構わないだろうか?と言う方向に思考が偏り始めた頃、俄に部屋の外が騒がしくなり始める。
そして、アレスとセレンにとっては先日振りの、他のメンバーにとっては初めて耳にする、妙に甲高い声が響いて来る。
訝しげな表情を浮かべて扉へと視線を向ける五人とは裏腹に、そんなまさか!と驚愕の表情を浮かべるセレンと、一応予想はしていたものの外れていて欲しかった、との思いも在ったアレスは微かながらも渋い表情を浮かべてしまう。
しかし、そんな事は関係無い!とばかりに乱雑に開け放たれた扉から、昨日アレス達が遭遇した『新緑の光』のメンバーと共に、例のピンク頭の少女が部屋の中へと進み出て来ると、まるで劇か何かの様に大袈裟な動作で片手を胸へと添え、もう片手をボルクル大司教の方へと差し伸べながら口を開く。
「あぁ、大司教様!偉大にして高貴なお方!その様に、彼らを責め立てるのはおよし下さい!
彼らには、かの偉大なる神の教えが届いてはいないのです!
彼らは冒険者!日々の暮らしを必死に購い、毎日毎日を懸命に人々の為に生きているのです!なればこそ、神の教えに耳を傾ける余裕も、ソレを敬虔に守り続ける日々を送る事にも大変な苦労が伴うのです!
ですのでどうか、そのお怒りを静めては下さいませんか?彼らにこそ、怒りによる対立ではなく、慈悲による寛容さこそが必要なのです!!」
そんな、芝居臭すぎて最早『誰お前?』と言った視線を向けられている状態にも関わらずに、わざとらしく朗々と語りあげる彼女に対し、それに呼応する様な形で立ち上がったボルクル大司教が同じ様に芝居かかった仕草をしながら、こちらも同じ様に語りあげる。
「おぉ、聖女シズカよ!ソナタがそう言われるのでしたら、もしかすればそうなのでしょう。しかし!だからと言って、彼らが私からの慈悲深き提案を断り、神の教えを敬虔に守り続ける教会へと牙を向いたのは厳然たる事実!!
であるのならば、神の地上代行者としての私達の威信に掛けて!このまま無罪放免、なんの罰を与え無いと言う事も、なんの罪にも問わないと言う事も罷り通りはしませんぞ!!」
「いいえ、いいえ!そうであってこその地上代行者、深き慈悲の心にて、彼らの過ちを赦してこその神の僕ではないでしょうか?
そうであるのならば、彼らに罰を下すのではなく、他の方法にて購いを求めるべきではないでしょうか?」
「…………ほぅ、別の方法と?ソナタがそう言うのであれば、私はそれでも構わぬとは思うが、具体的な事が無ければ他の大司教や枢機卿を説得する事は叶わぬ。
故に、この場にて何かしらの具体的な方針を教えて頂きたいのだが、構わぬよな?」
「えぇ!もちろんですとも!
それは、『奉仕』です!
残念ながら、私達地上代行者は常々から努力を怠りはしておりませんが、信心深き方々全てを護れる程にその手は広く無く、その力も強くはありません。
ですが、それでも護らんと欲するが為に私達の様に冒険者として活躍する者や、神殿騎士として地上代行者の方々を守護せんと欲させる方々がおられます。
彼らも、その方々と同じく手を血で汚されておりますが、それは魔物を排除して無辜の人々の安寧を護らんとするが為のモノです!なれば、私達と共に暫しの間行動し、教会から寄せられた救護の求めに応じて見せれば、それは充分な粛罪と呼べるモノになるのでは無いでしょうか!?」
「おぉ!それは名案である!
彼らの罪を償わせつつ、かつ今も苦しむ無辜の民を救って見せるとは!やはり、そこな聖なる称号を賤称した婢よりも、ソナタこそが『聖女』に相応しい存在である事は、間違いあるまいて!!
冒険者ギルドも、この決定に異議は無かろうな?もし在ると言うのであれば、それ相応の覚悟の元にこやつらを庇っている、と見なさざるを得なくなるのだが?」
「……いいえ。当ギルドとしましては、冒険者間での協定により、複数のパーティーで依頼に当たる事は禁止しておりませんし、そこは当人達の意思次第かと……」
そう言って、罪悪感の覗く瞳を『追放者達』のメンバー達へと向けるシーラ。
流石に先の引き抜きであれば話も違ったのだろうが、今回の様に『規定の範疇にて同行の依頼を出された』と言うだけでは庇えないし、庇った方が逆に面倒な事になる、と言う表れなのだろうが、それでも守ってはくれなかったと言う事に対し、予想はしていたが、それでも感じざるを得なかった若干の落胆を表情に出してしまうアレス。
そんな彼の様子を、政治的な立場に関わっていた過去の在るガリアンが少々苦い顔にて、酸いも甘いも噛み分けたヒギンズが微笑ましいモノを見る視線にて、そして、何故か思っていた反応と違う?と言いたげな視線を向けるピンク頭に見詰められる中、溜め息と共にアレスが返答を口にする。
「…………今すぐ、ドラゴンの首を持ってこい、等の無茶を言われないのでしたら。
どうせ、ギルドも守ってはくれない様子ですし、それで今回の件は不問に、と言うのであれば、受けますよ。とは言え、その一回こっきりに限りますけど、ね……」
「まぁ!ありがとうございます、アレス様!!」
半ば各方面への当て擦りに近い感覚にて放たれたその言葉に対し、その場の誰よりも早く反応して彼の手を取るピンク頭の稀人の少女。
その瞳何らかの感動にてキラキラと輝きを宿しながら、突然の行動に嫌悪感を隠せなくなっている彼の表情を捉えて離さず、その声は自らの願いが聞き届けられた!と言う事への歓喜の感情にて高まっていたが、その手は意外な程に確りと彼の手を握り絞めており、その口許は僅かながらではあったものの、歪な弧を描きつつ在ったのであった。
…………斯くして、彼ら『追放者達』は、現聖女の所属する冒険者パーティーである『新緑の光』と行動を共にする事になってしまったのであった……。
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