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廃品回収 其の参 老害編  作者: 掛世楽世楽
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回顧

 貴方様は、老害という言葉をご存知で?

 左様ですか。

 あれは(ひど)い言葉でございますね。



 老害の文字を目にするたび、私はこう、身を切られるような心持ちがいたします。

 なぜかと申しまして、自分のことを言われているような、そんな気がいたしますので。はい。

 昔はろうがい(・・・・)と言えば、肺病のことを指す言葉でございましたが。

 ああ、そうです。今は結核と言うのでしたね。

 どちらにしましても、悪い印象しかございません。



 ははあ、貴方様も、でございますか。

 そうでしょう。そうでございましょうとも。



 老いること、これ(すなわ)ち害であると、そう聞こえてしまいます。

 あるいは、老人の存在はすべからく害悪である、とでも言っているのでしょうか。



 すべからく、人間いずれは年寄りになるというのに。そこを、どう思っているのやら。

 誠にもって、嘆かわしい限り。



 好きでそうなるわけでは、ないのでございます。

 誰でも、年を重ねるのでございます。

 年経ると、誰でも衰えるのでございます。

 容姿も。

 力も。

 確かであったはずの記憶までも。



 忖度という言葉が一時流行っておりましたが、老害を口にする者にこそ、身に着けていただきたい配慮でございます。



 これは失礼をいたしました。

 つい、感情が先走りまして。

 はい、これでは老害と言われても、致し方ございません。


 ハハハ・・・。



 ところで、こんな話がございます。

 高齢者というのは、(おおむ)ね六十五歳以上の年代を指すそうですが、なんでも四十代から脳の萎縮は始まるのだそうで。

 はい、四十代を高齢とは申しませんが、高齢化は進んでいるのですね。

 それからは、少しずつ、確実に、記憶力や忍耐力が衰えるのだそうでございます。

 三十代で認知症になる方もいらっしゃるとか。



 ご存知でしたかな?

 知らぬ間に、自分が自分でなくなってしまう。

 恐ろしゅうございますねえ。



 人生はその先もございます。

 五十代・・・。

 六十代・・・。

 健康でなければ、決して短くはないでしょう。楽しくもないでしょう。


 飲酒。

 喫煙。

 偏食。

 運動不足。

 不規則な生活。

 強いストレス。


 それらは脳の萎縮を助長するとか。

 もう、考えただけで、気分が悪くなってまいりました。

 貴方様は、大丈夫でございますか?


 ハハハ・・・。



 具合が悪いから、人生終わりにしよう、とは言えません。

 言いたくても、言えないことになっております。それが生きている者の定めでして。はい。


 なぜに、人はそうまでして、生きなければならないのでしょう。

 ここらへんが潮時だと思ったら幕引きをする権利、というものがあっても、罰は当たらないと思いますが、貴方様はどう思われます?



 はい、長生きしたい、と。

 ボロボロになっても、生きていたいと、そうおっしゃるので?



 ははあ・・・・、若い頃に、ずいぶんと頑張ったのだから、せめて老後くらいは長く楽しみたいと、そうおっしゃる。

 これは、ごもっとも。


 貴方様のように、立派な経歴をお持ちの方が申されることは、実に説得力がございます。

 世の高齢者は、総じて賛同なさることでしょう。

 はい。

 言うまでもなく、そうでしょうなあ。そうでございましょうとも。



 ところで、貴方様はリヤカーをご存知で?

 子供の頃に、よく見たとおっしゃる。

 後ろにあるのがそうだ、と。

 ええ、そのとおりでございます。

 珍しい、と。

 はい。

 最近は見なくなった、と。

 はい。


 私、回収業を営んでおりまして、日々、全国津々浦々を行脚(あんぎゃ)している身でございます。

 今では同業者も減りまして、この国では私一人なのでございます。

 いえ、冗談ではなく、本当のことでして。


 一人きりは寂しいだろうと?

 はあ、寂しいと言えば寂しい、気楽と言えば気楽。何もかも自分次第。

 気の遠くなるほど長い間、この稼業を営んでおります(ゆえ)、もう慣れました。


 ハハハ・・・。



 後ろの荷台に積んでいる箱、でございますか?

 但し書きのとおり、一つは再生用の品を入れます。

 もう一つは、再利用の品を入れる箱にございます。

 回収したものが、そのまま再利用できると思えば、再利用の箱へ入れます。

 回収したものの、再利用が難しいと思えば、再生用の箱へ入れます。そちらは粉々にするか、ドロドロに溶かして、別の用途向けに再生いたします。



 再生用の中は全部同じに見える、ゴミばかりだと?

 いいえ、ゴミではございません。

 これでも、なかなかに使い出はあるのでございます。はい。



 ははあ、驚きました。なかなかの御慧眼ごけいがんでいらっしゃる。

 おみそれいたしました。

 ご指摘のとおり、再利用の品は、千差万別でございます。

 一見して真新しいものから、ボロボロのものまでありまして、品質はピンキリ。


 ただし、見た目と品質は別なのでございます。はい。

 これでも私は、目利きで知られておりまして。

 はい。


 拾うべきか否か、拾ったものの価値はいかほどかが、一目で分かります。

 ええ、何でも拾うわけではございません。それに、拾うにも優先順位があるのです。

 はい、そういうものでございます。

 こういう稼業の者にしか分からないのです。



 いずれにせよ、卑しい稼業だ、と?

 ハハハ・・・。

 これは一本取られました。

 全くもって、そのとおりなのでございます。

 ですから、お子様や若い方には気づかれないように、絶対に近づかないようにと、常日頃より心掛けておりますでございます。はい。



 良い心掛けだと、お褒め下さるので?

 ありがとうございます。

 貴方様のような御方から、そのように誉めていただけるとは、恐悦至極、望外の喜びにございまする。



 御礼と言っては何でございますが、一つ面白い話をいたしましょう。

 まあ、そう言わずにお聞きくださいまし。

 お手間は取らせません。

 はい、ごく手短にいたします。


 きっと貴方様には、興味がおありだと思いますゆえ、聞いておいて損はないでしょうよ。

 いえ、こちらの話でございます。お気になさらず。



 話は少々昔のことに相成ります。

 今から十年前、一人の年寄りがいたとお思いなさいまし。


 彼は恵まれた幼少期を経て、良い大学を出て、良い就職をして、出世街道を走りました。つつがなく結婚をし、子宝に恵まれ、何不自由のない老後を送っておりました。



 実に幸せな人生だ、うらやましい、と?

 はい。

 そう思われるのは、もっともでございます。

 ここまでは、ある意味で人生の見本にしてもようございますが、一筋縄ではいかぬのが人というものでございます。



 この御仁、性格に少々難がありました。

 おのれ(たの)むところが強すぎて、周りの人間をバカにするのです。それがトラブルになることも、間々(まま)あったようでございます。

 それでも、概ね順風満帆な人生、と言ってよろしいでしょう。

 しかしながら、周りを軽視する傾向は年々強くなり、何でも俺が俺がという、自己中心的な中高年の典型になってしまいました。



 ほほう。

 貴方様にも、身に覚えがあると。

 左様でございますか。

 それは意外ですなあ。

 いいえ、意外というのは、そういう意味ではなくて、今の貴方様が御自分を認識している、という点でございます。


 浮世を離れて、反省の余地が出たとでも言うのか。

 あ、いえ。こちらの話でございます。

 ともかく、話を続けてもよろしいですかな?

 では・・・。



 男は自分に自信を持っておりました。

 判断も、行動も、髪型や服装に至るまで、最善の選択をして、進むべき道を進んでいる、という確固たる自信が。

 全てが規範的であるように、人に迷惑をかけないように、誰よりも深く考え、無駄を省き、理路整然と、慎重に行動をするのだという信念。また、それが出来ているのだという、確固たる自負。



 実際、そうあろうという努力も、怠らずにしていたようでございます。

 なかなかに意志の強い、理想家だったようですな。

 ははあ、貴方様にもご同意いただけますか。

 立派な人ではないか、と?

 貴方様なら、そう思われることでございましょう。そうでございましょうとも。



 そこまでは良いのです。

 多少、頭が固くとも、融通が利かない性格であろうとも、それは個人の資質でございます。

 理想を追うのも、個人の自由でございます。

 決して、他人様にとやかく言われる筋合いのことでは、ございません。



 しかしながら、彼は自分が正しいと思い込むあまり、誰の言葉にも耳を貸さなかった。

 これが、この男の致命的な問題なのでございます。



 年を重ねるにつれて、彼の自信は過信へと変容いたしました。自分はこれまで、間違った判断も、誤った行動もしたことがないと思うようになりました。

 輝かしい経歴が、それを証明しているのだと、自分から吹聴するようになりました。


 家族も友人も、そんな彼を見かねて諫めたのです。

 しかし、無駄な努力でした。

 退職してからは、その傾向に拍車がかかり、ますます偏屈、意固地になりました。



 貴方様はその男が正しい、とおっしゃるので?

 バカの意見を聞くのは時間の無駄、でございますか。

 なるほど。

 それもまた、一つの考え方でしょうなあ。

 しかし、人は一人では生きられません。

 意見を聞く、聞かないという些末な問題ではなく、もっと根源的なところに、思い至る必要がございます。


 まあ、お聞きなさいまし。

 人というものは、他者によって生かされているのでございますよ。

 意図しなくとも、無数の命を犠牲にして、その上に生きているのでございます。

 例外は一切ないのです。



 何を言っているのか分からない、とおっしゃる。

 はい、そうでございましょう。そうでございましょうとも。


 分からなくて良いのです。

 貴方様におかれましては、まだ分かる必要がございません。

 今のは、お聞き流しくださいませ。



 ともあれ、男のような考え方では、周囲との軋轢あつれきが生じます。


 始めは気がつかないほど、小さなものでした。

 そのうちに少しずつ目に見えて、やがては雪だるま式に大きな摩擦と相成りました。

 気がついた頃には、もう手遅れでございます。


 男は大きな過ちを犯しました。

 退職してから、二十年余りがっておりましたようで。




 時に、貴方様はご家族がいらっしゃいますね?

 はい、はい。

 奥様、お子様が三人、お孫様が五人、と。

 一番下は、まだ二歳でございますか。

 それは可愛いでしょうなあ。

 眼に入れても痛くない、と。

 そうでございましょう。そうでございましょうとも。

 誰だって、自分の家族は大切でございます。



 もしもの話、お子様か、お孫様が亡くなったりしたら、どうなさいます?


 縁起でもない、と。

 これは失礼をいたしました。

 おっしゃるとおりでございますが、物事に絶対はございませぬ故。一応、伺わせていただきます。

 はい。

 例えば、うっかりと誰かに殺されるとか。


 あ、これは痛い。

 いきなり殴りましたね。

 乱暴ですな。

 そこまでお怒りになるとは、思いませなんだ。



 まあ、落ち着きなさいませ。

 例えばの話、でございますよ。


 言って良いことと、悪いことがある、と?

 左様でございますね。

 一言半句も言い訳のしようがございません。

 どうか、お許しくださいませ。

 はい、はい。

 如何様(いかよう)にも、お詫びいたします。

 これ、このとおり。



 落ち着かれましたか?

 それはよろしゅうございました。


 いててて・・・。 



 貴方様におかれましても、それほどまでに家族は大切だと思っていらっしゃる、そのことが、よくよく分かりましてございます。

 私、安心をいたしました。

 何がと申しまして、貴方様の考え方が合理的に過ぎます故に、心の痛みを解せぬのではないかと、そのように感じておりました。


 とんでもない、とおっしゃる。

 むしろ人よりも情に厚い、と。


 これは、大変に失礼をいたしました。

 私の眼も節穴のようで。


 ハハハ・・・。



 では、この話も、そろそろ最後の(くだ)りに入るといたしましょう。

 ええ、もう少し続きがございます。

 すぐに、終わりますので、もうしばらくお付き合いくださいまし。

 はい。



 貴方様にお尋ねします。

 この後は、何かご予定が?

 どうでもいいなどと言わず、お考えくださいまし。


 思い出せない?

 そうでございましょう。ええ、そうでございましょうとも。



 なぜ、そんなことを()くのだ、とおっしゃいましたか。

 さしたる意味はございません。

 一応の確認をいたしたまでで。


 何の確認かと?

 それはお気になさらずともよろしい。

 思い出せないなら、もう思い出さなくてよいのでございます。

 ちょいと必要がありまして、私が貴方様をお連れ申しあげました。

 はい。



 おや、どうなさいました?

 お顔の色がすぐれませんね。

 何か問題でも?


 ここが何処か分からない、と。

 ここへ来る前のことが思い出せない、と。

 左様でございますか。

 しかし、どうかご安心ください。

 私、回収業の傍ら、道案内も承っております。はい。



 貴方様と同じように、「ここは何処だ」とおっしゃる方を、大勢存じ上げております。

 お尋ねいただく都度つど、そういう方々を、しかるべきところへご案内して差し上げるのでございます。

 ですから、貴方様の不安は、すぐに解消されることでございましょう。

 その前に、少々お時間を頂ければと思います。




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