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断片

作者: 骨貝

・木蓮


木蓮の咲く頃でした。

真っ白な、木蓮の咲く頃でした。


木の元に。

あなたの姿がありました。


愛おしくて、切なくて、抱きついてしまいたいのにどこまでも遠いあなたの姿がありました。


唇を噛み締めました。


あなたの、私の名を呼ぶ声が、確かにいたしましたのに。

あなたは、遠い。






・粉雪

雪が舞い降りておりました。

ひらひらひらひら頼りの無い雪でした。


積もらないね

きっと、積もらない


あなたの吐く息は透き通って、宇宙のかなたへと融けていく。

街頭の明かりにさらされ、天に昇って、流れ星と語らって、お月様や太陽と触れ合って。


どこまでも行くのでしょうか。






・ビールとコーヒー

随分と苦い味のするものと思いました。


人生はもっと苦いから


琥珀色の液体も、褐色の液体も、あなたの喉はするり通してしまって。

私はむせ返してしまいました。

あなたは笑う。


揺れる色白い喉仏をただ見つめておりました。






・鋳型

ジグソー・パズルをしないか


床にばら撒かれている破片は、それぞれかちりかちりとはまる相手があるのですか


そう

恋人同士

謎ときの為のピース

欠けてしまってどうしても完成しないもの


パズルは様々に例えられますね


…できあがったパズルは実に、歪だ。パッケージの写真の整い方がまるで冗談であるみたいに


でも遠目に見ると、綺麗に見えます。


ねえ、僕は思うんだけど

距離を置くことが大事なものなんていくらでもある

大抵のものは歪だから


私とあなたのように、とは聞けませんでした。

彼は静かに、


でもばらばらに離れられない

世界の形を完成させるために、僕らは一つの鋳型に入って、世界と結合している

それぞれの形で

そのつながりはパズルと同じくらい本当は脆いだろうにね


と呟きました。

私たちはたぶん、さびしがり屋なのだと思います。

自分が思うよりずっと。






・正しさ

開け放した窓から夕焼け小焼けが聞こえます。

この町の昼の終わりは、こうして訪れるのです。

私は音楽に背を伸ばしました。

海に乗った夕日を向こうに、遠く、カラスが群れ飛ぶさま。


正しい夕焼け


あなたが言う。

本当に同じことを思っていたので笑いました。

珍しく分からないというふうにあなたの顔がいぶかしがるのが、さらにおかしい。

正しい夕焼け。

少なくともそれは、あなたと私にとって同じものを表すのだな、と。

そう思ったら嬉しかったのです。






・魚と人生

お刺身を買おうと思いました。


私は魚がたいそう好きです。

野菜もお米も好きです。

残念ながらお肉は嫌いです。


さて、お魚売り場には生簀があって、ゆうらり蛸が漂っています。

その前にはずらりと並ぶお刺身。


無常なものです、無情なものです、無上なものです


そう言いながら私があなたの前に鉄火を置くと、


人生かい?


とあなたはそら惚けたので気が抜けてしまいました。







・デート

近頃しくりしくりと心が痛むのです。


恋わずらい?


小首を傾げられて、こちらも首を傾げました。

そんなわけは無いのです。


違うのか

…近頃夢で何かに追いかけられたりは


します

そうです、真っ黒な猫に追い掛け回される夢を見ます

あなたのように艶やかな黒の


するんだ

じゃあ、君は何か大切な約束を忘れている

記憶が警告しているんだよ


本当ですか?


知らない、夢占いさ

当たるも八卦、当たらぬも八卦


考えました。

考えに考えました。

ああ。


思い出した?


あなたがにこりと笑います。






・一つの点と点


書斎にて。

老人が海の上で釣りをする。

そんな話がありました。

題名がその本の全てであるのに、その本は題名の中に納まりながら広大な世界と旧い時間を私の中に堆積させて。

それだからすっかり重くなった頭で私はうとうととしておりました。


ふと温もりに、目覚めると肩にはあなたの香りをまとったジャケット。




私には帰りを待ってくれる少年はおりませんが、転寝で風邪をひかぬよう上着を肩にかけてくれるやさしい人がいらっしゃる。




書棚の隙間から、揺れるカーテンの向こうに、大きな、大きな青い海が見えます。

どうぞこのささやかな幸福の連続が、私やあなたが点と点として連なり全てあの大きな海に帰る日まで、願わくば続いて欲しい。


あなたと私が、本当に結ばれることはなくとも。


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