お茶会の洗礼
よろしくお願いします。
そうして二人を含めた第三騎士団は一週間後に出立した。皆が真剣な面持ちだったので、事の重大さをアリアはひしひしと感じ、涙が零れそうになるのを必死に我慢して見送った。
それから三日後。心配で気分が沈みがちなアリアに予想外のことが起きた。
◇
「アリア、お前に招待状が来てるぞ」
「え?何の?」
「お茶会の招待状みたいだな。メーベルト伯爵家から」
「メーベルト伯爵家って言われても、全く心当たりがないんだけど」
王都にいた頃の友人といっても、ずっと領地に引きこもっていたからいない。そもそもメーベルト伯爵家とは家格が違う上に、家同士の付き合いもなく、初めて名前を聞いたぐらいだ。
「……ねえ、お兄様。これ断ってもいいと思う?」
「うーん。相手は格上の伯爵家だからなあ。やっぱり行った方がいいと思うぞ」
「どうして私が誘われるかわからなくて怖いんだけど……行かないといけないわよね」
思わず深いため息が出る。これも貴族に生まれてしまった宿命だと受け入れるしかない。すぐに返事を出してお茶会の日を待った。
◇
そうしてお茶会当日。アリアはメーベルト伯爵家を訪れた。
メーベルト伯爵家はキースの実家であるカルヴァレスト伯爵家よりはこぢんまりとしていた。もちろんマクファーレン家よりは立派だが。
入口の門番に声をかけ、庭に案内してもらうと、すでに令嬢たちが席に着いていた。
だが、アリアが招待状の時間通りに来たにしては周りの空気がおかしい。眉を顰めてヒソヒソと話をしているのだ。
それでも招待してくれたメーベルト家の令嬢に挨拶をと向かっていた時だった。アリアの引き摺る右足の前に突然誰かの足が出てきた。
「きゃっ!」
避けようと思っても、思うように動かない足は上がらず、アリアはそのまま転んでしまった。
「あら、ごめんなさい。これくらいなら避けられると思っていましたわ」
「まあ、失礼よ」
「だって、大した怪我じゃないって聞きましたもの」
どうしてなのかはわからないが、彼女たちはアリアに敵意を持っているようだ。ずっと引きこもっていたアリアにはこういう時、どういう対処をすればいいのかわからない。仕方なく、黙って起き上がりドレスを叩くと、メーベルト家の令嬢の前へ行った。
「……本日はお招きありがとうございます。マクファーレン子爵の娘、アリアと申します。お目にかかれて光栄ですわ」
右足が動きにくいのでぎこちなくカーテシーをすると、その場は失笑に包まれた。
「何ですの、あれ。みっともないですわね」
「本当ですわ」
「何でキース様はあの方を選んだのかしら」
──キース。そうか。だから……
どうしてここに呼ばれたのかわかった。キースの婚約者であるアリアを見るためだったのだ。
針の筵のようだが、ここで逃げるのはマクファーレン家の名に泥を塗ることになる。
アリアは笑顔を作ってメーベルト家の令嬢の答えを待った。
「……お初にお目にかかりますわ。わたくしはメーベルト伯爵の娘、エミリアと申します。今日は来てくださってありがとうございます」
そう言ってエミリアはにっこりと笑った。彼女は大輪の薔薇のようで、赤毛がとても綺麗な女性だ。男性なら見惚れているだろうと思う。でもアリアにはその笑顔が底が知れなくて怖かった。
「話が長くなりそうなので、こちらにおかけになって?」
「……ありがとうございます」
正直逃げたいが、他の令嬢に取り囲まれて逃げ場はない。諦めてにこにこと笑うエミリアの向かいの席に着いた。それからアリアが口火を切った。
「それで、私にどのような御用でしょうか?」
「御用……というほどのことではないのだけれど、キース様がわたくしとの縁談を断ってまで選んだ婚約者とはどのような方かしらと思いまして」
「え?キースに縁談が……?」
「ええ。とはいっても昔のことですが。わたくしとの縁談が持ち上がった頃に貴方が怪我をして、キース様は責任を取るために縁談を断ったのですわ」
確かにあの頃縁談の話があるとキースが言っていた。アリアが気持ちを自覚したきっかけだったから、よく憶えている。でも、怪我をする前に断ると言っていた気がするのだが。
「いえ、違うと思います。キースはまだ考えられないから断ると言っていました」
だが、アリアの言葉をエミリアは真っ向から否定した。
「いいえ、わたくしはそうは聞いていませんわ。キース様はわたくしとの縁談を前向きに考えると仰ったと父からは聞いております」
「そう、なのですか」
アリアにはそうとしか言えない。キースの本心はわからないし、詳しい経緯を聞いた訳ではないのだ。
「だから、貴方にお願いしますわ。もう彼を解放してくださいませ。貴方がいなければ彼はわたくしと結婚してメーベルト伯爵家を継ぐことができますの。もう危険な戦に行かなくてもよろしいのです」
──ドクンとアリアの心臓が跳ねた。
アリアはキースを縛りつけているし、アリアと婚約しなければ騎士団に入団して戦に行くこともなかった。そう考えて静かに目を伏せるアリアに、令嬢たちはさらに追い討ちをかける。
「まるで疫病神ですわね」
「そんなこと言っては失礼ですわよ」
「でも、ねえ……」
そう言いながらも令嬢たちの声は弾んでいる。時々クスクスと笑い声さえ混じっている。
アリアは悔しくて、悲しくて、泣きたかった。でも泣いたら言われたことを認めてしまうようで嫌だった。ぎゅっと拳を握りしめて、笑顔を作る。
「それはキースが決めることです。わたくしにはどうすることもできません」
エミリアは真顔になり、すうっと目を眇めた。
「キース様にはどうすることもできないから貴方にお願いしてるのではないですか。貴方が責任を取る必要はないと言えばそれで済むことでしょう。そうやって責任で彼を縛りつけて、みっともないとは思わないのですか?」
アリアは唇を噛み締めた。本当は勝手なことばかり言わないでと言いたい。でも、格上の伯爵家に逆らったら家がどうなるかわからない。だからそれが今のアリアにできる精一杯だった。
黙り込んだアリアを見て、エミリアはつまらなそうに言った。
「キース様は本当に可哀想ですわね。こんな自分の意思を持たないつまらない人と結婚しないといけないなんて。貴方もわかったなら、わたくしが言ったことについて考えてはどうかしら。キース様の幸せを考えるのならね」
「本当ですわ。身の程知らずにも程がありましてよ」
「エミリア様の方がお似合いですわよね」
クスクスと馬鹿にするような笑いが広がる。もうすでに帰りたい気分だったが、お茶会は始まったばかりだ。
早く終わればいいと願いながら、悪意に晒され続け、ようやく解放された時にはアリアは胃が痛くてたまらなかった。
そうして王都に来て初めてのお茶会はアリアにとって辛いものになった。これからは王都で社交に参加しなければならないのに、最初がこんな感じだと先が不安になる。
それ以上に、キースとの関係が他人からどう見えているかを改めて言われ、結婚への迷いが大きくなった。メーベルト家を後にしても、エミリアから言われたことがアリアの頭から離れなかった。
ありがとうございました。