二人のそれから(過去)
よろしくお願いします。
それからキースは自分で身を立てると決めて、騎士団に入団した。もともと体を動かすのが好きだったキースには、それがあっていたようだ。少しずつ力を付け、頭角を現し始めているらしい。
一方、アリアはあの怪我の後、リハビリと静養のために領地へ戻った。というのは表向きで、本当はキースに合わせる顔がなかったのだ。
キースは責任をとって婚約しただけで、アリアには妹以上の気持ちは持てないだろう。それは婚約を申し込まれた時に薄々感じた。だから、それからずっと本当にこのまま結婚してもいいのか悩んでいた。
◇
「ふう……」
傷が塞がり、だいぶ歩けるようになったアリアは、その日も領地の屋敷の中を歩いていた。
あれからもう一年近く経つが、その間キースには一度も会っていない。あんなに一緒に過ごしたのが嘘みたいだ。しかも友人の妹から婚約者に格が上がったというのに。
毎日そんなことを思っていたから、アリアはこの時、幻を見たのかと思った。
「よう、久しぶり」
玄関ホールにいたのは、以前よりも子どもらしさが減って精悍な顔つきになったキースだった。思いがけない出会いにアリアは立ち尽くした。
「おい。やっぱりまだ調子が悪いのか?」
近づいてきたキースはアリアの顔を覗き込んできた。久しぶりに会った上に間近で見た彼の顔にときめいた。それでも何でもない振りでキースの言葉を笑い飛ばす。
「何言ってるの。私はもうすっかり元気よ。まさかキースがいるとは思わなかったから驚いただけ」
「ああ。休暇に入ったんで、忘れられないうちに婚約者様に顔を見せないとまずいと思ってな」
「婚約者……ね」
アリアは自嘲気味に呟いた。口にしても現実味がない言葉だ。ずっと妹扱いをされてきたアリアにはどうしてもキースと結婚した後の想像ができなかった。だから、思い切ってキースの気持ちを聞いてみた。
「ねえ、キース。あなたは本当に私と結婚してもいいの?」
「今頃なんだ?よくなかったらそもそも婚約しようなんて言わないだろうが」
「それはそうなんだけど……」
「確かに今お前のことを好きかって聞かれたらわからない。お前は友人の妹だし、俺からみたらまだ子どもだ。俺にはそういう性癖はないからまだそういう対象には思えない。だけど俺は責任を取るって言っただろ?」
「……やっぱりそうだよね」
「馬鹿。話をちゃんと聞けよ。俺はまだって言ったんだ。これからのことなんて今からわかるわけないだろ。結婚するまで後四年もある。その間にお前だってもっといい縁談があるかもしれない。傷があるからって気にしない、それでもお前と結婚したいっていう男がいて、お前も結婚したければそっちに行ってもいいんだ。確かに俺は責任を取るとは言ったが、お前の幸せが一番だとは思ってるんだ」
キースの顔は真剣だった。でもアリアにとっての幸せはキースと一緒にいることなのに。キースの優しさが痛かった。
「……うん、わかった。ありがとう……」
アリアは痛む心を隠して笑った。その笑顔は不自然なものだったかもしれないが、幸いにキースは気づかなかったようだ。
「それじゃ、昔みたいに遊ぼうぜ。ここにロイがいればもっとよかったのにな」
「……お兄様は今、忙しいから」
兄のロイは今、王都の屋敷にいる。これから社交界デビューも控えているし、跡継ぎとして学ばなければいけないこともある。
そうやって皆変わっていくのに、アリアだけがずっと取り残されている。
キースを好きな気持ちは変わらないのに、本当にこのまま流されて結婚してもいいのかという迷いは、それから少しずつ膨らみ始めた。
◇
それからもキースは休暇になると、アリアに会いに来てくれたが、相変わらず二人の関係は変わらなかった。
このまま変わらないと思っていた二人の関係が変わり始めたのは、アリアが十四歳になり、社交界デビューのために王都へ行ってからのことだった。
ありがとうございました。