社交界デビュー
今回は少し長くなってしまい、申し訳ありません。
それではよろしくお願いします。
あれからキースは正式に準男爵になった。アリアは王宮で開かれた叙爵の式典に参加したかったが、まだ社交界デビューをしていないので残念ながらできなかった。
そのため、キースの勇姿は兄に確認してもらい、後で報告してもらった。自分は使用人じゃないと文句を言いながらも、結局は言う通りにしてくれる優しい兄だった。
そしてアリアはようやく十五歳になった。
◇
この国の成人は十五歳だが、貴族として大人の仲間入りをするためには必要な儀式がある。
社交界デビューだ。
そしてアリアも例に違わず、参加しなければ子爵令嬢として認められない。
そのためにアリアは淑女教育を必死で勉強し、キースに付き合ってもらいダンスの練習も頑張った。その際、何度かキースの足を踏んでしまったのは苦い思い出だ。キースはくっついていられるからとダンスの練習に喜んで付き合ってくれたが、それはそれで恥ずかしい。
この行事が終われば貴族と見なされ、キースと結婚するからには準男爵夫人という肩書きまでついてくるのだ。失敗するわけにはいかない。
両思いになったからといってその幸せに浸っていられず、勉強とダンスレッスン、社交の合間にキースとの少ない逢瀬を重ね、ようやくデビュー当日を迎えた。
◇
「ねえ、お兄様。おかしくない?」
そわそわと落ち着かなく自分の姿を確認しながら兄に尋ねる。
アリアはデビュタントに相応しく、白いドレスに白い羽飾りを付けている。そして自画自賛かもしれないが、羽飾りから流れるベールがアリアの金髪に合っていると思う。
「はいはい、綺麗だよ」
「全然気持ちがこもってない」
「そりゃそうだ。お前が褒めて欲しいのはキースだろうが。お前らときたら両思いになった途端、所構わずイチャイチャしやがって。相手のいない俺の気持ちを考えろ」
「そんなことしてないわよ」
うんざりしている兄に、アリアは心外だと否定した。だが兄は納得していないようだ。
「どこがだ! 今日もかわいいだの、ダンスのレッスンはくっついていられるから幸せだの、お前といると癒されるだの、何だよ。あいつ、あんなこという奴だったか? 聞いてて砂を吐きそうになったぞ」
「お兄様、お願い。いたたまれないから、それ以上はやめて……」
アリアの顔は真っ赤だ。
気持ちが通じ合ってからというもの、元々思ったことをズバズバ言うキースは、アリアを赤面させる言葉を言うようになった。
兄が挙げた以上にもまだまだある。それを思い出して、アリアは身悶えしたくなった。
「あいつは無自覚だから恐ろしいな」
「私もそれには同感だわ」
二人が顔を見合わせて頷いていると、噂の当人が来た。
「アリア、用意はできたか?」
「噂をすれば、だな」
「お兄様、しっ」
兄に黙るように口元で人差し指を立てると、キースは不思議そうに首を傾げていた。
だが、アリアを見て眩しそうに目を細めた。
「アリア、似合ってるぞ。すごく綺麗だ」
「あ、ありがとう……」
兄と違って言葉に気持ちがこもっている。それが嬉しくもあり、照れ臭い。
そうして二人で見つめ合っていると、兄がわざとらしく咳払いをした。
「もういいからとっとと行け。見てて恥ずかしい」
「もう、お兄様……」
「? 何を言ってるんだ、ロイは」
ここでもやっぱりキースに自覚はない。いたたまれないアリアはキースを促して王宮へと向かった。
◇
王宮に着くとキースと一旦別れ、アリアは謁見の間に向かった。まずは王に謁見して挨拶をしなければならないのだ。たった一分弱のことなのに、最高権力者と会うのは緊張する。
他のデビュタントの令嬢たちの中、アリアは名前を呼ばれるのを待った。
◇
「どうだった?」
「聞かないで……」
何とか王との謁見を終えたアリアは、キースと合流した。
キースにどうだったかと聞かれても、緊張しすぎて自分がちゃんと挨拶できたかなんて覚えていない。
覚えているのは、初めて間近で見る王のことだけだ。父とそう年齢が変わらないはずなのに、あの堂々とした佇まいと威圧感は圧巻だった。そうでなければ一国の王など務まらないのだろう。
とりあえず無事に終わってアリアは胸を撫で下ろした。
「とりあえず最初のハードルはクリアしたわ。後はダンスね」
「あれだけ練習したんだ。大丈夫だろ。俺もフォローするから」
「ありがとう、キース。心強いわ」
キースにエスコートされながら、アリアは会場のホールへ向かった。
「うわぁ……壮観ねえ……」
キースに会うために王宮に来たことはあるが、中に入ることはなかった。
白を基調としたホールには、ところどころに金が散りばめてある。その金がさりげないためか、上品であり、高貴な雰囲気を出していて、ここが王宮なのだと思わせる。
また、空間は広々として、何人収容できるかわからない。天井も吹き抜けで、シャンデリアが遠くに見える。
そんな中で多くの貴族があちこちで集まって談笑している。
「俺もいつもそう思うよ。人がたくさんいて、知り合いを探すのも難しい」
「本当にそうね……って、あら?」
アリアは一人の後ろ姿に目を留めた。二度会っただけだが、目立つ赤毛に凛とした立ち姿。振り返った彼女を見て確信する。エミリアだ。
「ねえ、キース。あちらにエミリア様がいるんだけど……」
「……そうだな。挨拶に行くか」
キースは苦々しい顔をしているが、相手は格上だ。気づいているのに無視することはできないのだろう。だが、アリアは別のことを考えていた。
結局事態は解決したが、キースとエミリアの間のことは解決していない。エミリアは今、どんな気持ちでいるのだろうか。
キースはアリアを選んでくれたが、そのことでエミリアを嘲る気持ちにはなれなかった。もちろん憐れむつもりもない。
ただ彼女もキースが好きだっただけなのだと共感するだけだ。
キースとアリアはエミリアに近づいた。すると気づいたエミリアが、一瞬驚き、表情を消した。
「久しぶりですわね、お二人とも」
「ええ、ご無沙汰しております。その節はご迷惑をおかけして申し訳ありません」
キースとアリアが頭を下げると、エミリアは切なそうに目を細めた。
「……お二人が謝ることではございませんわ。こちらが勝手に先走っただけのこと。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
エミリアが謝ると思わなかった二人は驚いて顔を見合わせた。それを見てエミリアは不快そうに眉を顰めた。
「わたくしだって間違っていたら謝りますわよ。父から聞きましたわ。キース様がなさったこと。随分と無茶をなさったようですわね。敵ながら天晴れだと父が褒めておりました。あれで余計に貴方を気に入ったようですわ。敵だと恐ろしいが、味方にすればこんなに心強いことはないとも話しておりました」
「褒めていただくようなことは全くしてないのですが。むしろ汚い手段だったので自分では褒められたことではないと思います」
「いいえ、わたくしはそう思いませんわ。使えるものを使ってこその力ですもの。持てる最大限のものを使って状況を一気に覆した手腕はわたくしも素晴らしいと賞賛しておりますのよ」
エミリアはキラキラと目を輝かせてキースを見ている。その言葉も本心なのだろうとアリアは思う。
キースは苦笑した。
「守りたいものがあったから、無我夢中で頑張っただけですよ。そうでなければやりたくありませんでした」
「守りたいもの……ですか」
エミリアはちらりとアリアを見た。以前と違って憎々しさは感じない。どこか悲しそうに思える。
「わたくしは今でも力が正義だと思っております。力がないばかりに、泣く泣く不当な目に遭わされた方々を目にして参りました。それならば力を行使できる立場の伯爵家の者になるのがキース様のためだと思っておりましたが、違うのですね……」
エミリアは寂しそうに微笑んだ。
「……そう思ってくださった貴方のお気持ちは嬉しく思うと同時に、申し訳なく思います。私は面倒を避けるあまり、貴方と向き合わず逃げてばかりいました。それが貴方の誤解を増長させてしまったのだと思います。
ですが、私は大きすぎる力は自分の身を滅ぼすだけだと思っています。自分で言うのは情け無いですが、私はそれほど器の大きい男ではありません。欲しいのは大切な人たちを守れるだけの力なんです」
キースはアリアをちらりと見て、またエミリアに向き合った。しばらくしてエミリアは静かに口を開いた。
「……わたくしは初めから間違っていたのですね。そのことについては謝罪いたします。ですが、わたくしが貴方に好意を持っていたことは間違っておりません。わたくしは本気で貴方を心からお慕いしておりました……」
「エミリア様……」
アリアは聞いていて切なくなった。
エミリア自身が気づいているかはわからないが、ずっと過去形で話している。
エミリアはまだキースを好きなのだと思う。それでも彼女は終わってしまった恋なのだと受け止めて、前へ進もうとしているのだ。
「ありがとうございます、エミリア様。お気持ちは嬉しいです。誠実な貴方には私も誠実に答えたいと思います。私にはもう、愛する人がいます。これから先、彼女とともにありたいのです。だから、申し訳ありませんが貴方の気持ちには答えられません」
「……ありがとうございます、キース様。これでわたくしも終わりにできますわ。父が今、新たな縁談を進めておりますの。もしかしたら貴方よりも素晴らしい方かもしれません。ですからわたくしのことはお気になさらないでくださいませ。話はそれだけですわ。それではご機嫌よう」
エミリアはそう言って颯爽と去って行ったが、アリアは彼女の目尻が光っていたことに気づいていた。
彼女はアリアから見て素敵な女性だと思う。
価値観の違いはあったものの、凛として潔い姿に、自分もこうありたいとアリアは思った。
「……私、エミリア様の言ってることも理解できるのよ。今回みたいに自分よりも強い人に圧力かけられたら弱いと抵抗できないもの」
「ああ、俺も今回のことで色々考えさせられた。権力なんてって思ってたのに、権力がないとできないこともあった。俺たちの方が悪人じゃないかって思う手口も使ったしな」
二人でそんな会話をしていると、割り込んでくる声があった。
「久しぶりだね、二人とも」
今度はルーカスだった。アリアは思わずキースの腕にしがみついた。キースの顔がみるみるうちに険しくなる。
「よくそんなにしれっと話しかけられるな。自分がしたことをわかっているのか!」
「……ああ。だから僕は罰せられると思ってたのに何の音沙汰もないからどういうことかと聞きにきたんだ」
「……アリアに感謝するんだな。今回は許してくれって言われて渋々見逃してやったんだ。二度目はないぞ」
「ちょっと待って、キース。それならこうしない? ルーカスも見てたと思うけど、エミリア様が先程出て行かれたの。ちょっと様子を見に行ってきてくれない?」
エミリアはちゃんとキースと向き合って気持ちの整理ができそうだった。だから、ルーカスにも自分の気持ちと向き合って欲しかった。そうでなければルーカスはキースを妬むだけで前に進めないままだ。
「そうだな。ほら、エミリア様を追いかけろ」
「いや、僕は……」
「いいから行け。これは命令だ。お前がアリアに手を出そうとしたことをこれで許してやる。行かなければ、カルヴァレストに喧嘩を売ったとイェーガーに正式に抗議するぞ」
「……わかった、行くよ。礼なんか言わないからな」
ルーカスは急いでエミリアの後を追った。
「これでよかったのかしら……」
「どうだろうな。後はあいつの問題だろ。そこまでこっちが心配することじゃない」
そう話していたら、ホールに音楽が流れ始めた。
「ダンスの時間ね」
「そうだな。行くか」
二人で空いている場所に行き、リズムに合わせて踊り始めた。
「足は大丈夫か?」
「ええ。ワルツだから楽ね」
「辛かったら寄りかかってろよ」
「ありがとう。その時はお願いね」
「ああ」
ワルツは体を寄せて踊るものだとわかっているが、いつもよりも近い距離に、アリアは慣れない。耳元で声をかけられると腰が砕けそうになる。
それを誤魔化すためにアリアは話を変えた。
「……エミリア様、素敵だったわね」
「突然何だよ」
「綺麗なだけじゃなくて立派な淑女だった。私もあんな素敵な女性になれるかしら」
「どうだろうな。でも、お前はお前で素敵な女性だと思うぞ。そんなお前を好きになったんだし、比べる必要なんてないと思う」
「……ありがとう」
やっぱりキースは直球でくる。嘘のない瞳で見つめられると、照れ臭いが、嬉しい。
エミリアだけでなく、エミリアに自分の気持ちを伝えるキースも素敵だった。そんな彼にふさわしい女性になりたいと、凛としたエミリアの姿を思い浮かべ、アリアは思った。
こうしてアリアの社交界デビューは無事に終わったのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。




