二人の思いが交わる時
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あと二話ほどで終わる予定です。
それではよろしくお願いします。
「キース、アリアは!」
マクファーレン邸に入るなり、兄が駆け寄ってきた。ずっと玄関ホールで帰りを待ってくれていたようだ。兄の言うことを聞かずに突っ走った挙句、心配をかけてしまったとアリアは反省した。
「無事だよ。危なかったけどな」
「一体何があったんだ?」
兄に聞かれて、アリアは目を逸らした。言いにくいアリアの代わりに、キースが答えてくれた。
「イェーガーの屋敷で、ルーカスに襲われてたぞ」
「何だと! それのどこが無事なんだ!」
兄が怒ってキースを問い詰めているのを、アリアは申し訳ない気持ちで見ていた。
「未遂だよ。あいつがアリアに馬乗りになってたところを俺がぶっ飛ばしてやった」
「そうなの」
「そうなの、じゃないだろうが! お前が焦って先走るからこんなことになるんだ。間に合ったからよかったものの、間に合わなかったらどうするつもりだったんだ!」
確かにそうだ。アリアは考えなしの自分が恥ずかしくなって項垂れた。
「ロイもその辺にしておけ。一番ショックを受けているのはアリアだ。それにアリアはとばっちりを食らっただけだしな」
「どういうことだ?」
兄は首を傾げる。キースは眉間に皺を寄せて言った。
「それが、ルーカスはエミリア様が好きだったらしい」
「はあ? それで何でアリアを襲うことになるんだよ。意味がわからん」
「俺だってわからん。あいつは、エミリア様が俺を好きなこと、メーベルト卿に気に入られていること、伯爵家に生まれたことが妬ましかったそうだ。で、アリアと俺が婚約したことで、エミリア様が俺を諦めて自分を見てくれるかもしれないと期待したらしい。だが、メーベルト卿が動いたから絶望して、俺に対する嫌がらせでアリアに求婚、アリアが拒否して逆上、で襲ったと」
「ふざけた理由だな。お前も悪くないじゃないか。そいつ、こじらせ過ぎだろ」
兄は呆れている。ルーカス本人は真剣だったのかもしれないが、短絡的過ぎる。
「それでこの落とし前はどんな風につけさせるんだ?」
「それなんだけど、今回は許してもらえないかしら。確かにルーカスがしたことは許されないことよ。婚約者がいる女性に乱暴を働こうとしたのだから。でも……」
確かにアリアとキースの婚約は政略的なものではない。だが、婚約とは本来、家同士の繋がりを堅固にするものだ。例えキース自身が準男爵であっても、まだカルヴァレストの籍にいる以上、カルヴァレストとマクファーレンの繋がりになる。
つまり、ルーカスはカルヴァレストに喧嘩を売っていると思われても仕方がないのだ。
「許せるわけがないだろう。俺の婚約者に手を出そうとしたんだ。俺は絶対に嫌だ」
「お願いよ、キース。確かに貴方のことを考えると貴方が許せないのはわかるわ。ルーカスはやり方を間違えた。でもねキース、もし逆の立場だったらどう? メーベルト卿に対抗できたと思う?」
「それは……」
キースは黙り込んだ。
アリアにはそれがキースの答えなのだとわかった。
「もちろん、二度目はないわ。今回は未遂だったことと、ルーカス自身が気づくように促したことで許してあげて?」
「……わかった。アリアがそう言うなら」
「ありがとう、キース」
キースは渋々頷いてくれ、兄はやれやれと肩を竦めた。
「これでこの件は終わりだな。そしたらキースがお前に話があるみたいだから、二人で庭でも散歩してこいよ」
「おい、ロイ……」
「もう障害はないんだ。ちゃんと話してきたらどうだ?」
何だか男同士で話が成立している。ついていけないアリアは二人のやり取りを黙って見ていた。キースは少し悩む様子を見せてから頷いた。
「……ありがとう、ロイ。アリア、ちょっといいか?」
「ええ、それはいいけど……」
「いいからさっさと行け」
兄に背中を押されて、二人で庭へ向かった。
◇
庭に出るまで、キースは何かを考えているようで、アリアが話しかけても生返事しか返ってこなかった。
話があると言ったのはキースの方なのにと、アリアは頰を膨らませる。
庭に出たあたりで、アリアは我慢できなくなった。
「ねえ、話って何なの?」
ようやく気づいたようで、キースは足を止めてアリアに向き直った。
「あ、ああ。そうだったな。それより、もう大丈夫なのか?」
話が始まると思っていたアリアは、逆に問われて少し考えた。
「ああ、大丈夫よ。怖かったけど未遂だったし、本当に助けてくれてありがとう。あのままだったら、私…」
それ以上は口にしたくなかった。口を噤んだアリアにキースは沈痛な面持ちで頷いた。
「本当に間に合ってよかった……」
「まさかルーカスがあんなこと考えてるとは思わなかったから、本当に迷惑かけてごめんなさい」
アリアはキースに頭を下げた。自分の後先考えない行動で周りを振り回してしまった。子爵令嬢失格だ。
こつんと頭を叩かれてアリアが頭を上げると、キースは笑っていた。
「守るって約束しただろ? いや、ちがうな。俺自身がお前を守りたいって思ったんだ。突然こんなことを言われてお前も困るだろうが、その、どう言えばいいんだ、こういう時は」
キースの声は尻窄みになっている。
「何が言いたいの?」
「ああ、もう、くそっ。もうちょっと格好よく決めたかったのに」
「だから何なの?」
キースの言葉は要領を得ない。焦れたアリアは問い詰めた。
そして観念したようにキースは深呼吸して、アリアを見据えた。真剣な眼差しでキースは口を開いた。
「お前が好きだ」
今、聞いたことが信じられなかった。目の前にいるのは紛れもなくキースだ。その彼がこんなこと言うはずがない。
アリアは思った。これはきっと夢だ。ずっと何年も夢見てきた自分が見せた、幸せな夢なのだ。
アリアがそんなことを考えながら固まっていると、キースは困ったようにアリアの前で手を振った。
「おい、頼むから何か言ってくれ」
キースの言葉に、アリアは夢の世界から戻ってきた。
「ねえ、キース。私、夢見てたみたいなの。キースに好きだって言われる夢」
「勝手に夢にするなよ。確かに言ったぞ」
「嘘」
「嘘じゃない」
「それならもう一回言ってくれる……?」
「一度でも恥ずかしいのに、まだ言わせるのかお前は……今度はちゃんと聞けよ。お前が好きだ」
キースは照れ臭そうに人差し指で頰をかいている。
間違いじゃなかった。そう実感した瞬間、アリアの胸に色々な思いが溢れた。その溢れた思いは形になってアリアの目から流れ落ちた。
それを見たキースは慌ててアリアの涙を拭う。
「そんなに迷惑だったのか?」
「……っ違うの! 嬉しくて……!」
「? 何がだ?」
不思議そうにアリアの顔をキースは覗き込んでいる。思いが強すぎると咄嗟に言葉が出てこなくなるのだと、アリアは初めて知った。
だから、アリアは行動で示そうと、思い切りキースに抱きついた。
「お、おい!」
「ありがとう……! 私は大好きよ、キース!」
キースの耳元でそう囁くと、キースはぎゅっとアリアを抱きしめてくれた。
「俺の方こそありがとう。でも俺の方が好きだぞ」
「何言ってるのよ。私なんて、子どもの頃から好きだったんだから」
「それを言うなら俺はお前が初恋だぞ」
「私だって」
そう言って体を離し、顔を見合わせて笑った。
「何を張り合ってるんだろうな、俺たち」
「本当にね」
まさか両思いになれるとは思わなかった。アリアは幸せな気持ちでキースの顔を眺める。
すると、突然キースが体を離した。やっぱり冗談だったのかとアリアが不安になりそうになった時、キースは跪いた。
「キース?」
「こういうのはちゃんと形式に則ってするもんだってロイが言ってたからな……」
キースはアリアの手を取り、アリアの顔を見上げる。真剣な顔で、一言一句丁寧にキースは述べ始めた。
「アリア・マクファーレン嬢。私と結婚していただけますか?」
「……はいっ、喜んで……!」
アリアは満面の笑みで何度も何度も頷いた。
両思いになったばかりか、こんなサプライズは嬉し過ぎる。
アリアはまた涙が溢れてきて、慌てたキースは立ち上がってアリアを抱きしめた。
「……一生かけて幸せにするからな」
「違うわ、キース。一緒に幸せになるの。私もキースを幸せにするんだから」
「本当にお前は負けず嫌いだな」
笑うキースの振動がアリアに伝わってくる。それくらいに近い距離にいるのだと、アリアはドキドキする。
「でも、どうして? ずっと子ども扱いだったじゃない。だから私、キースと婚約解消してもいいと思ってたのよ。責任で縛りつけたくなかったから」
「そうだな。俺もそう思ってたんだけど、考えてみれば、ずっとお前は特別だったんだよな。妹みたいで、幼馴染で、友人で。だけど、一番心に響いたのはあれだな」
「何かあったかしら?」
「戦場から帰ってきた俺の話を聞いてくれただろ? お前がただ否定もせずに俺の心に寄り添ってくれたのが嬉しかったんだ。本当は怖くて仕方なかったからな。人殺しと思われることも、賞賛されることも」
やはりあの戦はキースの心に暗い影を落としていたのだ。あれから何でもない振りをしていたから気づかなかった。
アリアはこれからはしっかりキースを支えたいと思った。
「これからは話したくなったらいつでも言ってね……夫婦に、なるんだから」
「ああ、そうだな。これからもよろしくな」
「こちらこそよろしくね」
こうしてアリアの長く切ない初恋は叶ったのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




