メーベルト卿との決着(キースSIDE)
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それからすぐに舞台は整った。丁度よく使えそうなものがあったのだ。
以前調べた時に、メーベルト伯爵領で小麦の収穫分の税が滞っている地域があったのだが、その地域では役人が規定より多く徴収しているという噂があった。
だが、書類には不備がなく、証拠がなかった。恐らく、メーベルト卿もグルなのだ。
そうでなければ給料以上にいい生活を送っている一役人の所業を見逃すはずがない。
そう考えたキースは滞っている税の肩代わりをリーネルト卿にお願いした。
そしてメーベルトの領民に成りすましたリーネルトの手の者にそれを納税させて、実際の小麦の量との差異を突きつけて、脱税を告発するというシナリオだ。
うまくいくかはやってみないとわからないが、やってみる価値はあるはずだ。
◇
そして決行日になった。
本当なら現場を自分で押さえたいが、メーベルト伯爵領で目立つ行動を起こすと気づかれる恐れがある。
だからキースはロイと一緒にメーベルト領にある宿屋で報告を待った。
「やりました! 元の書類と、役人が新たに作成した書類を手に入れました。これでメーベルトを追い詰められますね!」
「いや、まだだ。これだとメーベルト卿の署名がない。役人が勝手にやったと切り捨てられるだろう。だから、役人も買収するか、それでも駄目なら脅すかして証人にしないと駄目だ」
嬉しそうに報告してくれた彼には悪いが、これだけでは足りない。相手はあのメーベルト卿だ。
「その役人はどこにいる?」
「ああ、彼はもうじき仕事が終わるから家に帰るはずです」
「それなら家に行こう。もしかしたら家に証拠があるかもしれない」
「え? あなた方もですか?」
「もうこうして証拠は手に入れたから、俺たちが動いても大丈夫だろう。むしろ今度は俺たちが迅速に動かないと役人が逃げるか、最悪、メーベルト卿に殺されるだろうな。彼を守るためにも俺たちが行った方がいい」
「わかりました。それではご案内します」
そうしてキースたちは急いで役人の家へ向かった。
今にも崩れそうな傾いた家や、災害に遭ったのか壁や屋根が崩れている家が立ち並ぶ中、その家だけは異彩を放っていた。
綺麗に修繕されているだけでなく、周りよりも一回り大きい。
誰の家かなんて聞かなくてもわかる。
案の定、案内してくれた彼はその家の扉をノックした。
「はい、どなたですか」
面倒臭そうに出てきた男を、反対に中へ押し込む。
「な、なんなんだ、あんたたちは!」
「そんなことはどうでもいい。それよりもお前、危ないぞ。このままだとメーベルト卿に消されるだろうな」
「何のことだか……」
「とぼけても無駄だ。これを見ろ」
キースが二枚の紙を突きつけると、男は逆上して掴みかかってきた。
「くそ! 返せ!」
「返すも何も、お前のものじゃないんだよ、っと」
役人の男と、騎士団で訓練を積んでいるキースとでは力の差があり過ぎた。
キースが男の腕を避けて屈み、鳩尾に一撃食らわせると、男はうずくまる。その隙にすかさず首の後ろに手刀を落とし、昏倒させた。
「これでよし。とりあえずこいつは大事な証人だから、メーベルト卿に消されるとまずい。それに自殺されてもいけないから猿ぐつわ噛ませて、両手を縛っておくか」
「……なんか俺たち悪役みたいだな」
「みたいじゃなくてそのものだろ。何を今更」
キースよりも提案したロイの方が気にするなんておかしな話だ。正攻法では勝てないから仕方なくこんな手を選んだというのに。
それよりも、男の家に決定的な証拠がないか探した方がいい。
二人は男をその場に寝かせて、奥の部屋を探った。
キースは考えた。
見られたくないものは自分だったらどこに隠すか。とりあえず目につくところは除外する。後は本の隙間、棚の奥、カーペットの下と、一つ一つ可能性を潰していく。
そして小さめのクローゼットの中に、部屋には似つかわしくない豪華な箱を見つけた。箱を開けると華美な壺が入っていて、なんでこんなものがと取り出そうとした時に、カサッと音がした。
壺の中に何かあると思ったキースが手を入れると、紙の束が出てきた。
「見つけた」
改竄する前と、後の書類だ。両方にメーベルト卿のサインがある。
恐らく男は慎重なのだろう。メーベルト卿が裏切って自分の身が危なくなったら切り札として使うつもりだったのかもしれない。
男のおかげでいい収穫だった。
見つかったならもうここには用はない。
「とりあえずメーベルト卿に気づかれる前に、リーネルト卿と合流するぞ」
そうして男を担いだキースとロイは、急いで王都にあるリーネルト卿の屋敷へと急いだ。
◇
「さすがに疲れたな。メーベルト領と王都の強行往復は」
休息も取らず馬車に揺られ続けたせいか、ロイの声音は疲れている。
「本当にな。だが、あともう少しで終わるんだ。それまでは気が抜けないぞ」
せめてリーネルト卿と合流するまでは何が起こるかわからないので気を抜けない。ちなみに、役人の男は馬車の中で気がついて暴れたものの、キースがメーベルト卿に殺される危険性を説くと、リーネルト卿に保護された方が安全だとわかり、観念して大人しくついてきている。
リーネルト卿にまず報告をするため、協力者の彼が屋敷へ入って行った。それからしばらく近くで身を潜めていたら、彼が出てきた。
「主人がお呼びですので、お入りください」
そう言われ、三人はこっそりと屋敷に入った。
リーネルト卿の屋敷はこぢんまりとはしているものの、ところどころに置いてある装飾品が品の良さを感じさせる。きょろきょろと見回していると、彼が足を止めた。
「こちらでお待ち下さい」
案内された応接室で、三人は待った。しばらくして扉をノックされ、二人は真剣な表情で立ち上がった。
「二人とも、お疲れ様。大変だったみたいだね」
「ええ、本当に……」
リーネルト卿の労いに、キースはちらりと役人の男を見る。
「彼だね。うちの者から聞いてるよ。証人として私が保護しよう。メーベルトに奪われるのも癪だしね」
「よろしくお願いします。それと、こちらが証拠の書類になります」
キースが差し出すと、リーネルト卿は厳しい目で書類を隅から隅まで検分した。
「ああ。これだけあれば奴を追い詰められるな。これで失脚させることも可能かもしれない」
「いえ、それは……」
「わかっているよ。今は時期じゃない。だがあまりにも目に余るような時は……」
リーネルト卿は最後まで言わなかったが、その時は最後通牒を突きつけるつもりなのだろう。キースは今回の件さえ乗り切れればいいので、その後リーネルト卿がそれを使ってどうしようが構わないと思っている。
とりあえず今やらなくてはいけないことをするだけだと、キースは話題を元に戻した。
「それなら後はメーベルト卿に突きつけて撤回させるだけですね」
「ああ。それならうちの屋敷でやろう。あの男の悔しそうな顔は是非とも私も見たいのでね。そうと決まれば奴を呼び出そう。といっても、もう遅いから明日だな。君たちも疲れただろう。部屋を用意するから泊まっていきなさい」
「ありがとうございます」
疲れ切っていた二人は、部屋に案内された後、すぐに寝てしまった。気づいたらもう朝で、メーベルト卿が訪れる時間になっていた。
ロイは起きたらすぐ、自分の役目は終わったと結果を見届けずに帰ってしまった。早くアリアに教えてあげたいのだろう。
キースは約束の場所である応接室へ向かった。
◇
「突然何の用だ」
応接室で待ち人を待っていたキースは、声が聞こえるとソファから立ち上がり、にこやかに挨拶をした。
「お久しぶりです、メーベルト卿」
「どうして君がここにいるんだね」
キースに驚いたメーベルト卿はすぐに不機嫌になった。エミリアと同じ赤毛だが、顔立ちは厳つい。そんなメーベルト卿が不機嫌になると、なんとも言えない迫力がある。
「リーネルト卿とは親しくさせていただいております。卿からは学ぶことがたくさんありますし」
「……そうか」
そう言いながらもメーベルト卿は納得していないようだ。そこでまた別人の声がした。
「おや、私が最後かい。待たせて悪かったね。メーベルト卿、キース君」
「いえ、今来たばかりなので」
「それで何の用だ。突然呼び出すからには重要な用件なんだろうな」
そう言ってメーベルト卿はリーネルト卿を睨む。だがリーネルト卿は楽しそうに笑うだけだ。リーネルト卿の笑顔の理由を知っているキースには、この空気はいたたまれない。
キースが黙っていると、再び誰かが応接室に入って来た。
「くそ。どこに連れて……メーベルト様⁈」
役人の男だった。
証拠を先に突きつけるよりも、よっぽど印象的に違いない。案の定メーベルト卿は目を見開いて絶句している。
「さあ、言いたいことはあるかな?」
楽しそうにリーネルト卿は言う。それを見てメーベルト卿は悟ったようだ。
「謀ったな……!」
「それは違うだろう。元々君がやってたことだ。私たちは偶然それを知っただけだ。頭のいい君だから何をなんて言わなくてもわかるよね。ついでにこんなものもあるんだよ。言っておくけど、これは原本じゃないから破っても無駄だよ」
リーネルト卿は書類の束を差し出した。そこにはメーベルト卿のサインもある。言い逃れなどできないはずだ。
みるみるうちにメーベルト卿の顔色が青ざめていき、書類を破くのではないかと思うくらいに手が震えている。自分の負けを悟ったのだろう。メーベルト卿は静かに目を閉じた。
「……何が望みだ?」
「それを聞くのは私ではなく、キース君だよ。これらは全て彼が集めた証拠だからね」
「なんだと……?」
メーベルト卿はキースを凝視した。それから顔をしかめ、肩を落とした。
「……そうか、君が。望みを言えばいい。私の負けだ……」
この言葉が聞きたかった。喜びに浸りたいが、その前にまだしなければいけないことがある。
「それならお願いします。私とマクファーレン子爵令嬢の婚約に横槍を入れないこと、マクファーレン子爵領の街道整備事業からの撤退をやめてください」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことではありません。私には大切なことです。それでどうなんですか?」
「……否と言える訳がないだろう。負けたのだから。だが、惜しいな。これだけの能力があるとわかった今、余計にうちに欲しいが……」
怒るかと思ったメーベルト卿は意外にもキースを認めてくれた。やはりメーベルト卿は私情に流される人ではなかったのだ。エミリアの言う通りだった。
「光栄ですが、それは結構です。私はちっぽけな男なので自分の手に余るものなど求めていません。私は準男爵としてマクファーレン子爵令嬢と過ごせれば、それで幸せなんですよ」
「……君の気持ちはわかった。証拠も握られている以上、私はもう手出しはしないと約束しよう」
そう言ってメーベルト卿は誓約書に署名をした。
「ありがとうございます。ああ、それとそちらに納めた滞納分の税はリーネルト卿が納めたので、卿に返還をお願いします。それでは私はここで失礼します」
そうして誓約書を持ったまま、この達成感を伝えたいと、キースはマクファーレン家へ向かった。
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