ルーカスとの再会
よろしくお願いします。
それからのアリアは、お茶会の誘いを断らなくなった。一番最初に出席したお茶会が強烈だったせいか、その他のお茶会では普通に歓談できていて順調だ。あまりにも順調過ぎて怖いと思うのはアリアの被害妄想なのだろうか。
そしてエミリアとのお茶会を除いて三回目の時に、アリアは思いがけない人と再会した。
◇
今日はイェーガー子爵家のお茶会に出席している。主催者であるレオナ・イェーガーの隣には見覚えのある美男子がいて、アリアは驚いた。
「皆様、紹介いたします。兄のルーカスですわ」
「はじめまして。って、中には初めましてじゃない方もいるみたいだけどね」
そう言って彼はアリアにウインクした。どうしてと聞きたいが、他の令嬢たちの手前、聞くことができない。
ルーカスの容姿が整っているせいか、令嬢たちは顔を赤くしてルーカスに見惚れていたり、近くの令嬢ときゃあきゃあ騒いでいる。
そんな中で彼に話しかけたら恐ろしいことになりそうだ。
アリアは黙って様子をうかがった。
「兄は第三騎士団に所属していて、アリア様とも面識があるそうですわね」
「久しぶりだね、アリア」
まさか衆目の中で呼び捨てにされるとは思わず、アリアはぎょっとした。どう答えるか逡巡して、恐る恐る口を開いた。
「……お久しぶりです。ルーカス様」
「やだなあ。呼び捨てでいいって言ったでしょ、アリア?」
途端に令嬢たちの視線がきつくなる。いたたまれないアリアは、もごもごと呟く。
「いえ、そういう訳には……」
「君と僕との仲じゃないか」
どんな仲だ、と突っ込んでくれそうなキースはいない。孤立無援の中、アリアは諦めて言う通りにした。
「……ええ、久しぶり、ルーカス」
「そうだね。まさか僕のうちで会うとは思わなかったよ。これも運命のお導きかな?」
どうしてこうも周りの空気を読まないのかと、アリアは頭痛がしてくる。ルーカスは一体何を考えているのだろう。恨みがましい目でルーカスを見ていると、ルーカスは突然声を上げた。
「どうしたんだい、アリア。顔色がわるいよ。皆様、彼女は具合が悪そうなのでちょっと休ませますね。アリア、ほら行くよ」
アリアの手を掴んで立たせると、ルーカスはアリアの肩を支えるようにして強引に連れ去った。
連れて行かれたのは会場から遠く離れた屋敷の中。ずんずんと進むルーカスに身の危険をうっすら感じ、アリアが抵抗しようとするとルーカスは立ち止まって苦笑した。
「心配しなくても変なことはしないよ」
「変なことって言ってる時点で怪しいんだけど」
「あれ、もしかして期待してる? それなら応えてあげないと……」
そう言ってルーカスが近づいてこようとするのをアリアは止めた。
「いやいや、いいから。それよりどういうことなの?あなたの名前はルーカス・ハーシュじゃないの?」
「おおっ。すごいね、アリア。一回聞いただけで覚えてくれたんだ」
「まあ貴族ですからそれくらいは…って、そうじゃなくて」
「はいはい。貴族ってのは領地に因んだ名字を名乗るもんだろ? 僕はイェーガー子爵家の長男だけど、まだそっちの相続はしてなくて、ハーシュ男爵領を相続してるってこと」
「ああ、そういうこと。でも何で前に会った時に言ってくれなかったの?」
「キースから聞くかと思って」
わかってしまえば、何だそんなことかとキースを恨みたくなる。知っていればお茶会の前に対策を練って、他の令嬢の嫉妬に晒されることもなかったのに。
「それよりアリアも大変だったみたいだね。聞いたよ、キースとのこと」
突然変わった話題にアリアは戸惑いながらも頷く。
「……そうなの。まあ、色々あってね」
「ずっと心配してたんだよ。僕たちはもう友人だと僕は思っているからね」
「ありがとう、ルーカス。一度会っただけなのに、心配してくれるなんて……」
てっきりもう忘れられていると思っていた。でもこうしてまた会えて話ができるなんて、人の縁は不思議なものだと思う。
「実はね、今日のお茶会に呼んだのは僕なんだ。妹に頼んでね」
「どうしてルーカスが?」
「うん、キースと婚約解消するって聞いて、ひょっとしたらアリアには行き場が無くなったんじゃないかと思ったんだ。キースから足のことも聞いていたから。それで、よければ僕の婚約者になってくれないかと思ったんだよ」
「えっ?」
ルーカスと会ったのは一度きりで、お互いにほとんど人となりもわからない状態だ。それで唐突に婚約者になってくれなんて裏があるに決まっている。
アリアは訝しげにルーカスを見た。
「やだなあ、そんな顔しないでよ。確かに僕にも裏事情があるけどさ」
「……どんな事情か教えて」
「やれやれ。よっぽど僕は信用がないのかな。まあいいや。アリアは僕のこと、どう思う?」
突然聞かれて面食らったが、アリアは正直に答えた。
「親しげだけど何か裏がありそうな人……かしら?」
「ふうん。アリアにはそう見えてるんだね。やっぱりアリアは騙せないや」
「どういうこと?」
「僕ってこの容姿だからね。令嬢たちのアプローチがすごいんだ。で、正直しんどいんだよ。外見ばっかり見て、理想を押し付けられるのが。婚約者がいればいいんだけど、婚約者を決めるだけでも争いが起こってね。婚約者候補の令嬢が酷い嫌がらせを受けて参ってしまったんだ。それでアリアに婚約者になってもらえないかと思ったんだ。君はあのエミリア様と対峙できる人だからね」
全然褒められている気がしないと嫌そうな顔をするアリアにルーカスは面白そうに笑った。
「やっぱりアリアはいいね。僕はアリアのそういう素直なところがいいと思うよ」
「嬉しくないけどありがとう。でもそれは無理よ」
「どうして?」
「私はキースの婚約者だから」
「でも婚約解消は時間の問題だって聞いたよ。メーベルトに睨まれたらマクファーレンは終わりでしょう?」
「それは……」
キースのことは言えないため、アリアはどう言えばいいか悩んだ。だが、アリアが口を開く前にルーカスが言った。
「返事は今じゃなくていいよ。いきなり言われても困るだろうし。また今度返事を聞かせてくれる?」
「……わかったわ」
本当のことを言えない以上、そうするのが一番なのだろう。アリアは渋々頷いた。
「それならそろそろお茶会に戻ろうか」
ルーカスにそう言われて、はっと気がついた。
「そうよ!ルーカスどうしてくれるの。他の令嬢たちにどう説明すればいいのよ……」
頭を抱えて悩むアリアに、ルーカスは涼しい顔だ。
「これで断りにくくなったでしょ?」
「貴方……それも計算だったのね……! いい人だと思ったのに、あんまりだわ」
「これが貴族ってもんだよ。アリアももう少し狡さを身につけた方がいいと思うなあ」
ルーカスの声は弾んでいる。言ってることは真っ当で、アリアは少し悔しかった。
その後のお茶会は思い出したくない。最初のお茶会も強烈だったが、それに負けず劣らず強烈になってしまった。
また帰って兄に報告しないといけないと嘆くアリアだった。
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