メーベルト卿の思惑
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「ただいま戻りました……」
お茶会が終わり、アリアは屋敷に帰ってきた。
悄然と肩を落としたアリアに、玄関ホールで出会った兄は肩をすくめた。
「やっぱり今日もいじめられたんだな」
そう言われ、アリアは力なく首を振った。
「お兄様、違うの。今回のことは、エミリア様は関係なかったの。いえ、少しは関係があるのかもしれないけど、でもそうじゃなくて……」
要領を得ないアリアの言葉に、兄は首を傾げた。
「何が言いたいんだ? 全く意味がわからん」
「だから、エミリア様が婚約解消するようにメーベルト卿に言った訳じゃなかったの。あくまでもメーベルト卿の考えで、エミリア様は何もしてないそうよ」
「なんだそれ。おかしいな。俺の考えではエミリア様のわがままから今回の事態が起こったと思ってたんだが」
兄は顎に手を当てて考え込んだ。そんな兄を気にせず、アリアは続ける。
「私はエミリア様が噂のように悪い人だとは思えないの。だって私、エミリア様に怒鳴ってしまったのに、許してくださったもの」
「ええっ! 馬鹿、子爵家が潰れたらどうすんだ!」
兄はみるみるうちに真っ青になった。しかも心なしか震えている気がする。可哀想になったアリアは、ちゃんと説明した。
「落ち着いて、お兄様。今日のお茶会はエミリア様が私と二人きりで話がしたいと用意してくださったの。あらかじめ今日は反論や失礼な態度も許してくださるという前提でね」
「それでも口約束だったらどうすんだ。後が怖いぞ」
兄は多少落ち着いたものの、渋い顔をしている。
「それは私も思ったけど、あの方は本音で話し合うことを望んでいるように見えたのよ。だから、私も話したの。エミリア様は今回のやり方は間違ってると認識しているけれど、結果的にキースのためになるのならいいと思ってるみたいね」
「これのどこがキースのためなんだ? 準男爵としての能力を試されているところか?」
「いえ、エミリア様の中ではキースは権力志向だと思われてるみたい。だから、キースが怪我を盾に結婚を迫った私のせいで、本来手に入るはずの権力が手に入らずに悔しい思いをしていると勘違いしているのかもしれないわね」
「はあー、キースの性格を全くわかってないな」
「そうね。あの方の周りの男性がそうだったからといって、キースもそうだとは限らないのに」
その結果、キースの心がより遠ざかっているとは思いもしないのだろう。
アリアは幼馴染だからキースの性格を知っている。こうしてエミリアの考えにも少し触れたが、同じようにキースを好きなだけなのに、アリアと対極にいるエミリアを遠く感じた。
「……まあ、わかった。これ以上はお前が介入せずに、キースに任せればいい。これから社交界デビューもあるのに、今のままじゃ駄目だろうが。お茶会に出て家のために繋がりを作るとか、ダンスの練習をするとか、やることは山程ある。何かあれば教えてやるから、とりあえずそうしろ」
「……ええ、わかったわ」
相手がメーベルト卿である限り、ただの子爵令嬢であるアリアにはどうしようもない。悔しいけれど兄の言う通りだ。
そこで、ふと兄に聞いてみたくなった。
「ねえ、お兄様。エミリア様は、メーベルト卿がキースに固執しているような話をしていたのだけど、思い当たることってある?」
「そうだなあ……同じ伯爵家とは言ってもカルヴァレストとメーベルトじゃあ、かなり差があるんだよな。カルヴァレストと言えば、これまでに宮廷内に重鎮を何人も輩出している歴史のある家だ。キースの兄たちもそうだしな。
一方のメーベルトは言葉が悪いが、あまりぱっとしないんだよな。だからこそ、公爵家や侯爵家と縁繋がりになるには難しい。それに今のメーベルト卿を見ると、自分よりも格下の子爵家や男爵家と縁を結ぶことも考えにくい。
そこでお前だ」
兄はアリアを突然指差した。
「私?」
「ああ、そうだ。元々狙っていたキースの婚約者が、お前みたいに政略的に役に立たない、しかもエミリア様よりも劣った令嬢だということで、奪い取れると思ったんだろう。キースの他にも候補はいたが、その方々にも婚約者が出来て、メーベルトよりも格上だから手出しができないんだろうな」
「お兄様、結構酷いわ……」
事実でもグサグサ心に刺さる。アリアの頭は気持ちに比例して、次第に下がってきた。そこでぽんぽんと頭を叩かれ、アリアが頭を上げると、兄が苦笑していた。
「あくまでも客観的事実ってことだ。俺がそう思ってる訳じゃない。お前はお前なりにいいところはあると思うぞ」
「……本当に?」
思わず恨みがましい目で見ると、兄は頷いた。
「だからキースは今、お前との婚約継続のために頑張ってるんじゃないか」
「……それなんだけど、キースは一体何をする気なの?」
アリアは不思議だった。
準男爵として動くとは具体的にどのようなことなのか。
兄は少し考える素振りを見せて、真顔になった。
「それをお前は聞いてどうするつもりだ。あいつは覚悟を決めたんだ。もし、そのことであいつを非難するつもりなら、俺は妹といえどもお前を許さない」
アリアが非難するようなことをするということか。だが、キースが頑張ってくれているのに自分だけ守られるのは嫌だった。アリアも決意を込めて兄を見据えた。
「私は知りたいわ。自分だけ守られて遠ざけられるのは嫌なの。私もどんなことでもキースと一緒に背負うつもりよ。だからお願い、お兄様。教えて」
しばらくお互いに睨み合っていた。だが、先に折れたのは兄の方だった。ため息を一つ吐くと、話してくれた。
「あいつはメーベルト卿を脅して、マクファーレン家から手を引かせるつもりだ」
「そんな! キースは準男爵よ。伯爵家には太刀打ちできないわ。カルヴァレストの後ろ盾もないのに、そんな危ないことして大丈夫なの?」
アリアの顔から血の気が引いた。
下手したら爵位取り消しどころか、国外追放になるかもしれない。さすがにその罪で極刑にはならないと思うが、メーベルト卿の機嫌を損ねて罪を捏造されれば、極刑もあり得る。
キースは何て危ない橋を渡っているのか。
そして兄はそれを知っていて協力しているのだ。
「ああ、危ないからお前を巻き込まないように動いてるんだ。でもそんなに心配するな。優秀な参謀である俺がついてるんだ。お前はお前の責任を果たしてろ。あと、頼むから敵に悟られるようなことはするなよ。キースだけでなく、この家も危なくなるからな」
「もちろんよ。それならしばらくキースとは会わない方がいいわよね……」
「そうだな。仲良さそうなところを見せたら、下手に勘繰られそうだ。事態が収束するまではあいつと勝手に会うな」
「……手紙も駄目?」
「そうだなあ……お前の名前じゃなければ大丈夫かもな」
「じゃあ、お兄様の名前を貸して」
いい考えだと思ったアリアが言うと、何故か兄は嫌そうな顔をした。
「俺の名前でキースにラブレターなんか出すなよ。考えただけで鳥肌が立ったわ」
「な! そんなことする訳ないじゃない!」
アリアは真っ赤になって怒った。どうして私が、と思いかけてふと気づいた。
「そっか。私だと思われなければいいのよ」
「だからやめろと言ってるだろうが!」
アリアの考えに気づいた兄は怒った。どうやら本気で嫌がっているようだ。
「軽い冗談なのに」
「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ……」
兄は脱力している。アリアは散々こき下ろされて、ちょっと兄に意趣返しがしたかっただけなのだ。そこまで怒ると思わなかった。
「ごめんなさい、お兄様。まあその冗談は置いといて、無事かどうか知りたいからお兄様の名前でキースに手紙を書いてもいい?」
「……ああ。そのかわり、俺も一応中身を確認させてもらうぞ。まずいことが書いてあったらいけないから」
どれだけアリアは信用がないのか。さすがに兄の名前でキースにラブレターは書くはずがない。キースが真に受けたら兄とキースは……なんて言ったらまた怒られるだろう。アリアはしれっと返事をした。
「ええ。それでいいわ」
しばらくキースに会えなくなるのは寂しいが、キースの身に危険が及ぶようなことはしたくない。
それなら今は自分の責任を果たそうと、何通かのお茶会の招待状を見ながら決めたのだった。
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