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初恋の痛み  作者: 海星
18/26

エミリアとの対決

よろしくお願いします。

 それからアリアはメーベルト伯爵家について調べた。事情通の兄を頼って情報を聞き出したり、兄の女友達でエミリアと交友関係がある女性に話を聞きに行ったりと、これまでのアリアからは考えられないくらい精力的に動いた。

 とりあえず相手のことを知らなければ手の打ちようがないと思ったのだ。


 その甲斐あってか、再びエミリアからの茶会の招待状を心待ちにするくらいには情報が集まっていた。


 ◇


 そして、父から婚約解消のことを聞いて四日後にようやく招待状が届いた。

 前の時のことを考えると怯みそうにはなるが、自分が招いた事態だから逃げてはいけないとアリアは強く拳を握りしめた。

 そんなアリアを兄は不思議そうに見ている。


「お前も変な奴だな。あんなにお茶会を嫌がっていたのに」

「私もおかしいと思うけど、あまり関係ないキースが頑張ってるのに、当事者の私が何もしないなんて間違ってると思うの。だから、私は私のやり方でエミリア様と戦ってみるわ」

「おーおー、女は怖いね。でもキースが関係ないとか言ってやるなよ。あいつが誰のために頑張ってると思ってんだ。お前のためでもあるが、あいつ自身のためでもあるぞ」

「……そうね。今回はキースの準男爵としての手腕が問われてるのよね。カルヴァレスト卿に認められるといいけれど」


 そうアリアが言うと、兄は、はあーと重いため息を吐いた。


「……お前もなあ。キースと同じくらい鈍いんだよな。今はそれで助かってるけど」

「お兄様はたまによくわからないことを言うわよね」

「お前以外はわかるんじゃないか?」

「わからないわよ。変なお兄様」

「……もうそれでいいわ」


 疲れたように兄は去って行き、アリアは首を傾げるのだった。


 ◇


 そして対決の日。

 メーベルト伯爵家に着くと、前回と同じように門番に庭へ案内された。

 だが、庭のガゼボには、エミリアしかいなかった。

 戸惑いながらも、アリアは、エミリアの前へ行き、カーテシーをする。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

「ええ。とりあえずお掛けになって」


 エミリアが、無表情で向かいの席に座るように勧めるので、アリアは黙って勧められた席に着いた。

 きょろきょろと見回してもやっぱり誰もいない。アリアは気になったが、目下の者が先に発言するのは失礼かと、エミリアの言葉を待った。


「本日はわたくしたちだけですわ。外野がいない方が話が早いと思いましたので」

「そうですか」


 理由がわかって納得した。それにアリアとしてもそちらの方が都合がいい。


「貴方もどうして呼ばれたかはわかるのでしょう?」

「ええ、もちろんです。シュレーゲル準男爵とわたくしの婚約、そして街道整備事業からの撤退についてでしょうか?」

「その通りですわ。わかっているなら早くキース様と婚約解消してはいかがかしら?」


 勝ち誇ったように笑うエミリアにアリアは腹が立った。彼女は自分のわがままが他に及ぼす影響を考えているのだろうか。

 そんなアリアの気持ちが顔に出ていたのか、エミリアはアリアを嘲笑った。


「そんな顔するくらいなら、反論してはいかがかしら。今日はわたくしも貴方と本音で話すために二人きりを選んだのですから。本来なら目上の者には逆らうことは許されませんが、今日は特別ですわ。どうせ貴方が何を言おうとも、父の決定は覆せませんもの」


 そう言われると、アリアも本音で話すべきなのだろう。メーベルト伯爵家を敵に回したらどうしようと頭を抱える父の顔が目に浮かぶ。

 父には申し訳ないが、この絶好の機会を逃したくなかったアリアは、意を決して怒りを抑えながら言った。


「……それなら言わせていただきますが、貴方は伯爵令嬢としての責任をどうお考えなのでしょうか。政略に個人的な感情を持ち込むのが正しいと、わたくしには思えないのですが」


 アリアの言葉にエミリアは片眉を上げ、おかしそうに笑った。


「あら、貴方がそれを言うんですの? 傷を盾にキース様に結婚を迫ったくせに」

「……わたくしはそのようなことをしておりません。どなたからお聞きになったかはわかりませんが、事実無根です」

「それならどうして前回のお茶会で否定なさらなかったのかしら。ご自分にやましいところがあったからではありませんの?」


 図星を突かれてアリアは言葉に詰まった。だが、ここで怯んでは思うつぼだ。


「確かにあの時はそう思っていました。ですが、彼ときちんと話して、改めてお互い納得の上で婚約を続ける話になっておりました」

「だけど、貴方と結婚して彼に得はあるのかしら。わたくしとでしたら、伯爵家の当主になれますし、自分の子を後継者にすることもできますのよ。準男爵と言っても一代限りのもの。男性でしたら夢は大きい方がよろしいでしょう?」

「……貴方はキースの何を知っていらっしゃるのですか?」


 少なくともアリアが知っているキースはそんなこと望んでいない。彼はそこにあるもので満足して幸せを感じられる人だ。

 準男爵を叙爵されると言われた時もあんなに苦悩していた。そんな彼を更に苦しめるようなことはして欲しくない。


 アリアの静かな問いに、エミリアは激昂した。


「……わたくしはあの方を貴方と同じくらいの年月は見てきましたわ。貴方だけが彼を理解できるなどと思わないでくださいませ!」

「そんなこと思っていません。わたくしは今でも彼の気持ちはわかりません。ですが、同じ男性を思うエミリア様のお気持ちはわかる気がします」


 だが、エミリアは更に声を荒げた。


「何がわかるというのです!

 貴方のように怪我をしたというだけで貴族の責務を果たさず、キース様にただ守られて引きこもって、その上、彼を縛りつけてきた貴方なんかに!」


 エミリアの言葉に、アリアもかっとなった。


「わたくしだって、望んでそうなった訳ではありません! わたくしは怪我を理由に政略の道具にすらなれません。その上、友人の妹としか思われていないのに、同情と罪悪感を抱えた彼に、婚約しようと言われたわたくしの気持ちもエミリア様にはわからないでしょう?」


 思わず怒鳴ってしまったが、さすがにこれはやり過ぎだと、アリアは真っ青になった。


「申し訳、ございません。わたくしが悪いのであって、マクファーレン家は関係ございません。どうかマクファーレン家はお許しくださいませ…」


 慌てて不自由な右足から立ち上がったため、バランスを崩しそうになったが、踏ん張ってその場に膝をついて(こうべ)を垂れた。

 だが、怒っているかと思ったエミリアは、意外にも落ち着いていた。 


「……気にしなくても構いませんわ。わたくしが煽ったのです。それに今日は特別だと言ったでしょう? わたくしだって間違ってると思ったら過ちを認めますのよ。何故かわがまま令嬢だと思われているようですが」


 エミリアはそう言って苦々しい顔をした。

 アリア自身もそう思っていたのだが、違うのだろうか。


「あの……失礼を承知でお聞きしますが、今回の婚約解消はエミリア様が仕組んだことではないのですか?」

「わたくしが? そうね、確かにそうなって欲しいとは思っているけれど、これは父が勝手に仕組んだことですわ。元々父がわたくしとキース様を結婚させようとしていましたから。これは父にとっては、あくまでも政略結婚ですの。キース様が叙爵されることと、貴方達が仲よさそうに街を歩いていたのを見たわたくしの護衛が父に報告したことで焦ったのでしょうね。こうして強引な手に出たという訳ですわ」


 メーベルト卿が勝手に行ったことだとしても、どうしてこんなにキースに固執するのかがわからない。そのあたりはエミリアが知っているかと思い、アリアは聞いてみた。


「どうしてキースなのですか。エミリア様なら他の縁談も選べる立場でしょう。メーベルト卿がこだわる理由がないと思うのですが」

「わたくしには父の考えなどわかりませんわ。最初からキース様と結婚するのだと、わたくしは言い聞かせられておりましたし」

「そうですか……でも、エミリア様はそれでよろしいのですか?」

「何がですの?」

「貴方はわたくしにおっしゃいましたよね。わたくしが怪我を盾に結婚を迫ったと。ですが、メーベルト卿が権力を盾に迫っている今の状況はそれと同じようなことだとは思いませんか?」


 アリアの問いにエミリアは目を伏せた。エミリア自身もそれを間違っていると思っているのかもしれない。

 アリアは更に続けた。


「それに、キースは権力に興味を示すような人ではありません。準男爵の叙爵でさえ、受けたくないと言っていましたから」

「そんな訳ないですわ。誰だって力があった方がいいに決まっていますもの」


 きっぱりと断言するエミリアの瞳には、一点の曇りもなかった。

 エミリアはずっと上昇志向の強い環境で育ったから、それ以外の価値観を見出すことができないのかもしれない。だからこそ、メーベルト卿の取った方法が間違っていたとしても、結果的に自分はキースにとって正しいことをしていると思い込んでしまったのだ。

 そして、彼女は彼女の正義に基づいて行動しているのだとアリアは思う。そのせいで多少強引な手を使ってしまい、周囲を振り回してわがままだと思われるのかもしれない。

 アリアはエミリアにかける言葉が見つからなかった。


「とにかく、早く婚約を解消した方がいいですわ。父のことですから、次の手も考えていると思いますの。これ以上酷い事態になる前に」

「……もし解消しなければどうなるのですか?」

「父の考えなどわたくしにはわかりませんわ。貴族のやり方にはいろいろあるでしょう? 言っておきますが、わたくしはキース様のことを心からお慕いしております。ですから父を止めるつもりはありませんの」


 アリアはエミリアさえ止めればなんとかなると思っていたが、間違いだった。

 収穫があったのかなかったのかわからないまま、アリアはメーベルト家を後にした。

ありがとうございました。

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