アリアの決心
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それはキースとアリアがエミリアと街で出会って数日後のことだった。
ばたばたと廊下を走る音がして、ばんとアリアの部屋の扉が開いた。
「おい、アリア! 大変だ!」
いつも飄々としている兄が、珍しく慌てている。
「お兄様、何が大変なのかはわからないけど、淑女の部屋に入るんだからノックをしてください」
「ああ、いや、それどころじゃないんだ。お前とキースの婚約が白紙になるかもしれない!」
兄の言葉に、アリアの頭は真っ白になった。
今、何て言った? 婚約が白紙…?
兄は固まっているアリアの肩を掴んで揺さぶった。
「しっかりしろ! とりあえず父上から話があるから、書斎に行ってこい」
「……ええ、わかったわ。ありがとう、お兄様…」
そうしてアリアは重い足取りで書斎に向かった。
◇
重厚感のある扉をノックすると、扉の向こうから入れと返事があり、アリアは失礼しますと扉を開けた。
「お兄様から私をお呼びだとお聞きしました」
「……ああ。長い話になりそうだから座ってくれ」
そう父であるクラウスに言われ、アリアはソファに座った。父はアリアの向かいに座ると、重いため息をついた。
「……申し訳ないが、キース君との婚約が白紙になるかもしれない。本当にすまない。私の力不足だ……」
「そうですか……」
兄の言った通りで、アリアは静かに答えた。そんなアリアの反応が意外だったのか、父は少し眉を上げた。
「ロイに聞いたのか。あいつもお前の心配をしていたからな。どうにかならないかと掴みかかってきたぞ」
「え……?」
「私もどうにかできるならしたいさ。だが、相手は格上のメーベルト伯爵家だ。睨まれたら子爵家の今後がどうなるかわからない。何でこんなことに……」
──メーベルト伯爵家。それはエミリアの実家だ。
気づいたアリアは、エミリアが何かを仕掛けたのかと思い至り、焦って父を問い詰めた。
「お父様、教えてください。メーベルト伯爵家がどうしたのです⁈」
「あ、ああ。いきなり街道整備事業からの撤退を言い出したんだよ。お前とキース君の婚約を理由に。貴族がそんな私的な理由で、とは思ったが、あそこのお嬢様は甘やかされたのか、思い通りに事が運ばないと気がすまないらしい。だが、婚約ならずっと前からしていたのに、どうして今頃なのか……」
父の言葉にピンときた。
おそらく街で偶然会い、実際に二人が仲良くしているのを目にしたことで、エミリアの怒りに触れたのだろう。
「お父様ごめんなさい。それは私のせいだわ。この間キースと二人でいた時にエミリア様と偶然会ったから……」
「お前のせいじゃないだろう。元々お前たちは幼馴染で婚約者だ。他人がとやかく言うことじゃない。おかしいのは向こうだとわかっているのに、どうして私は何もできないんだ……」
「それを言ったらお父様だって悪くありません。ただ、婚約を解消するにしても、キースの家は伯爵家です。格下のこちらからは勝手にできないはず。そのあたりはどうなっているのですか?」
「それなんだがな……カルヴァレスト卿は一切関知しないとのことだ。落とし前は自分たちでつけろと」
つまり、子爵家は見限られたということか。
メーベルト伯爵家の融資の額は大半を占めている。もし、事業から撤退されてしまったらダメージは大きい。その損失を補填するには別の融資先を見つけるか、借金をするか、増税かだが、いずれにしても無傷という訳にはいかない。
だが、腑に落ちないのだ。
「お父様、街道整備事業というと、マクファーレン子爵領から王都までの街道整備ですよね。その途中にメーベルト伯爵領があるからあちらも街道を利用していて、お互いの利害が一致したことであちらも融資しているはずです。
それならば融資撤回した分をあちらから街道使用料という名目で賄うことはできないのですか?」
「それも考えたんだがな。融資額とじゃあ、圧倒的に釣り合わないんだよ。考えてみろ。メーベルト伯爵領は広大だ。別の街道だってあるだろう。わざわざ通らなければいい話だ」
結局こちらが損するだけなのだとアリアは悟った。
エミリアのわがままのせいで、多くの人の人生が狂ってしまう可能性があることを彼女は理解しているのだろうか。
そう考えるとアリアの心に怒りが湧いてくる。
「わかりました、お父様。婚約は解消しても構いません。ですが、私はこの足です。きっとこの先いい縁談はないでしょう。だから、もしお父様が私を必要ないと思ったら、私を修道院に入れてください」
「馬鹿なことを言うな。どうして可愛い娘を苦労するのがわかっていて、わざわざそんなところに入れたいと思うんだ」
「お父様はマクファーレン子爵家の当主です。お父様だってわかっているのでしょう?
私たちが貴族として何不自由なく暮らせるのは領民たちのおかげだと。何の役目も果たせない領主の娘に、どうしてその領民たちが汗水流して働いて納めてくれた税を使えるというのですか。私はそこまで厚かましくはなれません。お願いですからわかってください……」
それにアリアは本心ではキース以外に嫁ぎたくない。政略の道具になれないなら、修道院でキースを思って過ごしたいのだ。
「……お前の気持ちはわかった。だが、婚約を解消するにも色々な手続きを踏まないといけないから、まだ考える時間はある。早まったことはせずにいつも通りに過ごせばいい。近いうちにキース君に何らかの動きがあるはずだからな。いいか、絶対に一人で考え込んで結論を出すんじゃないぞ」
「どうしてキースなのです? 先程カルヴァレスト伯爵家は関知しないと仰いましたよね」
「ああ、カルヴァレスト伯爵家はな。キース君はカルヴァレスト伯爵家ではなく、シュレーゲル準男爵として動くそうだ。ロイが言うにはな」
「どうしてキースが……」
キースには何の得もないのに、とアリアは不思議に思った。
だが、父にはキースの気持ちがわかるようで、意味有り気に笑った。
「お前たちにも、これまで作り上げてきた絆があるってことじゃないか?」
「そうなら嬉しいけれど……」
キースが自分たちのために戦ってくれるのなら、当事者のアリアもできることからやってみようと思う。
キースがどう動くかはわからないが、アリアは子爵令嬢だ。それならば自分はエミリアの考えを知ることから始めよう。
アリアはアリアなりに、エミリアと戦う決心をしたのだった。
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