エミリアという女性
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「あー、びっくりした」
しばらく歩き、周囲を見回してエミリアがいないのを確認したキースは、立ち止まって脱力した。
「本当ね。私もまさかここで会うとは思わなかったわ。王都って広いようで狭いのね」
アリアもキースと同じように、脱力したくなるくらいには疲れていた。
「でも、お前。エミリア様と知り合いだったのか?」
「ああ、まあ、ね」
さすがにお茶会でいじめた張本人ですとは言えず、曖昧に言葉を濁した。
「へえ、引きこもりのお前がねえ……」
「引きこもりでもそれなりの人間関係はあるのよ」
「というか、引きこもりを否定しろよ……」
キースは呆れている。でも事実だから仕方がない。
「残念ながら、それはまだ否定できないわ」
「へえ、まだってことは引きこもりをやめるつもりはあるんだな」
「それはもちろんよ。もうすぐ社交界デビューもあるし、いちおう私も子爵令嬢ですから」
アリアは頷く。
正直に言って、貴族の人間関係は苦手だ。裏取引だ、駆け引きだ、勢力だ、派閥だと言われても、アリアにはピンとこない。
でも、貴族に生まれた以上は逃れられない。それなら正面から受け入れる方が楽かもしれないと思い始めていた。
とりあえず今の目標は、一人でもいいから女友だちを作ることだろうか。
「ふーん……なら俺も頑張らないとな。準男爵になるんだ。ちゃんと領主としての勉強をしないと」
「そうね。お互いに頑張りましょう」
お互いに課題は山積みだ。
まだまだ大人には程遠いけど、少しずつでも成長して、キースと並んでも恥ずかしくない女性になろうとアリアは心の中で誓った。
◇
「それにしてもアリア、何であの時エミリア様の申し出を断らなかったんだ?」
キースは急に話題を変えた。
どこか恨みがましい目をしているので、本当は断って欲しかったのかもしれない。
「どうして私が断れるのよ。エミリア様は格上の伯爵令嬢なのよ? それに……」
「何だよ」
これは言ってもいいのかとアリアが言い淀んでいると、キースは先を促してきた。女心のわからないキースに期待しても無駄かと、アリアは諦めて続けた。
「エミリア様は、貴方のことが好きなのよ。それが私にはわかったから……」
「……ああ、そうみたいだな。俺も前に本人にそう言われたことがある。だからといって何でお前が彼女のお膳立てをするんだ。お前は俺の婚約者だろうが」
キースは不快そうに眉を顰めた。
でもアリアはそういうつもりではなかったので、慌てて首を振った。
「違うの。お膳立てじゃなくて、好きな人に振り向いてもらえない辛さはわかるから……」
と、言ったところでアリアは気がついた。これだと自分も叶わない恋をしていると言ってるようなものだ。
焦っていたからといって、言うつもりじゃない言葉を口にしてしまって、余計に慌てた。
「あああ、じゃなくて……!」
でも鈍感なキースにはわからなかったようで、そうかとあっさり納得していた。
私の焦りって一体何だったのかと、アリアはがっくりと肩を落とす。
気づかれたくないのに、気づかれなかったらがっかりするなんて、我ながら複雑だなとアリアは苦笑した。
「まあ何にせよ、エミリア様が早く諦めてくれるといいんだが」
困ったようにキースは言う。
兄といい、キースといい、一体エミリアと何があったのだろう。気になったアリアは聞いてみた。
「ねえ、キース。貴方とお兄様とエミリア様の間に何があったの?」
「何って……そんなこと聞きたいのか?」
「聞きたいわよ。お兄様といい、キースといい、巻き込まれた私にも知る権利はあるでしょう?」
「まあ、そうだな。ただ聞いてもつまらないと思うけど」
「いいから教えて」
キースには好きな人のことなら何でも知りたいという乙女心なんてわからないのだろう。訝りながらも、アリアの問いに答えてくれた。
「そもそもの出会いは、メーベルト伯爵家でのエミリア様の誕生会だった。あの時は確かエミリア様は十一歳だったと思う。俺の二歳下だったはずだから。
招待されたのはいいが、向こうの親が明らかに俺をエミリア様の婚約者にしようとして、何かにつけエミリア様を推してくるからウンザリしたな。
エミリア様も満更じゃないみたいで、俺にくっついてくるようになって、ロイも一緒に絡まれてたよ。
ただ、言い方がなあ……わたくしが結婚してあげますわ、光栄に思いなさい、だからなあ。断っても、貴方はわたくしと結ばれるべきですわ、だぞ?
あの人の思考回路は全く理解できなかったな。
そのうちにアリアと婚約してようやく諦めたかと思えば、その女に騙されているのですね可哀想なキース様、とか言い出すし。
去年の社交界デビューのパートナーを頼まれた時は、婚約者がいるからと断ったのに、建前の婚約者などいないも同然だから大丈夫ですわ、なんて言うんだぞ。さすがになあ……」
心底嫌そうにキースは言う。
エミリアがキースを好きなのはわかっていたが、そこまで執着しているとはアリアは思わなかった。
「何というか、ご愁傷様?」
「他人事だと思ってるんだろ」
「そんなことはないわよ。だって……」
アリアも同じような目に遭ったのだ。
でもキースに言いつけるみたいで言いにくい。
「ひょっとしなくてもお前も絡まれたのか?
ロイも、とばっちりを食らってたからあり得るな」
「……とばっちりではないけど、私が怪我した責任を盾にキースに婚約を迫ったとは思われてるみたいね。まあ、それは事実なんだけど……」
「何言ってんだ。俺が責任を取るって言ったんだろうが」
「ううん。私はキースの選択肢を奪ってしまったの。そう言うしかないように仕向けてしまった。本当にごめんなさい」
ずっと心に引っかかっていたことをようやくアリアは口にできた。本当ならもっと早く言うべきだった。
きっかけはエミリアだったかもしれないが、言えてよかったとアリアは思う。
「……俺は婚約者がアリアでよかったと思ってる。エミリア様と婚約せずに済んだからってのもあるけど、何というか、お前といるとほっとするんだよな」
そうやってキースは照れ臭そうに笑った。
「……っ、ありがとう。私も、キースが婚約者でよかったと思ってるわ……」
アリアは嬉しくて胸がいっぱいになった。
こんな風にちゃんと話したことはなかった。どうしても後ろ向きな考え方をしてしまって、キースに直接聞けなかったのだ。
これからはお互いのためにも、少しずつ向き合いたい。
でも、そう思ったアリアにまたしても試練が訪れるのだった──。
ありがとうございました。




