王都でデート
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「うわぁ、やっぱり王都は賑やかねえ」
馬車を降りたら至るところに人だかりができていて、物珍しさにアリアはきょろきょろとあちこちを見回した。
石造りの家が立ち並び、ベランダには色とりどりの洗濯物がひしめいている。沿道には露店が並んでいるが、商品も店主も個性的で、一つとして同じものがないのが興味深い。
「おい、ちゃんと前を見ないと危ないぞ」
「……わかってるわよ」
前に来た時にアリアは事故に遭ったのだ。あのことは忘れたくても忘れられない。
それはキースにとっても同じことなのだろう。今も心配そうにアリアを見ている。
「ほら」
キースはすっと右手を差し出した。急だったのでアリアが意味がわからず戸惑っていると、焦れたようにキースはその手でアリアの左手を握った。
「えっ、キース?」
ドキドキするけどほっとする。
剣だこのあるゴツゴツした手。でもそれは嫌なものじゃない。キースがこれまで頑張ってきた証なのだ。
じっと握り合った手をアリアが見ていると、頭上から声がした。
「……前の時は何もできずに後悔したんだ。もうあんな思いはしたくない。今度は守るから」
顔を上げると、キースは真顔でアリアを見ている。射抜かれそうな真剣な眼差しにキースが本気なのだとわかり、アリアは嬉しい反面、不安になった。
「……うん、ありがとう。でもね、キース。お願いだから危ないことはしないで」
「ああ、わかってる。でも、いいもんだな。自分の心配をしてくれる人がいるってのは」
「何言ってるのよ。貴方には他にもご両親やお兄様方、それにうちのお兄様だっているじゃない」
「まあ、そうなんだけど。何だろうな、アリアは少し違うんだよ」
アリアは驚きに目を見開いた。
本当に今日のキースはどうしたのだろうか。
今日一日で、アリアは一生分の幸せを使い切ったのではないかと思うくらいに幸せだ。
まさか夢なのではと不安になったアリアは、空いた右手で自分の頰をつねった。
「いたっ……!」
「お前は何をしてるんだ……」
キースは呆れ声だ。でもこれは仕方ないとアリアは思う。
キースは今までも優しかった。でもそれはどこか子ども扱いに近くて、アリアは寂しかった。なのに今日は朝から少し違う気がする。戸惑わない方がおかしいのだ。
そうしていると、また新たな馬車が近くを通り、アリアは手を引っ張られ、キースに引き寄せられる。
「ここにいたら危ないから、もう行くぞ」
「ちょっ……キース!」
話はここで終わりだと、キースは歩き出した。強引に引っ張られはしたが、それでも歩く速さはアリアの足を思ってか、ゆっくりしたものだ。
こういうところは変わらないなとアリアは小さく笑った。
◇
「そろそろ昼飯にするか」
しばらく色々な店を回って、程良くお腹が空き始めた頃にキースが言った。
「そうね。じゃあ、お店に行きましょうか。場所はわかるの?」
「ちゃんとロイに聞いたから大丈夫だ。確か目印が…あ、あれだ」
そう言ってキースが指差したのは、こじんまりとした白壁のカフェだった。看板自体がリースになっているのか、月桂樹が、複雑だが綺麗に編み上げられている。
「それじゃあ行くか」
そう言って、キースが扉を開けようとした時だった。
「あら、キース様?」
後ろから声がして、二人は一斉に振り返った。そして、思わず声を上げなかった自分を褒めたい、とアリアは思った。
エミリアだった。キースに会えてよっぽど嬉しかったのだろう。満面の笑みを浮かべて近づいてきた。
「げっ……」
キースの口から思わず出た声に、アリアもつられそうになった。キースがどういう意図で言ったのかはわからないが、アリアはエミリアが苦手だ。会う時は前もって心の準備をする時間が欲しかった。
ただ、今日はキースがいるから前のお茶会よりは酷いことにはならないと期待した。
「あら、貴方もいたんですの……」
エミリアはようやくアリアの存在に気づいて、キースと繋いだ手とアリアを見比べて不快そうに眉をひそめる。
アリアは話しかけられた本人のキースをじっと見た。
その視線に気づいたキースは頷いて、笑顔でエミリアに話しかけた。
「お久しぶりです、エミリア様。今日は買い物ですか?」
「ええ、そうなんですの。キース様もお買い物ですか?」
「まあ、そんな感じです。とは言っても私は婚約者の付き添いですが」
「あら、そう……」
エミリアはちらりとアリアを見た。突き刺さりそうな憎しみのこもった視線が痛い。だが、キースは気づいてないようだ。
鈍いキースのことだ。エミリアがまだ自分のことを好きだとは思ってないのかもしれない。同じようにキースを好きな身としてはエミリアに同情する。
「ああ、そうだわ! もしよければ、わたくしと一緒に昼食をとりませんか? ……アリアさんもよろしければ」
最後は嫌々付け足したのがわかるほど、苦々しい声音だった。アリアがいてもいいからキースと過ごしたいのかと思うとアリアは切なくなった。だからだろう、アリアは思わず頷いてしまった。
「ええ、いいですよ」
「おい、アリア……」
キースが戸惑っているが、アリアは行きましょうとカフェの中に入って行った。
「いらっしゃいませ」
「三人なのだけど、席はあるかしら?」
エミリアが店員に告げて、案内された。
エミリアには護衛がいたが、昼食をとっている間離れていて欲しいと言って、別の席でこちらの様子をうかがっている。
席はキースとアリアが並んで、キースの向かいにエミリアが座った。エミリアはアリアなど目に入っていない様子で、嬉しそうにキースに話しかけている。
キースは無難な相槌を打ちながら、時折アリアに助けを求めるような視線を投げかけているが、アリアは黙って食べていた。
キースが別の女性と目の前で話しているのは嫌だし、割り込みたいと思った。でも、悔しいがアリアは婚約者だとエミリアに胸を張れるだけのものがないのだ。だからじっと耐えるしかなかった。
そうしてひたすら空気に徹して食べていたが、アリアが食べ終わったことに気づいたキースは、急に立ち上がった。
「アリア、もう行かないと間に合わないぞ!」
「えっ?」
よくわからないが、キースは焦っていた。この後は何もなかったとアリアは思ったが、キースがそう言うのならと一緒に立ち上がった。
「もう、行くんですの?」
エミリアは名残惜しそうにキースを見ている。
「ええ。この後二人で行くところがあるので、申し訳ありませんが失礼します」
「申し訳ありません……」
アリアもキースに続いて頭を下げた。キースはアリアが頭を上げる前にアリアの手をとって、入口に向かって歩き始めた。
さすがにこれは失礼じゃないかと振り返ってエミリアを見ると、エミリアはキースを切ない目で見ていた。
だが、アリアの視線に気がつくと、エミリアはぎっと睨みつけてきて、アリアの背筋は寒くなった。
そうして二人は店を後にした。
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